不世出のレジェンド・内村航平の素顔②
思いがけないお誘いで内村選手たちと出会った私が、ドキュメンタリー番組の取材をする中で、彼の素晴らしさを知りました。なぜ、こんな凄い選手になれたのかを少しでもお話しできればと思います。
体操選手の体脂肪率は3〜5%
内村選手の大親友である山室光史選手は、世界選手権東京大会(2011年)個人総合銅メダリストで、見るからに筋肉モリモリ。人懐こい笑顔でみんなを笑わせてくれる人だ。
私がお店の人を呼ぶベルをチャリチャリンと振る度に、彼は「オーダー!」と大声をあげた。そう、「ビストロSMAP」の中居君のように。
2、3回ならノリのいい人だなと思うが、だふん、5、6回は鳴らしたと思う。彼は、その度に「オーダー!」と大声をあげ、みんなを笑わせてくれた。
山室選手は、自慢の力こぶも触らせてくれた。
体操選手の体脂肪率は、3〜5%と言われている。つり輪のトップ選手でもある山室選手の力こぶは、赤ちゃんの顔ぐらいあってカッチンカチンだった。
インタビューが無愛想な理由
笑顔でよくしゃべる彼らと、インタビューで見かけるぶっきらぼうな彼らは、あまりにもギャップがありすぎる。私は、思わず聞いてしまった。
「内村さんは、インタビュー嫌いなんですか?」
すると、彼は笑いながら答えた。
「嫌ですよ〜。特に僕だけなんて、すごく嫌です」
そうだったのだ。今では、インタビューにも笑顔でよくしゃべる内村選手だが、昔のあの嫌々ながら答えている感じは、本当に嫌だったからなのだ。
「なんで、インタビューってあんなに長いんですか? どうせ、使わないのに」
「いっぱい話したのに、1個も使われないときもあるんですよ」
彼らの逆襲が始まった。
確かにその通りだ。何か面白い話が出て来るんじゃないか? 見出しにできるキーワードが出て来るんじゃないか? そう思って、ディレクターや記者は次々と質問をするのだが、使うコメントは内村選手の一言だけ。
特にテレビは酷い。散々、無理を言ってロケをさせてもらい、色々な選手にインタビューをしたのに、全く使わないのだ。実力のないディレクターほど、無駄な質問をして時間ばかりかける。こんなデイレクターに当たってしまったら、本当に災難だ。
内村選手としては、自分だけが特別扱いになるのが嫌なようだった。
「みんなと一緒ならいいけど……」
自宅でのドーピング検査
サービス精神旺盛な内村選手は、自宅にドーピング検査が来たときの話をしてくれた。
試合後すぐに、違法薬物を使っていないか尿を採取するドーピング検査が行われることは、私もなんとなく知ってはいたが、試合とは関係のない日も検査を受けなければならないことは知らなかった。
検査員立ち会いのもと、というか知らない人にオシッコする姿をじーっと見られなければいけないなんて、想像するだけでもおぞましいのに、自宅に上げなければならないのだという。
「その検査って、抜き打ちで突然、来るんですか?」
「一応、何時ごろって連絡は来るんですけどね。ピンポーンって来て検査ですって言われても、オシッコ出ないときってあるじゃないですか。だから、今は出ません! って言って待たせるんです」
「えっ、だって来る時間、わかってるんでしょ?」
「まあ、そうなんですけどね。出ないもんは出ないんで」
内村選手は、ニヤリとした。
「じゃあ、それまで部屋で待っててもらうんですか?」
「部屋なんか入れませんよー。嫌ですよー。玄関の外で、待っててもらうんです」
「ええっ! 真冬でも?」
「真冬でも」
みんな、大笑いした。どうやら監督やコーチも、こんなやり取りがあったことを知らなかったようだ。
「検査員を外で待たせてる間、何してるんですか? 」
「アニメ見てます」
「はぁっ? アニメ?」「朝でも?」一斉に、みんなからツッコミが入る。
「えっ、見ますよ、朝でも。アニメ見ながら、出るまで待つんです」
「下手したら、30分のアニメ、見終わっちゃったりして」
誰かが冗談で言うと、
「ああ、そうっすね。1本見終わっちゃいますね。そしたら、もう1本見ますけど」
ええっー! っと、みんなが驚いても平然としたものだ。
「それで、もう出るかな〜って思ったら、どうぞ〜って玄関開けるんです」
内村選手は、ミッキーマウスのような逆三角形の口元に八重歯をのぞかせてニカッと笑った。
さすが絶対王者だ。こういう神経の図太さなら、マスコミや世間の期待に押しつぶされることなく、ロンドン・オリンピックでも必ず金メダルを獲ってくれるに違いない。そのときの私は、そう確信したのだが……。
※ロンドン五輪で金メダルを獲るために、どんなことをしていたのかは、次回につづく。