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IKKUBARU @7th FLOOR(20241105)

 ゲストとともに夏を回帰させた、フレンドリーな饗宴。

 インドネシア・バンドン出身のシティポップ/AORバンドのイックバルが、5年ぶりに来日。11月3日にSpotify O-EASTほかで行なわれるアジアン・アーティストによるサーキットフェス「BiKN shibuya 2024」出演に続いて、11月5日、6日に単独公演〈CA VA? RECORDS Presents IKKUBARU LIVE in JAPAN 2024〉の開催が決定。その単独公演初日となる5日の公演に足を運んだ。会場は渋谷7th FLOOR。

 前回の2019年で5度目の来日を数えていたイックバル。初来日は2015年だから、2015年から2019年まで毎年来日していたことになる。個人的にイックバルの公演を観賞するのは、どうやら初来日となった2015年6月のツアー〈DUM-DUM LLP Presents IKKUBARU JAPAN TOUR 2015〉の新代田FEVER公演(記事→「ikkubaru@新代田FEVER」)だった模様。おそらく都合が合わずに、初来日以降の公演は逃してしまっていたようだ。前回来日の2019年には、清浦がヴォーカルを務めるTWEEDEESや、今回のツアーの単独公演2日目となる11月6日のゲストとなるRYUTistと対バンしており、加納エミリを含めて、イックバルとコラボレーションを行なってきた面々が今回の来日ツアーでゲストと言う形で花を添えることとなった。オープニングアクトは、セルフプロデュース・アイドルの文坂なの(あやさか・なの)。清浦はバンドを率いての登壇となる。
 RYUTistを招いた6日の公演はソールドアウト。初日の5日もほぼ満席と盛況のなかで、インドネシアのシティポップの雄が爽やかなサウンドを奏でる一夜となった。

〈CA VA? RECORDS Presents IKKUBARU LIVE in JAPAN 2024〉
文坂なの

 オープニングアクトとして登壇したのは、文坂なの(あやさか・なの)。大阪を拠点とするセルフプロデュース・ソロアイドルで、2016年から2020年までは“エスパーなのたん”という名で活動していたそうだ。コンカフェ嬢風のガーリー&ファンシーなルックスで、昭和歌謡やアイドル歌謡を好んで育ったという。

 ムード歌謡を想わせるホーンが咽ぶイントロから導かれる「真夏のリュミエール」から5曲を披露したのだが、80年代のアイドル歌謡のムードを漂わせるというよりも、“そのもの”に重心を置いている感じ。南野陽子、菊池桃子やモモコクラブ出身アイドル勢を彷彿とさせる声色とともに、チープでキャッチーな楽曲を、あまり表情を変えずに歌唱していく。

 「真夏のリュミエール」がアーバンな要素を添えたブリージンなアイドルポップ歌謡とするなら、「好印象な恋しよう」「愛わずらい」といったアップテンポなナンバーは、おそらくWinkを意識した仕上がり。派手やかに跳ねるリズミカルなデジタルサウンド感覚は、ハイエナジーを“移植”したと思しきWink「淋しい熱帯魚」あたりのそれで、懐かしい楽曲を今の時流で調理するということでなく、全うに当時の野暮ったい洋風ポップス歌謡にトライしている感じが寧ろ面白い。表情が物憂げ、哀しげなのもWinkっぽさとも思ったが、しっとりとしたミディアム・ポップ歌謡「俯かないで」を聴くと、(楽曲のイメージは菊池桃子だけれど)まだアイドル的な表情を残していた「スローモーション」期の中森明菜あたりに触発されていそうな気もした。

 フリーランスのソロ・アイドルということで、懐古な昭和アイドル歌謡を指示のもとではなく、自らの嗜好で歌っているのだろうということも伝わってきた。声高で伸びやかな歌唱を誇示することない(下手ではないけれど)“ヘタウマ”感も、当時のアイドル歌謡シーンを想起させるようで楽しい。可憐なベビーフェイスが歌う80年代歌謡というのは、ミドルエイジャーの食指がこぞって動きそうな組み合わせ。とはいえ、当時を知らずに、昭和歌謡を新鮮な感覚で捉える若い女性たちにもウケてほしいところだし、キャラクターからその要素は十分にあるはずだ。

 「アステリズム」まで5曲と25分弱のステージ。初見ということもあり、これまでの経緯は分からないが、“キラキラとしたポップネスと隣り合わせのように見え隠れする切なさ”というのが、彼女の最大の個性なのだろう。周りの評価に左右されて変に媚びを売らずに、自ら趣向するベクトルに突き進めば、よりオリジナリティも深まるのではないだろうか。

