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先行き不安という経営者、必見。

ホンダの元副社長、藤沢武夫さんは、
役員が集まる大部屋をつくりました。
当時、ホンダの取締役はすべて本部長を兼任し、
ほとんどが本部長として仕事をしているだけでした。
当時の取締役は、名誉職に過ぎなかったのです。

取締役に、取締役本来の仕事をしてもらろうと
藤沢武夫さんは考えたのです。そのために行なったことが、
本部長という兼任を解き、大部屋に集まってもらうことでした。
藤沢武夫さんの考えはこうでした。

『取締役とは一体なんだろうかといえば、
それは未知への探究をする役です。
取締役が未知への探究をしないで、
後始末ばかりしている掃除屋であってはならない、
というのが私の考えです。

取締役になるくらいの人は、
なんらかのエキスパートです。
そういう人の担当部門をなくし、
身一つで大部屋に集まってもらいました。
取締役の本部長兼任を外したのです。反対はありました。
今ままでは毎日現場で仕事をしていたのに、
ここに来てもやることがない!」というわけです。

“いや、取締役は何もしなくていい。
何もないゼロのなかから、うちの会社はどうあるべきか
を考えるのが取締役の役目で、日常業務を片付けるのは
部長以下の仕事だ。だから、役員は全部こっちへ来て、
何もないところからどうあるべきかを探してほしい”
と私はいったんです。

そうしたら、長い間工場にいたから
本社に来てもしょうがないとか、
やれいままでは経理をいじっていたとか、
資材だ、営業だと、いろいろなことをいうわけです。
それまでは部下も大勢いたのに、役員全体に
秘書二人ほどの生活になって、かなり不満だったようです。

とにかく、みんなで大部屋に入って、
毎日ムダ話をしていてほしい、といっているうちに、
いろいろなことが出てきました。
それまでは各部のなかにおける話題だったものが、
つまらないことでも取締役としての話題になると、
そこに共通の考えがどんどん分厚になってきました。

アメリカでの売行き不振とか欠陥車などの
大問題が起こったときも、この役員室で非常に
レベルの高い集団思考が行なわれました。
もし私が会議の主導権を握っていたら、
それほどレベルの高い判断は出てこなかった
だろうと思います。これからの発展も
期待できなかったと思います。

こうして、もはや本田なり私なりが決めるのではなく、
下からのアイデア、上からのアイデア、
いろいろなものをこねまわし、集団思考で
やっていける体制づくりが完成していったわけです。

本田も私も、オブザーバーにもならず、
ぜんぜん圏外にあって、役員会議で決まったものを
見せてもらい、よろこんでいるだけですが、
この体制は本田や私がいなくなっても
存続できると確信しています。

すべて本田宗一郎がいなくなったらどうするか、
というところから発想されたことです。
本田の未知への探究という基本は
貫かなければならないけれど、
彼個人の挑戦には限界があります。

彼の知恵が尽きても、それに代るものが
どんどん現れてくるような、
それでも逆に企業が伸びていくような
組織体をつくったつもりです。』

以上が、藤沢武夫さんの考えであり、
藤沢武夫さんのやってきたことです。
ドラッカーはこう言っています。

草創期の企業は一人の人間の延長である。
しかし、一人のトップマネジメントから
トップマネジメントチームへの移行がなければ、
企業は成長どころか存続もできない。
成功している企業のトップの仕事は
チームで行われている。
ピーター・ドラッカー


まさに、社長一人の経営から、
集団経営体制に移行していかなければ、
企業は存続できない、ということですね。
経営にウルトラCはありません。
地道に、コツコツやるだけです。
正しい努力は嘘をつきません。

役員同士が日頃から顔を合わせて
認識を共有して仕事をするという
藤沢武夫の考えは受け継がれホンダは
今もトップの仕事をチームで行っています。
会社を永続させるために、ぜひトップマネジメントチーム、
集団経営体制をつくりましょう。

最後までお読み頂きありがとうございました。

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