中坊と母のロンドン #6(一旦入国時に話を戻そう)

見えた。イギリスの地面だ。

上空数百メートル。空港着陸に向けて降下中。
ロンドン市内に近いかすでに市内のはずなのに緑色の面積がものすごく多い。
機体が旋回。一旦地平線がどこかへ行って再度視界に戻って来た時には、もう一段階高度を下げた大都会の景色がみえた。

中央に蛇行している暖灰色の帯と、それを横切る何本かの線の一つが特徴的な形状をしている。紛れもなくテムズ河とTower Bridgeだ。

羽田空港からカタールを経由して計27時間。中坊と母はヒースロー空港到着ロビーについた。
現地時間午後6時過ぎ。日本時間午前2時。緯度が高くまだちょっと日が傾いたくらいの明るさの為、体内時計が必死で視界に合わせようとしているのか眠くはない。
ただ疲れた。極東の国から極西の国への旅はひたすら長かった。

ここはイギリスのはず。
14歳息子、初のイギリス上陸にも関わらず、特にはしゃぐ様子もなく薄ら笑いを浮かべていつものお気に入りのショッピングモールにでも来たかのような日常的な表情をしている。
到着ロビーでは様々な色の肌と髪の毛の人がいるし、様々な言語が聞こえるが、今の円安オーバーツーリズムの日本と結構おんなじ感じだ。
イギリスに来た実感というやつは一体どこに。

両替屋さんがある。
息子が先日祖母からもらった2千円のお小遣いを替えてもらおうとしたら、インド系のスタッフさんが、これじゃ何も買えないけどほんとに替えるつもり?と鼻で笑う。客に対する態度の悪さに外国を感じ一瞬ワクッとする。
息子は両替するのやめるらしい。
息子、初の外国で早速気合負け。

とにかく二人とも疲れたのでまずは滞在先へ急ごう。

空港のWifiが若干弱い事に不安を覚えながらもググると通常通りの画面に聞いたことない駅名がズラリ。この地下鉄Elizabeth線っつうのにまず乗ればいいのか。
メジャーな空港なので、3階吹抜けの大空間にキラキラのブランドショップがズラリみたいなステキ空間があるかと思いきや、到着ロビーから「地下鉄こっち」のサインを辿るとどんどん地味な通路へ導かれる。ウェルカム感ゼロですでにとても不安。

通路の先にぽつんと薄暗いところにあるエレベーターは総ステンレスでまるで貨物用エレベーター。脇の壁にはやはり「地下鉄こっち」とあるので間違いない。
隣にエスカレーターがあるが、スーツケースを持ってたら乗れない様にご丁寧にポールが立ってる。
空港って多数の人がスーツケース持ってると思うんだけど。
客の扱いの雑さに再度外国を感じてワクッとする。

恐らく空港の端っこにある地下鉄の改札にたどり着いた。
パスモの役割を果たすOyster cardという代物があるらしい。クレジットカードでも乗れると聞いているが、何を聞いても「あんでもいい」と口を半開きに答える中坊にクレジットカードを持たせたくはないし、なにより鉄道好きなので記念にロンドン版パスモを持たせたい。
自販機と格闘。何ポンドチャージしますか?の質問に金銭感覚がまだないので戸惑うが、息子用Oyster card入手成功。

一方、母用のクレジットカードは特に登録とかは不要だと近くにいるスタッフっぽいお兄さんに確認したので、いつも日本で使っているドメドメのカードをそのまんま改札にかざしてみる。
ピコン!
パスモ並の速さで改札通過。私のいつものカードが突然英語をペラペラ喋った感覚。おまえそういえば国際規格だったんだな!テクノロジー万歳。

ホームドア完備の、メトロ南北線を思わせる新しめのホームに着く。広告用モニターの位置も南北線みたいで、白金高輪駅とか連れて行ってくれそう。

車体が滑り込んできた。
息子が言うにモーターの音がどうのということだが、保護者の私はとにかく目的地に着くミッションを達成したいから何度も目の前に止まっている車体に乗って良いかどうか確認。乗車。

初めて乗る地下鉄Elizabeth線は乗客少なめ。同じ車両の端には控えめに言ってもあんまり柄のよくなさそうな若者が何人か騒ぎながら乗っている。

男の怒鳴り声。
それに続き女の声で殴っちゃえ!殴っちゃえ!との声。
その若者の中で喧嘩が始まったらしく周りも煽ってナイフでも出しそうな勢い。一駅間は我慢したが喧嘩は収まらず、ビビった息子が「もう降りよう!」と母を強制下車させた。

幸いとばっちりは受けなかったし、次に乗った車両の中に異常はなさそうだが、ロンドン初の地下鉄での結構なテンションの怒鳴り声に母息子とも顔に縦線走る。
ロンドンこわい。

White Chapel というゼクシィっぽい名前の駅でOverground(地上鉄)に乗り換える。
地下鉄はUNDERgroundで地上鉄はOVERground。わかりやすい。

