見出し画像

僕はトランスジェンダー

僕は生まれつきも現在も、身体的には男ではない。

精神的には「男性寄りの中性」という表現を便宜的に用いている。

昔は、自分は性同一性障害でFtM(身体は女で精神的には男)だと思っていたし、プライベートで人にカミングアウトする時は、なるべく分かりやすく一言で伝えたくて、「中身は男です」と言っていたのだけれど、そうするとどうも、
「全然男っぽくない」
「中身が男ならもっと外見や仕草を男っぽく見えるようにしなよ」
「FtMっていうのは外見も態度も完全に男としか思えないような人だ。お前はそうじゃないだろ」
とか、中には「男ならどっしり構えてろ」等と前時代的なダンディズムを押し付けてくる人がいたので、なんだか面倒になって、中身は男だと言う事自体をやめた。

そもそも、そういう人達が僕を否定する根拠にしている「男らしさ」ってなんなのだろう。
生まれつきの男性にも弱い部分はあるし、女性の方がサバサバしていて強い時も多々あると思う。
前時代的な男性イメージを根拠にセクシャリティのカテゴライズをする事には意味がないし、だからそういう一部の人が語る「男らしさ」に振り回されるのはやめようと思った。

僕自身の精神的な感覚を言葉にすると、男7割女3割くらいかなと思う時もあれば、男10割と思う時もあるし、そもそもどっちの性別でもない「無性」や、自分の中に男も女も両方持っている「両性」だと思う時もある。
間違いなく断言できる事は、もし何のリスクも負う事なくドラゴンボールか何かで男の身体に変えてもらえるのなら、迷わずそうするという事だ。
でも、ホルモン治療や性別適合手術を受ける事は考えていない。
生まれつき心疾患があったり、身体が弱い事もあり、ホルモン治療を受けるという事はものすごく身体的にリスクを背負う事になる。
だから今のところやらないという考えでいる。
女として生きる事を良しとしたからじゃない。
様々なリスクを考慮した上で泣く泣く今のままでいるに過ぎない。
でもいつか胸だけは切除したいなぁ~…

それともうひとつ、恋愛対象の話。
トランスジェンダーをカミングアウトするとたまに、レズビアンなの?
と聞かれるのだが、トランスジェンダーとレズビアンは違うものだ。
仮に僕が女性に恋をしたとして、女性として女性を愛するレズビアンという感覚ではない。
恋愛対象については僕の場合、パンセクシャル(全性愛)というもので、男女どちらも恋愛対象になり得るバイセクシャルという言葉に対して、男女二元論で語るのではなく、すべてのセクシャリティの人が恋愛対象になり得るというものだ。
身体は男だけど心は女の人とか、中性とか、無性とか、恋愛はするけどセックスはしたくない人とか、セクシャリティというのは十人十色だ。
僕の場合は、相手の身体的性別やセクシャリティだけで恋愛対象かそうでないかを最初から決めてしまうことはしない。
「タイプとかない。好きになった人が好き」というアレだ。

なんとなく伝わりましたでしょうか。
本当の僕は文章の中にいます。
僕が書いている詩や文章を読んだときに受ける印象がそのまま僕という人間だと思って下されば幸いです。
長い文章を読んでいただき、ありがとうございます。

※ この文章は、トランスジェンダーとは何かを説明した文章ではなく、僕個人の感覚を説明した文章です。
ここに書いてある内容が他のトランスジェンダー当事者にも当てはまるというわけではありませんのでご理解下さい。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?