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夜半の雨|プロローグ(4)



前回のお話


天気予報を確認すると
ここ数日の雨が迎え梅雨となり
例年より少し早く梅雨入りするようだ。

梅雨に入ったら使い始めようと
新調した傘を手に取り、ネームバンドを外すと
優しく左右に振りほぐし傘を広げてみる。

今まではコンビニで買ったビニール傘を使っていた。
いったい何本の傘を買い直したことか。

安価でいつどこでも買えるその傘は
安心感を通り越し
まるで使い捨ての様な感覚となっていた。

一人暮らしに必要ない本数のビニール傘が
玄関を圧迫し始めたのをきっかけに一斉に処分し
雨の日の相棒となる新たな一本を迎え入れた。

日本橋に店舗を構える老舗のこの洋傘は
職人がひとつひとつ細部にまでこだわり
伝統技法を受け継いだ代物で
例えば傘を開く際に上に押し上げる
『ロクロ』と呼ばれる受骨を束ねている箇所には
手を傷つけないようにロクロを生地で覆う
『ロクロ巻き』が施されている。

カシの木の中棒から
放射状に伸びる八本の親骨に
ピンと美しく張り巡らされた甲州織の生地は
一日に四ミリ程度しか織進められず
生地の端にミシン目がなくても大丈夫なほど
緻密に織られているそうだ。

さらに表と裏で異なる色になるよう
二重に織られ
表のシックなネイビーと
生地の裾と裏側が
深く落ち着きのある紅色のデザインは
ビジネスシーンでも浮くことのない
優美で上品な色合いだ。

持ち手に使用されている
きめ細かなエゴノキは
サラサラと滑らかで程よい太さが握りやすく
これから自分の手により馴染んでいくのが
楽しみである。

傘の内側のタグに「椋野むくの」と捺印があった。
この傘を作ってくれた職人か。
商品に作り手の印を残せるなんて
誇りを持てる仕事だろう。

ビニール傘とは比べものにならないほど
値段は張ったが
この拘りのある丁寧な仕上がりに
その価値を充分に感じ
飽きのこないシンプルで
クラシカルなデザインを
長く愛用しようと心に決め、購入した。

一通り眺めた後
ひとつひとつ折り目を正しながら丁寧に巻き
ネームバンドを留める。



作中の傘は、小宮商店さまの
傘をモデルにさせていただいております。
別のデザインですが、私も持っています☺️
雨の日が楽しみになります☂️


次回お話


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