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Jordan Rakei ✕ STUTS @豊洲PIT(20241123)

 才知の邂逅が構築した、佳麗なサウンドスケープ。

 ニュージーランドの構成国の一つ、クック諸島で生まれ、オーストラリアを経て、2015年より英・ロンドンを拠点に活動を開始したシンガー・ソングライター/マルチインストゥルメンタリストのジョーダン・ラカイが来日。東京公演はトラックメイカー/プロデューサーのSTUTS(スタッツ)とのダブル・ヘッドライン・ショーとしての開催となった。会場は豊洲PIT。

 ネオソウル、ジャズ、クラブ・ミュージックなどの要素を包含したサウンドで耳を惹いていたジョーダン・ラカイについては、1stアルバム『クローク』の時から注目していて、初来日公演となった2017年のコットンクラブ公演(記事→「Jordan Rakei@COTTON CLUB」)も観賞していた。以降、2018年、2019年と来日を果たしていたが、パンデミックを挟んだこともあってか、今回が5年ぶりの来日となる。個人的には2018年、2019年の公演は見逃してしまっていたので、初来日公演以来の観賞となった。

Jordan Rakei / STUTS
STUTS

 ダブルヘッドライナーのトップバッターはSTUTS。机上のMPCを軸としたサンプラーやシンセ、キーボードなどを駆使してライヴを行なう。本公演では、左手前からコントラバスの岩見継吾、左手奥にドラムの吉良創太(彼だけ「キラソウタくん」と“くん”づけで紹介していたのが印象的だった)、右手奥に元・在日ファンクのギターの仰木亮彦、右手前に元・SANABAGUN.でSuchmosのメンバーのTAIHEIという4名が、STUTSを囲むようにして配されたバンドセットでのステージだ。ジャズ界隈を軸に活躍する面々を従えていることもあって、イントロや曲中のアレンジなどインプロヴィゼーション的なアンサンブルで高揚をもたらしていく。

 STUTSについては、松たか子主演ドラマ『大豆田とわ子と三人の元夫』の主題歌を“STUTS & 松たか子 with 3exes”名義で発表していたり、長澤まさみ主演ドラマ『エルピス-希望、あるいは災い-』の主題歌を担当した音楽集団“Mirage Collective”の中心メンバーだということは知っていて、ラッパーとのコラボレーションやtofubeatsを客演に迎えた「One」などいくつかの楽曲は耳にしてきたのだけれど、ミュージック・ヴィデオなどは見る機会がなく、パーソナルな部分は全く知らずのまま。「洒落たトラック作っているし、どうせスカした感じのイケメン面なんだろうな」などと根拠もなく音から想像していたゆえ、ステージに登場した際のイメージのギャップにビックリ。童顔ゆえ20代かと思いきや、1989年(平成元年)生まれの35歳。名古屋出身で、鹿児島ラ・サールから東大の大学院卒という超エリートだった。MCでは「ボ、ボ、ボ、ボクが……」という緊張なのかキャラクターなのか、たどたどしい話し方で、それを周囲のバンドメンバーたちが微笑ましく見守るような光景が映し出されていたのだが、一旦演奏に突入すると、一心不乱にMPCを叩き、バンドメンバーにはクラシックのマエストロよろしく身振り手振りで指示するなど、そのギャップにも驚かされた。

 「Summer Situation」やDaichi Yamamotoや鎮座DOPENESSなど8名の客演陣がマイクリレーする「Expressions」などのコラボレーション・トラックは、バンド・アレンジ・ヴァージョンとして変貌させ、tofubeatsとの「One」やPUNPEEとの「夜をつかいはたして」はSTUTS自身がヴォーカルを務める形で披露。曲が終わった後に「たまにボクが歌う曲もあったりします」と控えめに言葉を発していたが、「One」では途中でMPCを離れ、マイク片手にステージ前方へ出て、オーディエンスを煽る瞬間も。MCでの優しさに満ちた人柄の良さが窺える時と演奏中の狂おしいほど音に没頭する姿とがまるでジェットコースターのようで、その抑揚の激しさにいつしか吸い込まれていくから不思議だ。MPCのタッピングから放たれる独創的でリズミカルなトラックに、ソフィスティケートなジャジィ・サウンドが融合することで、この座組でしか生まれない上質のグルーヴがフロアを覆っていく。インストゥルメンタル・トラックでの奔放性や歌モノでのビートメイクのインパクトなど、表情を変化させながらも、身体を揺らせることに集約した音鳴りが、時に緩やかに、時に波打ち際に起こる白波のように、オーディエンスの五感を刺激していく。

 個人的に特に身体が揺れたのは「Expressions」か。マイクリレーの部分を気鋭のバンドメンバーのソロパートという形に昇華させ、グイグイと言葉が突き刺さっていく直線的なマイクリレーとは異なる、外界へと隅々に響きわたる異形の妙とでもいうべきサウンドが連なる様が秀抜。また、ドナルド・フェイゲン「I.G.Y.」を想起させるトラックからSTUTSのヴォーカルへと移行するチェンジ・オブ・ペースな展開も印象的だった。

