無知の上に孤独

わたしは一人っ子なので親が死んだら完全なる一人、孤独死パターンになる可能性が高めです。プライドが高いので生涯を共にできるパートナーを作れるわけもなく友好な人付き合いが出来る精神力も乏しく、親戚との繋がりは断ちたいレベルに嫌悪しているので何も考えることの無くなった暇な休日やふと嫌な夢を見た後などは死んだあとの自身の処理について考えます。
僅かな期間ですが葬儀関係の職に就いていたことがあるため、選択肢は広がりました。ですが、そもそも人を呼んでの葬儀を行うことは考えていないためホームページを見たりパンフレットを取り寄せたり、葬儀場や安置所の見学に行くということはまだしていません。人生経験として行く分には良いのかなと思っているので、今後もしかしたら行くのかもしれませんが。
成年後見制度使用したいなとか菩提寺のことは聞いておかなければいけないけど直葬がいいなとか、一人で死ぬ時のシミュレーションを作っては見積もりに震える日々です。どうにもならない金銭面の不安を抱えながら、今心身が動くうちでこの考えなら死ぬ間際は更に自分のことばかりなのかもしれないと虚しい気持ちでいっぱいです。
文章を書きながら、過去親しかった方に『わたしが死んだ時あなた(実際にはその方の名前を呼びました)が生きてて覚えていたら葬式でこの曲を流してほしい!』と冗談っぽく笑いながら言ったことを思い出しました。正確には「思い出そうとして」思い出しました。曲はひたすらに優しいものでしたが、その方は面倒くさそうに話を聞いていた印象がありました。わたしの偏見かもしれません。
今後も生きていかなければならないので、生活をしながら幾度も自身の処理について考えると思います。学びが足りないので、少しずつアップデートしていけたら良いのかもと考えるばかりです。

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