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esperanza spalding @Billboard Live TOKYO(20241104)

 フィロソフィスト然として綴り上げた、荘厳で刺激的なソワレ。

 2011年にジャスティン・ビーバーやドレイクらを退けて獲得した最優秀新人賞や、その後の数度の最優秀ジャズ・ヴォーカル・アルバムをはじめ、グラミー賞を5度受賞して名声を得るほか、自らのダンスカンパニーを設立し、パフォーマンスやセラピーアートにも尽力している米・オレゴン州ポートランド出身のベーシスト/シンガー・ソングライターのエスペランサ・スポルディングの来日ツアーが、10月30日の大阪を皮切りに、横浜、東京のビルボードライブにて開催。約7年ぶりの来日公演ということもあって、当初の3公演に加え、11月4日に東京にて追加公演を発表。そのビルボードライブ東京での追加公演の2ndショウに滑り込んだ。

 前回の来日公演は、2016年の東京・台場にあるZepp DiverCity TOKYOでの〈エスペランサ・スポルディング・プレゼンツ:エミリーズ・D+エヴォリューション〉(記事→「Esperanza Spalding@Zepp DiverCity TOKYO」)だと思うが、エスペランサ・スポルディングのオルターエゴ(別人格)のエミリーによるストーリーテラー・アルバム『エミリーズ・D+エヴォリューション』を引っ提げてのツアーだったゆえ、Zepp DiverCity TOKYOのフロアも半分強しか埋まらない、やや残念な集客だったのを覚えている。
 それが影響して、ビルボードライブというキャパシティに回帰したのが良かったのか、久しぶりの来日ということで期待感が高まっていたのか、新作がミルトン・ナシメントとの共作とあってジャズファンの心を揺さぶったのか。2021年の『ソングライツ・アポセカリー・ラボ』以降のエスペランサ・スポルディングからはちょっと離れていたこともあって、理由は定かではないが、ツアーはどの会場も盛況でソールドアウト。コンテンポラリー・ダンサー2名を含む5名編成で、現時点でのエスペランサ・スポルディングの世界を存分に満たしたステージとなった。

 本公演に掲げられていたアートワークは、オールバックにした気品漂うものだったのだが、蓋を開けてみると、ジャズには門外漢の自分が彼女を本格的に聴く契機となった、ラジカセの上に胡坐をかいて座ったジャケットが印象的な『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』の頃のトレードマークだった大きなアフロヘアに戻っていた。前回の来日ではアフロヘアを封印し眼鏡をかけたオルターエゴだったから、懐かしい感覚が去来。大きなウッドベースを支え弾きながら歌うのが中心だが、時にエレキベースや生ピアノも演奏。語り掛ける言葉数はそれほど多くはないが、発した言葉を聞き逃すまいと耳を立て、フロアに静寂が訪れる瞬間も。声を強く張る訳でもなく、言葉を焚きつける訳でもないが、時に鳥のさえずりのように、時に滔々とスピーチをするように語る言葉は、力強さという意味においては雄弁だ。

 『チェンバー・ミュージック・ソサイエティ』や『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』のようにエスニックな感性を発揮しながら、ブラックネスと邂逅してビートやグルーヴを粒立たせた頃からは一変し、前述の別人格プロジェクト『エミリーズ・D・エヴォリューション』以降は、さまざまな感性を宿らせたボーダーレスな表現者として成長を遂げてきたエスペランサ・スポルディングは、パンデミックを経てさらなる進化をしていたようだ。リアルタイムではスルーしていた2021年の『ソングライツ・アポセカリー・ラボ』では、収録曲の全曲名に「フォームウェラ」(Formwela)と冠してナンバリングする組曲的なスタイルで、ヒーリング的なアプローチを施していたが、今年に入ると“ブラジルの声”と称されるソングライターのミルトン・ナシメントとのコラボレーション・アルバム『ミルトン+エスペランサ』を発表。ブラジリアン・ポップス、いわゆるMPB(エミ・ペー・ベー:ムージカ・ポプラール・ブラズィレイラ / Musica Popular Brasileira)のレジェンド、ミルトン・ナシメントとの15年にもなる友情を結実させ、世代を超えて音楽を愛する術を提示するなど、大きな変化も辞さないスタイルは、まさに変幻自在。ミュージシャンという枠をすっかり超越し、アーティストはおろか、フィロソフィストといった佇まいといえよう。

