中坊と母のロンドン #9
息子14歳。
人生で初めてのロンドン英語学校に通って3日目の朝。
地元の中学校では「英語はちょっとだけ得意かも」くらいのレベルなのに、母親にロンドンの英語学校にポ~ンと放り込まれてどうなるかと思いきや。
先生の言う事理解して行動するわー、他国の友達できるわーで、14歳の垣根の低さったらすごい。本人曰く、
「単語並べりゃ通じるし、語尾上げりゃあ疑問形になるし。英語ってちょろい」
息子よ。言語なんてそんなもんなのかもな。自然とそう思ったんならそれがお前の正解だ。
学校の話が多くなってきた。
同じクラスにトルコ出身のやべぇ奴二人組がいると。遅刻常習犯で先生に怒られ続けて、タバコも吸ってしまうやんちゃさんらしい。
中国の生徒さんがとにかく多いらしく、学校では終日中国語が飛び交っているらしい。日本のアニメが好きな子が多くて、呪術廻戦やらに関してテンション爆上げで聞いてくるらしい。
いい子もやんちゃな子も、中坊はどこの国でも中坊なんだな。とてもかわいい。
家を出る。
いつも前庭に来てくれる小鳥さんおはよう。
そして176番のバスにいい加減飽きてきた。
いつまでたってもまだバス停が半分以上ある。息子はまたこっくりしだすので、はなっから窓際に座らせる。わたしは通路側で火の番人。
街の風景の中、算数塾を見つける。子供向けの塾なのかどうかもわからないがとにかくMathと書いてある。
この国では算数は一体どんな位置づけだろうとふと思う。ここに来てからまだ一週間経ってないが今のところ、全体的にあんまり理屈だてて数学的に物事を扱おうとしている感じは少なく、全く別種のインテリジェンスと発想力でゴリ押ししている人たちが多数いる国のように思える。あと2週間の滞在でもうちょっとここらへんが見えてくると面白いな。
学校に着く。
息子はもう勝手知ったる感じで、着くなり「あ、友達かも」、と言って向こうへ行ってしまう。小柄なアジア男子。多分香港のアンガス君だ。
なんか二人でなんか喋っててなんかもう楽しそう。英語が不自由な子同士でもコミュニケーション取れてるのを目の前にして改めて驚くのと、母の手を離れた事がさみしいのと。
ふ。息子よ達者でな。
母はひとり歩きへと去ってゆく。
昨日と同じArt Cafeでカフェラテ頼む。
ロンドンに行きつけのカフェがあるなんてあたしかっこいいじゃねーかーとかっこ悪い事を考える。
旅行中歩き回っていると、近くにトイレがなかったりあっても激汚だったりでトイレ問題がずっとつきまとっているが、このカフェのトイレはきれいで快適で貴重な存在。
が、鍵がかんぬきしかないので万が一中にいる人に何かあったらどうやって救助なりするつもりなんだろう。。。と余計な心配をする。
想像上は、
中の人「ああ具合悪い。。。ばたん!」
外の人「大丈夫ですか?!くそっ返事がない。かんぬきで扉開かない。。。!こうなったら。。。えい!!」
かっこよく体側面で体当りしてかんぬきと扉破壊。中の人、扉に頭ぶつけて流血。
パワー任せの雑な対応しか思い浮かばない。
余計な事考えながらよし、今日の行き先を決めた。カムデンタウンだ。
30年前にロンドンに来た時から頭の中に鮮明に残っているカムデンタウンの記憶を辿ってみよう。
カフェを出る。
途中、ちょっと広めの中央分離帯の歩道を通り抜ける時いい匂いが。
ふと見るとラベンダーの植栽に周囲をワッサーと包囲されていることに気づく。
「ほうらイギリスだよう〜ほらほら〜」と言わんばかりにラベンダーがその香りを私の鼻っ面に放射させてくる。ファンサービスがすぎる。
今回の旅の為に買ったバッグをここ数日ずっと愛用している。小さい割には何でもかんでも入る事にバッグ選びの成功を日々確信する。ガイドブックもスケッチ用の紙も傘も、ちょっとお土産も入るよ。飲み物もサイドのメッシュにほら。
ほんとは多分斜めがけでボディバッグっぽくカッコよく持つのが前提なのかもしれないが、私は今四十肩が辛くてずっと左肩に片がけになる。結果「毎月来る集金の人」みたいになってめっぽうかっこ悪いのはバッグのせいではなく私のせいだ。
Lambeth North駅から地下鉄に乗る。
ダシャシャシャシャ!ツリツリキリキリー!と相変わらず凄まじい金属音の中、
「Baker Street」のアナウンスを録音したくて、騒がしい車内でスマホ録音スタート。目の前にいる若者グループのダミ声をバックに見事「The next stop is, Baker Street」をキャプチャー。