 クライマックスは、もう一組のヘッドライナー、ジョーダン・ラカイをゲストに招いてのコラボレーション「セレブレイト」を。同曲はジョーダン・ラカイが2023年11月に関係者向けのショーケースで来日した際にSTUTSと意気投合し、急遽セッションでレコーディングしたトラックを元に手掛けた楽曲だという。2024年5月のジョーダン・ラカイのアルバム『ザ・ループ』の日本盤限定にボーナストラックとして収録され、この11月には〈デッカ〉から配信も開始しているが、2人揃っての演奏はライヴでは初披露とのこと。ジョーダン・ラカイが持つ麗しくムーディなヴォーカルとSTUTSの心地よいグルーヴが相まって、フロアを優雅でたおやかな空気が包み込んでいった。

 ジョーダン・ラカイとのコラボレーションに夢心地のような感想を吐露した後は、「Seasons Pass」でエンディング。人柄は謙虚そのものだが、音楽に没入すると謙虚はどこへやら。凄みまでも帯びたアグレッシヴにビートを操る所作に、音への紛うことなきこだわりを感じたステージだった。

◇◇◇

Jordan Rakei

 だいぶ前の記憶になってしまうが、2017年の初来日公演の際は3名(当初は4名だったがベースが欠席)というセットだったので、勝手にそれに近い構成かと思っていたが、蓋を開けてみれば、ジョーダン・ラカイ含め6名が登壇。後方左からドラム、女性のベース兼キーボード、パーカッション、前方左手にクリスティアーノ・ロナウド系のイケメンのギタリスト(キーボードやパーカッションもこなす)、前方右手に女性ヴォーカル(キーボード、マラカスやタンバリンも)を従え、ハの字型に鍵盤を並べたセンターにジョーダン・ラカイ。鍵盤のほか、アコースティックギターやシングルドラムも演奏する。メンバーの近くにはスタンドライトが配され、スポットライトなどの照明にリンクして、ステージを幻想的に彩っている。

 この5月にリリースしたアルバム『ザ・ループ』の楽曲を中心として、『オリジン』などの楽曲も加えた構成。自然に溢れた土地の静寂な夜を想わせる「ラーニング」からしっとりと幕を開けたが、すべてが静謐なムードで展開するというのではなく、唸るギターが野性味を、女性コーラスが教会っぽさなどソウルフルなアクセントとなった「ロイヤル」をはじめ、メンバー紹介を入れながらアシッド・ジャズ風なアプローチも忍ばせた、ジャズ・トランペッターのドナルド・バードのカヴァー「ウィンド・パレード」、ハウス・ミュージック・マナーのダンサブルなクラブ・サウンドとして昇華した「トーク・トゥ・ミー」、ファンキーなビートでスタイリッシュなグルーヴを敷いた「トラスト」など、予想以上にサウンド・グラデーションが豊富で、ジワジワと身体を火照らせていくシーンが頻発。

 序盤で披露した「マッド・ワールド」や「フリーダム」といった純度の高いエアリーなムードに細やかなサウンドと美しいコーラスが降りてくる絵画的なサウンドスケープの楽曲、「クラウズ」のような神秘的かつ幻想的なムードを湛えた楽曲など、色で言えば青系、夜をイメージさせる楽曲群がジョーダン・ラカイの持ち味で美味なのだが、そこでは女性ヴォーカルの貢献が大。鍵盤越しに対面してデュエットした「ワイルドファイア」や、後半に透き通るような潤いと清廉をソロヴォーカルでフロアに響かせた「フラワーズ」などは、ジョーダン・ラカイが持つ神秘性や聡明性を拡張させるに相応しいパフォーマンスだったといえよう。

 もちろん、それだけではなく、クラブ・ミュージックに親和性のあるリズミカルなビートやグルーヴの楽曲も、美しい活力を与えてくれた。女性ヴォーカルの美麗な声が隅々まで響き渡った「フラワーズ」のアウトロからシームレスに始まった「トーク・トゥ・ミー」からは、ファンキーなビートでも体躯を揺らせた。「エヴリシング・エヴリシング」ではギターがキーボードやパーカッションへと移動すると、ジョーダン・ラカイもアウトロでステージ左端にあるシングルドラムを叩き鳴らし、続く「トラスト」ではキメフレーズを挟みながらパッションを高め、パーカッションやドラムのソロでヴォルテージをさらに上昇させるなど、静謐・神秘などという雰囲気はどこへやらのファンクネスが充溢。美しいコーラスも重なったアウトロはグルーヴの極致といった風で、そこから隙間なくベースソロから「アド・ザ・ベースライン」へ突入するなど、バンドセットならではのブラックネスで魅惑のオーディエンスの歓喜をもたらしてくれた。