 左手の後方に生ピアノ、その前に大きなウッドベース(ダブルベース)が横たわっている。右にギターとドラムが配され、センターは女性ダンサーの“踊り場”にもなる。『12リトル・スペルズ』『ソングライツ・アポセカリー・ラボ』を軸としながら、繊細なビートとたおやかなメロディ、揺らぎと感情の発露が、入れ代わり立ち代わりフロアを支配していくような世界観は、エスペランサ・スポルディングならではの哲学。デュオでの踊りのみならず、それぞれソロの即興的なコンテンポラリーダンス・パートもあって、決してキャッチーではないのだが、小難しいばかりということもない。歌と演奏のライヴというよりも観劇の感覚にも近く、知らぬ間にその一挙手一投足に視線を注いでしまう魅力に溢れていた。

 先鋭的といえばそうともいえるが、やはりエスペランサ・スポルディングの美しいヴォーカルが、エキセントリック然とさせない要因の大きな部分でもあるのではないだろうか。そして、エスペランサ・スポルディングのベースをはじめ、過不足ない音数ながらも、圧倒的な安定感と表現力で紡ぎ出す演奏陣のグルーヴが卓抜。静寂のなかで爪弾かれ、さざ波のように打ち拡がる音たちは、神秘的とも思える瞬間を生み出すが、ステージと観客との距離の幅を感じさせないマジックも同時に生み出していたようだ。

 明確には判断しえなかったが、ジャズやクラシックの名曲フレーズを忍び込ませるなど、楽曲に起伏や抑揚をもたらすアレンジを施しながら、歌と音で物語を語っていく音絵巻といった感覚にも。「Formwela 1」で幕を開け、ダンサーによるコーラスが加わり、エスペランサ・スポルディングのハイトーンのスキャットが吟遊詩人よろしく伸びやかかつ奔放に漂う。ウェイン・ショーターとミルトン・ナシメントの曲としても知られ、アルバム『エスペランサ』でも発表した「ポンタ・ヂ・アレイア」までは、牧歌的な雰囲気が広がるが、「12リトル・スペルズ」では、エスペランサ・スポルディングが奏でる清らかなピアノの音色と憂いも帯びたメロディが、中世ヨーロッパの宗教観にも感じたりと、大胆かつなだらかにサウンドスケープが変化していく。

 「ダンシング・ザ・アニマル」では、アウトロに畳み掛けるドラミングや荒涼としたギターが入り混じるなかで美しいヴォーカルが跳ね、続く「サング」ではポップながらも枯れを感じるギターバックに声高にヴォーカルが映えるなど、プログレッシヴロック的なアプローチで魅了。「12リトル・スペルズ」からの流れをたとえるなら、中世の伝統様式な世界から一気に60年代のUKシーンへタイムスリップしたかのような感覚といったところか。それに続く、日常の喧騒が大きな世相のうねりへと繋がっていくようなドラムソロからシームレスに導かれる「アイ・ノウ・ユー・ノウ」への展開もまさにプログレッシヴで、感情の襞を直に触発してくるシアトリカルなアクトとなった。演奏終了後に喝采の拍手が飛び出たのも言うまでもない。「ウィズ・アザーズ」もギターとドラムがノスタルジーと闊達をグルグルと溶け込ませるような音色を弾き出して、新鮮というよりも懐古のなかでのモダンを描きながら、斬新に生々しく、生命力を滾らせていく。