屋外にあるプラットフォームに着いて初めて目線の高さでロンドンの風景と対面する。

午後8時近く。さっきよりは日が傾いて夕日のオレンジ色が横から差す。地図からすると結構な街中のはずなのになぜか低層の古い建築物が点在する郊外の風景だ。
緑がとにかく多い。線路脇では名前が分からないが紫色の小さい花が集まった房を何度も見かけ、雑草の種類が違うことに異国を感じる。
お花かわいいなーと少しの間緊張が溶ける。
そしてなぜか大規模な工事の現場が多い。

Overgroundでは向かい合わせの席に座り、でっかいスーツケースを無理くり自分らの膝の間に入れるが入りきれずほぼ4人席を占領する形になる。迷惑ガイコク人だ。
なんと席にUSB充電ソケットが付いているので、バッテリーが死にかけていたスマホがゆっくりと生き返る。

2、3駅進むとだんだんと車内が混んでくる。他人とぎゅうぎゅう詰めにちょっとビビる。一体ここは安全なエリアなのかどうかわからないのでずっと基本緊張したまま。着く駅着く駅全て、雑草と汚れと落書きが放ったらかされているので、もしかしたら今自分らが乗っているのはロンドンでも屈指の治安の悪いエリアとか?このエリアでこの電車乗ったよ、と後日報告してだれかに「まじで?!あそこまともな人は近づかないやばいとこなのに!」みたいなの言われる事を想像する。

目的地に近づくにつれ、人がだんだんと少なくなっていくと同時に日も更に傾いてくる。
そして着いた。Sydenham 駅だ。
シデナムと読むらしい。
走れトーマスに出てくるような郊外の駅をくたびれさせて寂しくしたような駅に見える。
突然英語ペラペラになった私のクレジットカードと息子のOyster cardは問題なく私達を改札の外へ出してくれた。

でた。さあどうすれば。

午後9時。
遠くには夕日の残骸のようなうっすら赤い空が見えるが、もうすでに夜の暗さ。
やばい。時間を見誤った。

駅前は小規模な商店街。人通りは少なくはないがすでにパブや店舗やレストランの明かりが付いている通りを歩く数人を見てみる限りすでにちょっとヤバそうな人しかいない様に見える。

今日から泊まる民泊のオーナーは夏休みでいないので迎えとかはない。もらったアドレスだと駅から徒歩12分。距離は大した事ないが、駅前でもこんなにヤバそうなのに更に暗い住宅街を息子を連れて歩いて何かあっても守りきれない。タクシーに乗りたいがなんと、Uberアプリがなぜか使えない。最近すっかり腕力がついてきて頼もしくなってきた息子はどうだと見ると、完全他人事で母がなぜこんなに焦っているのか理解していない。だめだこいつも頼りになんない。

状況を考えてどんどん焦っていく。駅前から動けない。徒歩たった12分がものすごく遠く思える。
下を向いてスマホで解決策を探していると、「Excuse me」。女性の声が話しかけてくる。顔を上げると「小銭分けてもらえるぅ?」。ホームレスの方ですねーー!

とにかくだれかまともな人はいないかと薄暗いコンビニに駆け込む。すすすすいませんここからタクシーってどうやって乗ればいいんですか?「駅の目の前にタクシーステーションがあるよ」。
なんと。改札でて一旦後ろを向きさえすれば馬鹿でもわかる場所にでっかく「TAXI」とある。 親切じゃねーかー。

ベニヤで作った小屋みたいなタクシーステーションに入ると、メガネの教育ママみたいなおばさまが対応してくれた。夜に女性が一人で店番ができる街だということに一瞬安心感を覚える。
タクシー来てくれたが、この運転手も敵か味方か。アドレスを伝えてものの五分でさっくり到着。多分ボラれてはいないと思う。

タクシーを降りて民泊オーナーからもらった手順で鍵を探す。
玄関の左の青い扉を探せ?
んなもんはない。
オーナーに質問しても返事がない。念の為右側を探してもない。もう一度アドレスを確認する。ん?間違ってる?オーナーからのアドレスが間違ってるー!

正しい場所まで数百メートル。もうタクシーステーションはない。とっぷりと夜だが歩くしかない。
安全が確認されていない夜間の見知らぬ住宅街を母と子で重いスーツケースを引きずり、街路樹の根っこでボコボコになっているアスファルトを歩く、っつうか怖いので走る。息子よお前も文化部だが頑張れ。周りはだれも歩いていないが、そこら辺の暗がりに何がいるかわからない。

息を切らして正しいアドレスに着いた。
玄関脇の青い扉、あった。
キーボックス、あった。
玄関の鍵、開けられた!

家主はもちろんいない。玄関開けて目の前にはコート掛けに雑にかけられているジャケット類がものすごく「人んち」感。階段の下の部屋が私らの部屋だと。この位置はハリー・ポッターが居候してた部屋みたいなやつでは。。。?

部屋自体は写真のイメージよりずっと狭く、なにより一階で不安感が募る。まあでもとにかく宿に着いたし、必要なものは揃ってる。機器の充電と、シャワーと、そうめんの軽い夕飯と、施錠確認と、慣れない環境で必要最低限の事を済まし、不安な中で、誰もいない見知らぬ家の中で就寝。

これで3週間かー。
ロンドンの旅はつづく。







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