【日記】ツナマヨが好き、ということが僕の自己紹介であり存在証明
オフィスビルに入っているコンビニの12時40分の棚はガラガラで、空白ばかりがその存在感の喪失を主張していた。弁当のない棚は青白く無機質で、その寒々しい光景に余計に僕のお腹は空いたのでした。
最近、仕事が繁忙期で昼休みをあまり取れないのです。
ゆっくりと商品を吟味する時間的余裕を持ち合わせていない僕は人の少なくなった店内をまっすぐにサンドイッチコーナーへ向かう。食事をしながら仕事をできるように片手で食べられるものが僕には都合が良いのです。
サンドイッチの棚にはハムサンドしか残されてはいませんでした。僕の好きなサンドイッチはツナとタマゴのセットなのにも関わらず、ハムサンドしかない。せめてハムカツのサンドイッチであって欲しかった。
だから僕は隣のおにぎりの棚に視線を逃しました。そこに救いを求めたのです。でも、そこにあるのは梅のおにぎりと昆布のおにぎりだけだった。
僕はツナマヨのおにぎりが好きです。だから隙間だらけでツナマヨおにぎりのない棚を見て、この世からツナという存在が失われてしまったように感じた。途端に心細くなりました。僕はそういうことがたまにあります。そんなときはもうどんなことからも逃げたくなって、なにも考えたくなくなってしまうのです。だから本当は布団にくるまってあたたかくして眠らないといけない。
でも、ここは会社だから布団なんてなかったのでしかたなく、皮肉とか嫌味ではなく本当にしかたなくウィダーインゼリーを買って戻りました。
エコオフィスのために消灯された薄暗い部屋の中、自席に座って左手でウィダーインゼリーを口に運び、右手でパソコンのキーボードをカタカタさせていると不意に後悔が僕の胸を押しつぶしてきた。
ツナサンドもツナマヨおにぎりも食べられなかったことにより、僕の心は弱っていて少し過敏になっていたのかもしれない。それでも、そのとき僕の感じた後悔は独りよがりで自分自身に向けた同情心によるものではなくて、選んでやらなかったサンドイッチとおにぎりたちに向けられた同情心と罪悪感によるものでした。
彼らは選ばれなかった、だれからも。僕からも。客と商品、選ぶ者と選ばれるモノ、その無意識に加担していた不公平で一方的な関係性にかなしくなったのです。
僕は思わず隣の席でイヤホンをつけて目を瞑っている後輩の肩を叩いていた。眠たそうな重い瞼の間から視線をこちらに寄越しながらイヤホンを取る彼に、僕は自分を懺悔しました。ハムサンドが昆布のおにぎりを買うべきだったのです。あの選択はフェアじゃない。後輩はちらりと腕時計を見てから自分のノートパソコンを開いてログインをし始めました。
「そもそもの勝ち負けの判断が違います。売れ残るのは負けじゃない。生き残ってるんです。店の販売戦略という大きなシステムに飲み込まれずに個々のサンドイッチやおにぎりとして生き残ってるんです。だから彼らは勝ちなんです。俺が先輩と同じ立場でもウィダーインゼリーとカロリーメイトを買います、あとプロテインも飲むし」
後輩はそう言いながらメールチェックを始めました。僕も仕事をしないといけないのに頭からハムサンドと昆布おにぎりが離れない。後輩の言うとおり、彼らが他のサンドイッチやおにぎりと比べて生き残った勝者だとしても、この後のことを考えるとやるせない気持ちになってしまう。
夕方になると彼らは値引きシールを貼られて安売りされてしまうのです。安くなる、値段が下がる、つまりは彼らの価値が下がるということです。賞味期限を過ぎてしまうといよいよ商品としての価値がなくなるのだから安売りされるほうがまだ廃棄されるよりはマシなのかもしれない。だって彼らは食べられることに存在意義があるのであって、ゴミ箱に捨てられるために存在しているわけではないのだから。
僕は思わず後輩にその考えを伝えました。そして夕方になって値引きシールが貼られた彼らを買いに行こうと決めました。
後輩は「いいから仕事してください。この場での俺たちの存在意義は働くことです。そうしないと捨てられますよ」と言って、またすぐにパソコンに向かってしまいました。こんな場所で存在意義なんか欲しくないと思ったけれど、仕事を終わらせないと帰れないし、家に帰ってこそ存在意義があるのだと思って僕もパソコンに向かいました。
僕の値段はいくらなのでしょう。隣の後輩よりは年功序列のもとに高い給料をもらっているけれど、僕が仕事のできる彼よりも値段が高いとは思えない。値引きシールを貼られたらどんな気持ちになるのだろう。
勝手に値段をつけられて、商品として棚に並べられ、値踏みをされて、最終的に値下げをされる。そんな選ばれなかったモノたち。僕はもうそういう競争の中にいたくなかった。見たくもなかった。うんざりしたのです。
結局、午後も忙しくてバタバタと走り回って働いていたらサンドイッチとおにぎりのことは頭から消えていました。家に帰ってからようやくサンドイッチとおにぎりのことを思い出しました。
だから僕は彼らが売れたのか、最後まで選ばれずに残っていたのかはわかりません。この日記を書く前にツナマヨを作りました。これからおにぎりにして食べようと思います。
なんだかんだ言っても僕はツナマヨが好きなのです。そんな一日でした。