清浦夏実

 続いて登場したのが、清浦夏実。90年代末頃からメジャー・シーンへ進出したROUND TABLEの北川勝利をバンドマスターに据えたバンド4名を加えた5名編成でのステージだ。清浦の名は目にしたことがあったものの、活動自体は不勉強で知らなかったのだが、10代から女優やタレントとして活躍していたそう(『美少女戦士セーラームーン』『3年B組金八先生』などにも出演)。近現代日本史を学んだ人は、清浦という名を聞けば、枢密院議長で首相となった清浦奎吾を思い出すと思うけれど、調べてみたらなんと玄孫にあたるのだとか(昔「もう、とにかく時間がない~」と嘆く高校生へのテスト対策として「とりあえず文に〈超然主義〉〈貴族院〉が出てきたら〈清浦奎吾〉だからな、それだけ覚えとけ」みたいなことを言っていたを思い出した)。
 脱線してしまったが、清浦夏実は2007年に歌手デビューし、2015年からは沖井礼二とTWEEDEESを結成。ソロやバンドで活動している。ショートヘアと落ち着きがありながらも爽やかで可憐な表情は、人を惹きつける魅力がありそうだ。

 以前Cymbalsに所属していた沖井とバンドを組み、この日のバンドマスターの北川がROUND TABLEと(ネオ)渋谷系の人脈に囲まれていることもあってか、やはり清浦が歌う楽曲も渋谷系マナーを踏襲したものが中心。ギターポップ、ソフトロックを下敷きにした軽快なリズムのポップ・サウンドをバックに、そよ風のように心地よい、聡明なヴォーカルを紡いでいく。

 清浦は12年ぶりのソロ作となるミニ・アルバムで、初セルフプロデュース作の『Breakfast』を3月にリリース。本ステージでは、同作から「illusion」「Breakfast」「無重力ファンタジア」「対岸の人」と4曲をラインナップ。「illusion」は曇天のようなはっきりとしない空間を想わせる、もどかしさや焦燥も募る音色のなかで、希望の光や期待を見出そうとするような“夢を見る~”のハイトーンが耳に残る。一方、続いて演奏された「Breakfast」は、タイトルよろしく朝食時のドタバタ感と喧騒をバンド・サウンドで賑やかに描出した、リズミカルでジョイフルなギターポップ。清浦の12年ぶりのソロ活動に際して、勢いとパワーをもたらすようなハツラツさに満ちている。快活な演奏とともに陽気に歌う姿が、フロアにクラップと微笑みを生み出していた。

 「無重力ファンタジア」は、イックバルのフロントマン、“イックン”ことムハンマド・イックバルが曲を、清浦が詞を手掛けて、元来は新潟のアイドル・グループのRYUTistに提供した楽曲。出来が良かったのか、イックバル同様、清浦もセルフ・カヴァーしたお気に入り楽曲のようだ。本公演ではアンコールにてイックバルとのコラボレーションでもう一度披露することになるのだが、清浦バンドヴァージョンでは、星が瞬く夜空を見上げながら佇むような、しっとりとして、スウィートなサウンドに調理。清浦のテンダーな歌声がロマンティックなムードを彩っていく。そのムードを受け継いだ形で披露したのが「対岸の人」。文学的な叙情も感じられそうなタイトルだが、ゆるやかにたゆたう風のようにナチュラルな色彩の鍵盤の上で、浮かび舞うようなヴォーカルが魅力。詞世界とは異なるかもしれないが、夏草が薫る青々とした自然の風景を思い返し、懐かしい記憶を辿って感傷に浸るといったシチュエーションにフィットしそうな、いうなれば“サウダージ”(郷愁、憧憬、思慕など)に満ちていた。

 後半には「イックバルに会うのが本当に楽しみにしていた」という清浦が、この日のために制作したという未発表曲「Snowdrop」(スノードロップ?)を。藤井風「きらり」の一節を思わせるヴァースからリズミカルでカラフルなフックへと駆け抜ける、渋谷系らしいオシャレ・ポップスで、聡明な清浦のキャラクターを投影させたような爽快感がフロアを吹き抜けていったかのようだった。

 終盤は「風さがし」「銀色の悲しみ」と初のアルバム『十九色』収録曲でエンディングへ。デビュー・シングルの「風さがし」は、旗を振りながら“ララララー”とシンガロングするのが恒例のようで、観客には清浦と同じ旗を持って左右に揺らしながらシンガロングする姿も。フレッシュな感覚と甘酸っぱさを併せ持ったメロディやサウンドが印象的だった。

 勝手知ったる北川の安定感あるサウンド/アレンジメイクに時に寄り添い、時に踊りながら、清浦のフレッシュな世界観を届けた50分。これまで彼女のステージや楽曲は未体験だったが、ほんのり広がる懐かしさと、憩いやくつろぎを心にもたらすような、陽気で快い時間となっていた。

