見出し画像

「自然」を音楽にすること


自然を表したいというよりは人間の持つ「決定」という方法について思うところがあります。

音楽を奏でようとする以上恣意的なものでなければいけないとは思うのですが、チャンスミュージックという言葉があるように、音色やパターンなどを”好み”によって「決定」していくわけですが、それがどうも感覚的過ぎて受け入れられないところがあるというか。。。
それをAIでも機械的なランダムでもなく、他の生物の感覚による決定に任せたときそれは音楽と認識されるのか芸術と認識されるのか興味があります。

面白いねぇ。

鳥のさえずりや虫の鳴き声が音楽なのか言語なのか。
行動が芸術に変換されるのであれば、そのほかの行動は音楽や芸術とは認識されないということなのか。

いろいろな側面が浮き出すために”不規則な行動”というのに固執してるのかもしれません。

数学で言うところの1+1=2の証明みたいなことかもしれませんが(笑)
空集合に何を当てはめるか。
この場合は不規則な行動
ですかね。

これに関しては、いろいろな先行研究があるのでぜひ見ていただきたいです!

坂本龍一は、木や植物にセンサーデバイスを装着して、その微弱な電気変化を音楽にする試みをしています。

現代音楽作曲家の古川聖は、フィボナッチ数列やマンデルブロー集合といった数列、自然界にある法則を音楽にすることをしています。

古川は、この動画の解説欄で「最初はとにかく闇雲に、これらの計算過程から生まれてくる数値をいろいろな方法で音にマッピングしてみた」
と言われています。簡単にいうと数字が1ならド、2ならレ......みたいに「数字と音階をマッピング」する方法から始めて、色々に試行錯誤してきたのだと思います。

へぇ、知らなかった。

昔、ご本人から話を聞いたことがあるんですが「自然界にある数字を、音高とか音量とかに恣意的に当てはめた時点で、それは自然のものではなくなる」ことに気づいたとおっしゃっていた記憶があります。自然を音楽に変換するとき、人間のモノサシが入るということですね。その上で、聴覚的に興味深いものを目指すという方向性で、音楽を作られているとお伺いしたように思います。

いいなと思ったら応援しよう!