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「伊東潤の鎌倉プロジェクト」【人間発電所日誌】第一〇二号

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こんばんは。伊東潤です。
今夜もメールマガジンをお届けします。


〓〓今週の歴史奉行通信目次〓〓〓〓〓〓〓
1.はじめに
2. 新連載『夜叉の都』に寄せて
3. 『鎌倉殿を歩く 一一九九年の記憶』
序文「十三人体制 ――五大老五奉行制の原型」
4. 『鎌倉殿を歩く 一一九九年の記憶』
あとがき
5.おわりに
6. お知らせ奉行通信
新刊情報 / イベント情報 / Voicy・ラジオ出演情報
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1.はじめに

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 いよいよ寒くなってきましたね。朝日が昇る時間も遅くなり、朝の5:20頃に家を出てウォーキングをしている身にとっては、辛い季節になりました。
 
 仕事の方は相変わらず余裕がありません(笑)。こうした時ほど目先の締め切りに囚われてしまうので、大局を見失わないようにしています。つまりウォーキングの時などは、今後のキャリアを考え、どのような作品を書いていくべきかを考えるようにしています。
 
 作家伊東潤の後半生がどこまで続くかは分かりませんが、今まで以上に「書きたいものを書いていきたい」という気持ちが今は強く、書きたくないものを書いて時間を無駄にできないと思っています。
 
 とは言っても、私が書きたいものを書いていける環境を維持していくには、「売れる」ことが必要となります。それゆえ私が「題材選択の自由」を保持し続けるためにも、ファンの皆様は本を借りずに買って下さい。

「日本人の歩んできた道を再検証する」=「小説で通史を描いていく」という大義は、私一人では叶えられるものではありません。購買読者の皆様あってこそのものです。その実現のためにも、ぜひご協力お願いします。
 
 さて、いよいよ11月22日、『夜叉の都』が文藝春秋から刊行されます。本作は7/15発売の『琉球警察』以来の新作単行本になります。
 
 また11月30日発売の『NHK大河ドラマ歴史ハンドブック 鎌倉殿の13人:北条義時とその時代』では、大河ドラマの時代考証を担当する坂井孝一先生との特別対談が掲載されています。
 さらに12月23日には、伊東潤初のオールカラー・フォトブック『鎌倉殿を歩く 一一九九年の記憶』の刊行も決まっています。
 ご存じの通り、2022年の大河ドラマは『鎌倉殿の13人』なので、それに便乗とお考えの向きもあるかもしれませんが、『夜叉の都』はその前段を描いた『修羅の都』から続いているプロジェクトで、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の翌々月から「別冊文藝春秋」誌上で連載が始まったことからも分かる通り、大河ドラマ発表以前から予定していた仕事です。
 
 また『鎌倉殿を歩く 一一九九年の記憶』は神奈川新聞連載の『鎌倉殿を歩く』をフォトブックにして刊行するというプロジェクトで、神奈川新聞からのオファーに応えて執筆したものに加筆修正して刊行するものです。
 まさに「伊東潤の鎌倉プロジェクト」ですね。ということで今回は、『夜叉の都』の連載が「別冊文藝春秋」誌上で始まった時に掲載されたエッセイを再掲載しましょう。


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2. 新連載『夜叉の都』に寄せて

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『修羅の都』を上梓してから約二年の年月を経て、ようやく続編的位置づけの本作『夜叉の都』の連載を開始することができた。『修羅の都』の執筆前から続編を書くつもりでいたのだが、連載を七つも抱えるほど多忙な日々を送っていたので、その機会がなかなか見つけられなかったのだ。
『修羅の都』では、武家政権の樹立という歴史的大事業を成し遂げた源頼朝の足跡をたどりつつ、女としての幸せを犠牲にしてまで、夫頼朝の作った武家政権を守ろうとする北条政子の前半生を描いた。この作品は、頼朝と政子の視点が交互に登場するデュアル視点を使ったので、まさに夫婦の物語と言ってもいいだろう。
本作『夜叉の都』では、前作のテーマを継承しつつ視点を政子一人に絞り、女性として、母として、そして政権の中心「尼御台様」としての政子の苦悩と決断を描くことに主眼を置いている。
 本作を書くにあたっても、できる限りの史料や参考文献をあたった。そこで感じたのは「歴史小説の存在意義」だ。