IKKUBARU

 主役のイックバルは、フロントマンの“イッくん”ことMuhammad Iqbal、ギター&ヴォーカルの“イキちゃん”ことRizki Firdausahlan、ベースの“アジちゃん”ことMuhammad Fauzi Rahman、ドラムの“バノやん”ことBanon Gilangの4人組だが、本公演では女性コーラスを1名帯同させていた。初来日の際は、微かな記憶ながらコーラスはいなかったと思うが、帯同して正解。元来、イッくんとともにイキちゃんのヴォーカルで歌唱に彩りを持たせているが、そこへ女性ヴォーカルが加わることで、ヴァリエーションが豊かに。サウンドの彩度と明度が高くなり、より爽快度が増幅した気がした。

 曲構成は、1stアルバム『アミューズメント・パーク』から「アミューズメント・パーク」「チェイシング・ユア・シャドウ」「シティハンター」の3曲、2024年リリースの3rdアルバム『ディケイド』から「ザ・マン・イン・ザ・ミラー」「ラグーン」「サマー・ラヴ・ストーリー」の3曲をセレクト。そのアルバム2作を軸に、本編ゲストの加納エミリとの共演や、2ndアルバム『コード・アンド・メロディーズ』からは日本盤ボーナストラックとして収録された「スカイライン」、アンコールで披露された提供曲のセルフ・カヴァー「無重力ファンタジア」「Cloudless Night」を、本公演出演者とのスペシャルなコラボレーションで再演するという、豪華共演仕様となった。

 序盤は、マイケル・ジャクソンの楽曲名を思わせる「ザ・マン・イン・ザ・ミラー」と高中正義あたりが脳裡に浮かびそうなタイトルの「ラグーン」という『ディケイド』収録曲から爽快と清涼に富むサウンドを解き放っていくと、初期曲「チェイシング・ユア・シャドウ」で懐かしさに触れていく。1stアルバム『アミューズメント・パーク』(記事→「ikkubaru『Amusement Park』」)が2015年リリースだから、もう10年も前の楽曲となる。来日は5年ぶりということで、イッくんが「5ネンコナクテ、スミマセン。ミンナ、オジイチャンニナッタ」と冗談を言っていたが、10年前の楽曲であっても、彼らが奏でれば、瞬時に夏を連れてくるように、フレッシュな輝きを放っていく。
 「ザ・マン・イン・ザ・ミラー」はメインヴォーカルを包み込むファルセットのコーラスが、60~70年代のソウル/R&Bヴォーカル・グループとの親和性を呼び起こし、ハートウォームなムードを創出。「ラグーン」はトロピカルなフュージョン・サウンドが映えるが、その裏でブイブイと這うアジちゃんのベース(時折マイケル・ジャクソン「オフ・ザ・ウォール」っぽさも)によるボトムが効いていて、心地よさを上昇させる。

 中盤では、日本語で歌った「スカイライン」を経て、ゲスト・ヴォーカルとして加納エミリが登場。本ツアーでは翌日にRYUTistとの対バンが組まれていたが、この日をセレクトしたのは、加納との共演が目当てでもあったから。現在はガールズ・グループのVIOLAVIE(ビオラヴィ)のプロデューサーなど裏方に重心を移していて、歌唱がレアケースになってきている。その加納がゲスト参加するならば、高い確率で「シティーハンター」はやってくれるだろうという目論見の通り、加納エミリ版「シティーハンター」で共演。センチメンタルと都会的なポップネスが融合した佳曲を、軽快なグルーヴとともに歌い紡ぐ姿を目の当たりにして、加納エミリフリークとしては有益な時間となった。それのみならず、イックバルが手掛けた「Steppin'」も披露してくれたのはラッキーの一言。イックバルの演奏をバックに、加納が楽しげな表情で歌う姿を久しぶりに観られたのも個人的に嬉しく、微笑ましい光景となった。

 「マエハナツニキタカラ(良かったけど)、(今回のツアーは)サムイ。ナツニカエリタイ」とひと笑いとってから、その夏への想いも馳せたサマー・チューン「サマー・ラヴ・ストーリー」で再び晴れやかな夏の音色を取り戻すと、「サイゴノキョク」と呟いてから弾き始めたのはイックバル・クラシックス「アミューズメント・パーク」。鮮やかに夏を投影したフュージョン/AORマナーと山下達郎作風を絶妙にマッチさせた作風で、フロアを澄み渡る青空よろしく清々しさを湛えて本編は終了した。軽快なテンポ感もあって、実にあっという間の感覚だった。