Baker Street駅でホームに降りる。
駅構内のステンレスしか見えないだだっ広い空間にエスカレーターの音がガシャこーん!ガシャこーん!と反響して騒がしさが5倍増しくらいなのが面白いので録音したまま。
この国のメカ関連はとにかく騒がしく、そしてよく揺れる。その揺れ具合もまた、ゆら〜っという感じではなく、あ、今あそこらへんの金属部材がガッチャンってなった、みたいにダイレクトに体に伝わってくるイメージ。緩衝材やらダンパーやら吸音材やらのメーカーの皆さん。ここに市場がありますよ。
カムデンタウンに行くのに何故Baker St.駅で降りたかというと、私は何を隠そうSherlock Holmes氏のストーカーなので、博物館周りをうろつきたかったからである。博物館には昨日行ったばかりかだが。
昨日とはうって変わってお天気。しかも、行列も短い。
Holmes氏、事件解決の為にCharing Cross駅まで行くのにここで四輪馬車を停めてこの通りを南下したのねーってまた妄想を始めるが、Holmes氏実在してないし南下なんてしてないしこの博物館だって実は後付けの偽モンだ。
でもいいんだ。後付けでもなんでも。
Holmes氏は皆の心の中に確かに存在しているのさ。
Baker St.を北上してどんつきのRegents Parkへ。なんか有名なとこだからきれいなんだろうなーぐらいに思って公園内へ。
池がある。その周りにモフモフでパフパフの生き物が多数いる事に意識の全てを持ってかれる。
くちばしや翼が茶色いのやらグレーのやら黒いのやら一部黄色いのやら、ざっと見渡して合わせて30羽はいて、グワッ、グワグワ、グワッと皆で独り言を小声で言い合っている。何をそんなに喋る事があるんだろうと思う位ずっと喋っている。
それぞれが思い思いに陸地と水上両方を行ったり来たりしている。人間に慣れているらしく、私が歩いているすぐ脇をスンとした顔で自分たちのフンを水かき付きの足で豪快に踏みつけながらぺったらぺったら歩いていく。
池に飛び込む時に一瞬見せるフワフワのぼん尻がホイップクリーム風。そして着水するとすぐに一瞬そのボン尻をふるふるっと左右に揺らす。
可愛すぎて臓器のどれかが発作起こしそう。神様は一体なんの為にこの生き物たちをこんなに無駄にかわいくしたのか甚だ疑問。
もし今日予定がなかったらきっと日が暮れるまでここでニヤつきながら水鳥達を眺めていたと思うが、すいません今日はカムデンタウンに呼ばれているのでここで。
公園を出てバスに乗り、Camden Town着。
ここらへんで自覚症状がはっきりしてくるが、連日の長距離散歩とナッツだけのランチで疲れが出て、まるでおばあちゃんみたいにちょっと歩くとすぐ休憩したくなる。
ロンドンの街中、3歩歩けばまた見つかるくらい店舗数の多いイートインのデリ屋さん、Pret a Mangerに入る。
トン単位で重い体を椅子に預けて窓の外を眺める。
記憶の中の風景とは違う、万人向けとも言えるただ単純に楽しげな看板達とどこでも買えそうなお土産。正直、独創性の全く見られないただのティーンエイジャー向けの原宿。。。?とも思えてこの時点で若干失望する。
いかん。体も気持ちも重いが進もう。
右行くか左に行くか、ググらず本能のままに進む。
ふと見上げる。
あ。
「CAMDEN LOCK」と大きな文字がペンキで書かれた鉄道の陸橋が頭上に現れた。
ここカムデンタウンの看板の様な陸橋だ。
そして紛れもなく、30年前のあの夜見た場所だ。
あの時は夜空を背景にライトアップされていたこの高架をほぼ同じ角度で見た。
当時の記憶の中の照明は薄暗く、そして周りは騒がしく、ワクワクさせると同時になんだか粘膜をヒリつかせるような毒気のある雰囲気でもあった。
記憶の中の画像が芋づる式に脳内再生される。
広く天井の高い倉庫風の建物に無数にズラリと並んでいた屋台の白熱照明。アクセサリー屋さんにあった虹色のピアス、ジーンズとスニーカーを履いた脚の手作りスツールを売っていたヒッピー風のニヤついた女性、私にはとても履けなさそうな細いブーツ(足首の皺をみる限り厚手の上質な革)などをおいていたアンティーク店。トルコから持ってきたおまじないのガラス細工。そしてこのがらくた市を包括するがやがやと賑やかだった広い広い空間。
看板はあった。
だがあの広い空間は今一体どこに?