 ジョーダン・ラカイが向かって左側のローズ・ピアノにおもむろに座り、オーディエンスにクラップを促しながら始まった「フレンド・オブ・フォー」で本編はラスト。本編でローズ・ピアノを用いたのは、曲中に右側のピアノから移った「マッド・ワールド」や、後半に推進力とエナジーを伴ってクラップのうねりを起こした「トーク・トゥ・ミー」、そしてこの「フレンド・オブ・フォー」。ローズ・ピアノならではの温かな音色で、フロアにハートフルなヴァイブスを醸し出していた。
 ただ、「フレンド・オブ・フォー」では、それ以上にゴリゴリのギターが強い印象を残していて、レトロなソウル~ロック風にあつらえてもいた。

 アンコールは、まずはジョーダン・ラカイのみが再登場し、ソロのピアノ弾き語りによる「ホープス・アンド・ドリームス」からスタート。しっとりとした緩やかな楽曲においても、おそらく後方に陣取った外国人が、空気を読めずに、タイミング悪く声を上げすぎる場面がいくらか散見されたのはやや興ざめだったが、それらを巧くかわして、やさしく問いかけるように歌い始めると、美しい旋律とともにガラリと空気が一変。やわらかな歌声が次第に熱を帯びていくと、オーディエンスは息を呑むように見守り、歌声に酔いしれていくのが伝わってくるようだった。

 歓声を浴びながら、ゆっくりとこの日4度目のローズ・ピアノへ移り、ポロリポロリと音をこぼし始めると、バンドメンバーが再登壇。落ち着いた静かな夜のようなイントロからリズミカルなビートへ移行して「マインズ・アイ」を奏でていく。ジョーダン・ラカイのキーンと澄んだ温もりあるヴォーカルにバンドの上質なグルーヴが重なって、芳醇な果実のように潤いを湛えたサウンドがフロアを包み込んでいくと、最後はローズ・ピアノを弾いていたジョーダン・ラカイも立ち上がり、「みんなも一緒に!」と促してフロアにクラップを響かせて大団円に。バンドメンバーが挨拶にステージへ集まる際に見せていた微笑みは、このステージが演者としても充実していたという証左だったのではないだろうか。

 ジョーダン・ラカイの明澄なヴォーカルから生まれる奥ゆかしく繊麗なムードもさることながら、閃光のように刺さるような派手なインパクトはなくとも、気品と洗練を内包しながら鮮烈な音を発するバンド・サウンドによって、ジョーダン・ラカイの音楽性がさらに研ぎ澄まされたステージ。その音楽性に拡張性と洗練をもたらした音像は、まさに音の“絶佳の地”とでもいえようか。やわらかな肌当たりながら、身体と心を揺さぶるグルーヴを大いに湛えたエレガントなヴァイブスは、終演後もしばらくフロアを包み込んでいたようにも感じた。

◇◇◇
<SET LIST>
《STUTS Section》
00 INTRODUCTION
01 Renaissance Beat(include phrase of "Pointless 5" intro)
02 Back & Forth   
03 Summer Situation
04 Conflicted
05 One feat. tofubeats
06 Never Been
07 Orbit
08 Expressions   
09 夜をつかいはたして
10 Celebrate(guest with Jordan Rakei)
11 Seasons Pass

《Jordan Rakei Section》
00 INTRODUCTION
01 Learning  (*L)
02 Mad World  (*O)
03 Freedom  (*L)
04 Royal  (*L)
05 Wind Parade (original by Donald Byrd)(include Member Introductions)
06 State Of Mind  (*L)
07 Clouds  (*Ww)
08 Wildfire  (*O)
09 Eye To Eye  (*Wf)
10 Flowers  (*L)
11 Talk To Me  (*C)
12 Everything Everything  (*L)
13 Trust  (*L)
14 Add The Bassline
15 Friend Or Foe  (*L)
《ENCORE》
16 Hopes And Dreams  (*L)
17 Mind's Eye  (*O)

(*C) :song from album "Cloak"
(*Wf):song from album "Wallflower"
(*O) :song from album "Origin"
(*Ww):song from album "What We Call Life"
(*L) :song from album "The Loop"

<MEMBERS>
《STUTS》
STUTS(MPC)
仰木亮彦(g)
岩見継吾(b)
TAIHEI(key)
吉良創太(ds)

《Jordan Rakei》
Jordan Rakei(vo,key,perc)
(vo,key,perc)
(g,key,perc)
(b,key)
(ds)
(perc)

◇◇◇
【Jordan Rakeiに関する記事】
2017/03/14 Jordan Rakei@COTTON CLUB
2024/11/23 Jordan Rakei ✕ STUTS @豊洲PIT(20241123)(本記事)


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