 アンコールは、ゲスト・ヴォーカル勢が加わってのスペシャル・コラボレーション・タイムへ。Especiaフリークとしては「アビス」のパフォーマンスも観たかったところだが、トップバッターの加納エミリが、イックバルの脇田もなり提供曲「Cloudless Night」をカヴァーするという、またもやレアなアクトに。脇田のファンのなかでも人気曲の一つでもある同曲は、やはりファットなボトムが肝。ウンバウンバと響くベースと昂揚を煽るグルーヴが重なる瞬間を体感し、この曲の良さを再認識した次第だ。

 続いては、オープニングアクトに登場した文坂なのを迎えて、今や“シティポップの代表曲”という立ち位置にまで昇華した(竹内まりやの「プラスティック・ラヴ」を。文坂自身はYouTubeにて「歌ってみた」動画として「プラスティック・ラヴ」を既に投稿していて、山下達郎サウンドに目がないイックバルゆえ、必然のコラボレーションとなったか。
 清浦夏実は、「この組み合わせなら、あの曲をやるしかないでしょ」と清浦バンドでも演奏した「無重力ファンタジア」をイックバル・バンド版で再演。清浦バンド版同様にロマンティックな彩りではあったが、そこへ夏のブリージンな音色を添えて、夜空から開放感に満ちた広大な夏空へとサウンドスケープを移ろわせ、楽しませてくれた。

 最後は、シュガー・ベイブの「DOWN TOWN」をゲスト・ヴォーカリスト勢揃いで披露するというスペシャルなアクトで大団円。初来日公演のアンコールでも演奏しているイックバルのフェイヴァリット曲を、(土曜日ではないが)火曜日の夜をにぎやかに、“ウキウキ”なテンションでマイクリレー&コーラス。“今宵限りのコラボレーションもまた楽し”となった、友情とハピネスが溢れる夜となった。

◇◇◇
<SET LIST>
《文坂なの Section》
00 INTRODUCTION~Curtains of Night(BGM)
01 真夏のリュミエール
02 好印象な恋しよう
03 俯かないで
04 愛わずらい
05 アステリズム
06 OUTRO~真夏のリュミエール(BGM)

《清浦夏実 Section》
01 アノネデモネ
02 illusion
03 Breakfast
04 無重力ファンタジア(original by RYUTist)
05 対岸の人
06 虹色ポケット
07 Snowdrop(New Song / No Release)
08 風さがし
09 銀色の悲しみ

《IKKUBARU Section》
00 INTRODUCTION
01 The Man In The Mirror
02 Lagoon
03 Chasing Your Shadow
04 Skyline
05 Steppin'(with 加納エミリ)
06 City Hunter-1985 Remix- by Emiri Kanou(with 加納エミリ)
07 Summer Love Story
08 Amusement Park
《ENCORE》
09 Cloudless Night(with 加納エミリ)(also known as Monari Wakita singing)
10 プラスティック・ラヴ(with 文坂なの)(original by 竹内まりや)
11 無重力ファンタジア(with 清浦夏実)(original by RYUTist) 
12 DOWN TOWN(with 清浦夏実、加納エミリ、文坂なの)(original by SUGAR BABE)

<MEMBERS>
IKKUBARU are:
IQBAL(vo,g)
RIZKI(vo,g)
FAUZI(b)
BANON(ds)

Mirna(cho)

加納エミリ(vo)

清浦夏実(vo)
北川勝利(g,cho / ROUND TABLE)
山之内俊夫(g)
嶋田圭佑(b)
末永華子(key)

文坂なの(vo)

◇◇◇
【IKKUBARUに関する記事】
2015/03/13 ikkubaru『Amusement Park』
2015/06/22 ikkubaru@新代田FEVER
2020/09/21 IKKUBARU『Chords & Melodies』
2024/11/05 IKKUBARU @7th FLOOR(20241105)(本記事)

【加納エミリに関する記事】
2018/11/21 それぞれのレトロ@下北沢BAR?CCO
2019/01/24 Mia Nascimento@下北沢BAR?CCO
2019/02/13 加納エミリ@新宿Motion
2019/03/01 LOOKS GOOD! SOUNDS GOOD! @北参道ストロボカフェ
2019/05/24 加納エミリ @北参道ストロボカフェ
2019/12/14 加納エミリ @青山 月見ル君想フ
2020/03/12 彼女のサーブ&レシーブあおぎ Birthday Live@渋谷CIRCUS Tokyo
2021/02/17 加納エミリ @渋谷WWW
2021/06/05 加納エミリ @西永福JAM
2024/11/05 IKKUBARU @7th FLOOR(20241105)(本記事)

〈IKKUBARU Live in Japan 2024〉

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