この記憶と一致する風景が見当たらずエリアの中をくまなく歩く。でかい商業施設のエリアがあるのでまさかこれに取って代わってしまった悲しい可能性も考える。
似てるけど違うかも。。。?そうかも。。。?とイマイチ確信が持てないままエリアをくまなく歩く。
ある屋台で「Demorriors」というホラーかわいいキャラクター人形と出会う。
色とりどりの瞳の目玉オヤジの体が色とりどりの体毛で覆われたようなDemorriorsの手作り人形が何十匹と並んでいる。
惚れた。一匹だと寂しがるかもと思え二匹買う。恐らくクリエイターであろう店番のお兄さんの目つきがやばい。
別の屋台では、写真がなかった時代の生物図鑑の様なタッチで描かれた無数の「歯」のグラフィックがプリントされたグロかわいい布バッグにも出会う。人間の物とは思えない牙の様な絵も並んでいる。
惚れた。16ポンドで購入したそのバッグの中にはご丁寧に同柄のポーチも付いている。
途中のカバン屋さんでは羊の革を使っているブリーフケースを売っている。軽いし、革の表面に既にエイジングされたような色ムラがある。
最初65£と言ってたけどそのうち勝手に60でもいいよと言ってきた。ここは値段交渉も作法の一つなのだなと認識。
中央部にはフードトラックっぽい店舗が集まっている。オレンジジュースをその場で絞った後の半球形のオレンジの皮がすぐ隣で直径数メートルの山状に積まれている。
ブリトーやら韓国スナックやらもあってお客さん達はきっったない地べたに座って楽しそうに食べてる。周りには脂ぎった羽の鳥達が虎視眈々と残飯を狙ってる。
シャツ屋さんの店頭にある10£の花柄シャツ。ピンクとグリーンをベースにした乙女チックな色使いだが男性用で形はカッターシャツ。
惚れた。男モンだがSサイズなので大丈夫だろと思い、疲れているので試着もめんどくさくなりそのまま購入。
結局昔と全く同じ風景は見つからずじまい。
が、店々を見て廻ってわかったが、あの時吸い込んだこの界隈の毒々しさはここでいまだに、確かに存在しているんだ。
はい。ここでトイレ問題発生。
有料トイレがあったので使ってみる。クレジットカードで1£払ってゲートを通過するシステムがうまく働いていないらしく、数人がゲートで騒いでいる。
私もやったがうまくいかず、騒いでいるグループの人たちが恐らく「いいから入りなさいよ」と外国語で言って中からゲートをあけてくれた。その後も当然他の人達がゲートを通れなくて困ったーとやっているので今度は次の人が「いいから入りなさいよ」とゲートを開ける。
このシステムが脈々と受け継がれていくと思う。
管理の方、まじで皆お金払いたいんで早いとこ直してください。
ここでもうなんか。。いい加減疲れた。。
人は疲れている時は衛生的な場所を求めるのですね。自然と新しい方の施設に吹き寄せられて、座れるところを探す。運河を見下ろせる箇所でとにかく座ろう。
目の前には運河が広がる。
この運河の水は非常にばっちい。テムズ川の水もまあまあばっちいがここの水は更なる進化系。水の流れが溜まっているところになんかよくわからないウニャウニャと泡とゴミが大量に留まっている。
子供の頃に見た、日本が公害大国だった頃の多摩川の水を軽く超える汚さ。これ、ちゃんと清掃すればさらに素敵な空間なのに。
また歩き始める為に必要最低限のエネルギーが回復。名残惜しいがカムデンタウンを出る。
いろんな意味で色の濃い場所だ。
またゆっくり息子と来よう。
1番のバスに乗って学校に向かう。
行きすがら、4階建てくらいの建物が解体されている途中なのが見える。仮囲いの中に外壁の断面にレンガ積層構造がみられるのと、その薄っぺらの外壁がペラ一枚で解体作業一時停止になっている。
壁に手をついてグラグラっとゆらすと一気にガラガラと4階分の外壁か崩れ落ちる場面を妄想するが、
安心してください。この国には地震がありません。
学校構内の屋外広場でベンチに座り息子を待つ。
しばらくして中国語、スペイン語ががやがやと近づいてきて生徒たちがビルから出てくるのが見える。アンガス君と一緒に息子が出てきた。
息子よ。学校は楽しかったか?
友達に笑顔で挨拶して、さあ帰ろう。
帰宅後、腰が重いが洗濯しないとそろそろ服不足が限界値を迎える。
昨日教えてもらった方法で恐る恐るMieleの洗濯機で時間設定など決めてスタート。
待てど待てど、なかなか終わらない。
数十分後、もう止まってんじゃん?と思って見に行っても、昼寝から起きたようにむるっ、むるっとゆっくり動く。結局終わったのが1.5時間後。洗濯2回で計3時間。
なんだこのペースは。英国貴族か。
そこら辺にあった物干し台お借りして、なんとか2人分干す。
これ、リビングに晒すわけにいかないし、かと言って屋外に出すのも非常識なのかどうかもわからない。そして今日もこの民泊の家は主人不在で聞く人がいない。
結局、喉のカサつきがなくなるだろうと思い自分らの部屋の中に置いて自然乾燥。
うん!部屋は一気に所帯臭くなったぞ。
明日には乾いていることを願って、ねる。