 一大歴史ブームが巻き起こっている昨今だが、前世紀には考えられなかったほど多くの歴史研究本が上梓され、そのどれもが瞠目するほどレベルの高いものになっている。
 これらの研究本は、史料を読みやすくしただけではない。研究家の方々が多くの史料の裏付けを取りながら構築した推論もある。これらは実に的確かつ秀逸なものばかりなのだが、人の感情に深く踏み入っていないのは否めない事実だろう。
 確かに歴史研究に人の感情を忖度する必要はない。何にも増して客観性が要求される分野だからだ。しかし人の感情を抜きにして推論を組み立てるのは、逆に難しい。大義、筋目、地縁、血縁、損得、理屈といった分かりやすい理由だけで、人は動かないからだ。
 そこに感情面を深く掘り下げた歴史小説の存在意義がある。むろん特定人物の心の奥底を記した一次史料は少なく、それが本音でないことも多々ある(公家の日記などは後世の人に読んでもらう前提で書かれている)。それゆえ史料や研究成果をつなぎ合わせながら蓋然性の高い感情を描いていくことが、歴史小説には必要なのだ。
極論すれば、史実を踏まえた上で、いかに上手く感情を描けているかで歴史小説は説得力を持ち、その価値が決まる。歴史に詳しい読者にとって、歴史に詳しくない小説家の書いた小説など「肚に落ちない」のだ。
 本作は、北条政子の心の奥に踏み入ろうという試みだ。それは「心の闇」と言ってもよいかもしれない。それをできる限り実際に近いものとして描き出すことで、この時代の空気やメンタリティまでも描いていきたいと思っている。
 最後に、ざっと本作の流れについて記しておきたい。なお各章のタイトルは仮なので、後で変更する可能性がある。

第一章 「王位を継ぐ者」は頼朝の死の直後、建久十年(1199)六月から始まる。そして二代将軍頼家の誕生から梶原景時や比企能員の滅亡を経て、建仁三年(1203)十月、三代将軍の座に実朝が就くまでを描く。

第二章 「母として」では、頼家を救おうとして救えない政子の苦悩を経て、元久元年(1204)七月の頼家の死、さらに元久二年(1205)六月の畠山重忠の討ち死に、同年閏七月の牧氏事件による北条時政の失脚までを描く。

第三章 「月満ちる日々」では、弟義時と政子の二人三脚の政権に実朝が反発し、後鳥羽上皇との連携によって自らの権力を確立しようとする様を描きつつ、建暦三年(1213)五月の和田合戦で、古きよき時代を代表する御家人の和田義盛が滅亡するまでを描く。

第四章 「罪多き女」では、実朝と後鳥羽上皇の蜜月の日々から、実朝と義時・政子との対立、そして建保七年(1219)一月の実朝の横死までを描く。

第五章 「主なき都」では、政子の尼将軍時代から承久三年(1221)の承久の乱、そして嘉禄元年(1225)の政子の死までを描く。
こうして見ると、鎌倉時代というのは実に殺伐としている。敵や競争相手を斃さなければ、自分と一族が滅ぼされる過酷な時代と言ってもいいだろう。そんな時代を生き抜き、最後には朝敵にされても負けなかった政子は、何を思い、何を望んでいたのだろう。この連載を通して、その心のひだに分け入り、少しでもその内面をのぞき込んでみたいと思っている。

以上がエッセイ全編になります。ちなみに、これを書いたのは執筆直前なので、11/22に刊行される単行本版の章立てとは違っています。また「いつからいつまで」という章の内容も若干変わってきていますが、当初の構想を知っていただくために、そのまま掲載しました。
ちなみに単行本の章立ては以下になります。

第一章 王位を継ぐ者
第二章 雅なる将軍
第三章 月満ちる日々
第四章 罪多き女
第五章 尼将軍

さて『夜叉の都』に続く「伊東潤の鎌倉プロジェクト」として12月23日には、豪華フォトブック仕様の『鎌倉殿を歩く 一一九九年の記憶』が控えています。こちらはノンフィクションの歴史エッセイになります。今回はメルマガ読者の皆様だけに、「序文」と「あとがき」の短縮版をお届けします。

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