ブラタモリで玉川上水の秘密
先日、ブラタモリで玉川上水が取り上げられていました。私の家は玉川上水の近くにあり、またリモートワークで使う母のマンションは千川上水の近くにあるため、この2つの上水は私の散歩コースになっています。というわけで「江戸の水の玉川上水の秘密」を紹介する番組を興味深く拝見させてもらいました。
武蔵野と武蔵野台地
NHKの大河ドラマ「青天を突け」の渋沢栄一の故郷は埼玉県深谷市。そこも当時は「武蔵野」と呼んだと聞いて、「武蔵野っていったいどこからどこまでを指すのだろう?」という疑問が湧いてきて調べてみたら、次のような説明が出てきました。「武蔵野は、広くは関東または武蔵国の平野をさすが、一般には入間川・荒川・多摩川に囲まれ、東京都と埼玉県とにまたがる洪積台地をいう」。ならばと次に「武蔵野台地」を調べてみたら、下記のような地図と説明が出てきました。どうやら武蔵野台地は荒川崖線と国分寺崖線と入間川崖線と東京湾に囲まれた場所とのことのようです。
昔、まだ玉川上水が作られていない頃は、武蔵野台地はからっ風が吹く、人が住むのには厳しい土地だったようです。そう言えば小学校の学芸会で「武蔵野開拓史」のお芝居をやったことを突然思い出しました。その芝居で私の記憶に残っているのは唯一「子供が不憫でならない」という台詞だったので、きっと水が少ない農作物も育ちにくい関東ローム層の肥沃でない土地だったのかなと推測されます。それとは反対に、その頃多くの人は水の近くに暮らしていたのではないかと思います。武蔵野では崖線のことを「ハケ」というらしいのですが、ハケ周辺には多くの街が形成されていたようです。
武蔵野台地に玉川上水を作った徳川幕府の政策がいかに優れたものだったかがうかがわれます。
武蔵野台地の湧水
そんな武蔵野台地ですが、武蔵野市と杉並区には、井の頭池(井の頭公園)や善福寺池(善福寺公園)や三宝寺池(石神井公園)といった池があります。この辺りはだいたい海抜50メートルに位置していて、青梅を起点とする武蔵野台地の斜面がこのあたりでなだらかになりって、水が湧く地層になっているそうです。この海抜50メートル辺りで湧き出た水が川となって東京湾に下るのですが、これらの川が枝分かれして流れていた場所が山の手の谷の部分で、長い時間をかけて丘陵を削っていったのではないかと思われます。水の力、自然の力って凄いなとあらためて驚かされました。
水の近くに人は集まる
話は変わりますが、コロナによるリモートワークの経験によって「家の部屋を1部屋増やしたい」と思う人が増えて、家を住み替えたいという人が増えているそうです。
人によって「海の近くに住みたい」「山の近くに住みたい」「緑の多いところに住みたい」等、住みたい理由は違うと思いますが、湘南エリアは特に移住が増えているようです。
以前はあまり感じなかったのですが、散歩していて思うのは、原っぱのような公園ももちろん悪くないですが、川や池のある公園はとても気持ちがよいなと思いました。公園に来ている鳥たちの種類も多く、その鳴き声も大きいように感じます。人間も動物も植物も「水からエネルギーをもらって生きているんだ!」なと思ってしまいました。
住宅選びは「街選び」から
会社で「移住と幸福」というテーマの対談があり参加してみました。「何故そこに移住したか?」について講師の人が次のように話していました。「以前は、会社に通うのに便利かどうかを一番重視して家を選んでいたけれど、今回は住みたい街かどうかを重視して、海の近くの葉山に移住した」と語っていました。
リモートワークを経験することによって私たちはこれまで「大事なことを気づいているにも関わらず、あえて思い出さないようにしてきたのではないか」と思いました。コロナによってライフスタイルが変わらざるを得なくなり、その変化が価値観にも影響を及ぼし、「本当はこうしたかったこと」「大事だと思っていたこと」に気づいてしまったのではないかと思います。この価値観の変化はさらに大きなライフスタイルの変化につながっていくのではないかと思いました。