 ここまで最新作『ミルトン+エスペランサ』の楽曲は披露してこなかったが、「波止場」の邦題でも知られる「カイス」を。しかしながら、ただでは終わらず、「フォームウェラ・5」を想起させる生ピアノが刻まれるアレンジに導き、ドラマティックなアウトロにまとめてみせた。その流れを、より壮大な形で披露したのが「タッチ・イン・マイン」で、夜空に羽ばたかんとするかのごとく放たれる可憐で麗らかなヴォーカルは、特に高揚をもたらしてくれた。

 エスペランサ・スポルディングのスキャットやバンドの音と融合するようなコンテンポラリーダンスを終え、観客にちょっとしたメッセージを伝えて始まった「ブラック・ゴールド」が本編のラスト。前回の来日では(別人格エミリーのステージだったため)セットリストに入らず、本公演でも流れとして組み込まないかとも思っていたので、個人的には選曲・演奏されて嬉しかった。エスペランサ・スポルディングの代表曲で、最も知名度がある楽曲だろうから、フロアからも自然とクラップが鳴り響く。途中からはダンサーのコーラスも加わったア・カペラ・モードに突入し、歌とクラップの生音による温かな親交がフロア一面を包み込んだところでステージアウトとなった。

 アンコールは、バンドメンバーが車座のようにエスペランサ・スポルディングを囲むように座って、(おそらく)「サティスファクション」なる楽曲を。ダンサーのコーラスによる淀みない“ラーラーラーラァー ラーラー ラララァーァラララァーラ”のフレーズがフロアにこだまするなか、エスペランサ・スポルディングがシンガロングを促すと、オーディエンスもコーラス隊の一員に。穏やかで和やかなシンガロングとクラップがフロアを包み込むなか、改めてメンバーを紹介して、主役のエスペランサ・スポルディングはステージアウト。メンバーによるアウトロでもオーディエンスはコーラスとクラップを連ね、共にハートウォームな空間を創り上げたところでのエンディングとなった。

 近年の活動スタンスからすると、「ブラック・ゴールド」など『ラジオ・ミュージック・ソサイエティ』あたりの個人的な嗜好とは異なり、このステージでもジャズやそれ以上にプログレッシヴな要素が強かった印象ではあった。それでも、細やかで繊細なアンサンブルの妙や、シンプルだからこそ一音に重みを宿すグルーヴで、幻想的かつダイナミックな劇空間を創り上げた手腕には感嘆。コンテンポラリーダンスとの融合も過多にならず、有機的に結合していたから、視覚的な表現として奏功していたと思う。
 なかなか言葉として描出するのは難しいが、ミクロ的な観点からすれば、おそらく難解な構成やアレンジだっただろうが、小難しい感じは一切なく、シネマティックなストーリーを耳ですんなりと追っていたような感覚で終わりを告げた90分。空間に浮かび上がり、その波動に包まれるような音や歌の活力に刺激されたソワレとなった。

◇◇◇
<SET LIST>
00 INTRODUCTION
01 Formwela 1  (*S)
02 Ponta de Areia (*E)
03 12 Little Spells(thoracic spine) (*L)
04 Contemporary Dance Section by Kaylin Horgan
05 Dancing The Animal(mind) (*L)
06 Thang(hips) (*L)
07 Drums Solo ~ I Know You Know (*E)
08 With Others(ears) (*L)
09 Cais  (*M)
10 Touch In Mine(fingers) (*L)
11 Contemporary Dance Section by Tashae Udo
12 Black Gold  (*R)
《ENCORE》
13 Satisfaction(? not Release?)

(*E):song from album "Esperanza"
(*R):song from album "Radio Music Society"
(*L):song from album "12 Little Spells"
(*S):song from album "Songwrights Apothecary Lab"
(*M):song from album "Milton+esperanza"

<MEMBERS>
esperanza spalding(b,vo)
Matthew Stevens(g)
Eric Doob(ds)
Kaylin Horgan(dancer, cho)
Tashae Udo(dancer,cho)

◇◇◇
【esperanza spaldingのライヴ記事】
2016/05/31 Esperanza Spalding@Zepp DiverCity TOKYO
2024/11/04 esperanza spalding @Billboard Live TOKYO(20241104)(本記事)


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***june typhoon tokyo***
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