頼朝と政子は何を見ていたのか 【歴史奉行通信】第十二号
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伊東潤メールマガジン「第十二回 歴史奉行通信」をお届けいたします。
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1.『修羅の都』発売によせて
2.伊東潤Q&Aコーナー
3.お知らせ奉行通信
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1. 『修羅の都』発売によせて
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さて、いよいよ明日22日、新作が発売されます。
『修羅の都』というタイトルの長編小説です。
公明新聞に2016年5月から一年間にわたって連載していたものに大幅に手を加え、なんと結末まで改変しました。
今回の作品の舞台となるのは鎌倉時代初期。
頼朝と政子が手を携えて鎌倉幕府の基盤を作っていた時代です。
平家が滅亡した後ということもあり、この時代についての印象は薄いかもしれませんが、
実際は義経や奥州藤原氏との戦いもあり、
また頼朝と後白河院との政治的駆け引きも熾烈を極めた激動の時代でした。
今回は、とくにこの時代の最大の謎と言われている
『吾妻鏡』の空白の四年間にメスを入れ、独自の解釈を施しています。
それだけでなく政子の内心にもスポットを当て、濃密な人間ドラマに仕上げています。
詳しい内容については、下記のHP用に書き下ろした作品紹介をお読み下さい。
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『修羅の都』発売によせて
武家政権の樹立という歴史的大事業を成し遂げた源頼朝の足跡をたどりつつ、女としての幸せを犠牲にしてまで、
夫頼朝の作った武家政権を守ろうとする北条政子の生涯を描いた作品が、『修羅の都』です。
鎌倉という閉塞空間に渦巻く憎悪と怨念は、いかにして生まれたのか。
血縁者や御家人たちの死骸の果てに、頼朝と政子は何を見ていたのか。
栄光に彩られた武家の都の裏面に渦巻く濃密な人間ドラマをお楽しみ下さい。
日本は武士による統治が長く続いた国であり、その力による支配は、
われわれ日本人の遺伝子に深く組み込まれています。
そうした武士のメンタリティが悪い面で出てしまったのが明治維新後に行われた対外戦争、とくに第二次世界大戦であり、
よい面として出ているのが、「反個人主義」や「他のために生きる」という考え方です。
私は武士の世の終わりを描いた『武士の碑』(http://itojun.corkagency.com/works/bushinoishibumi/)
を書いている時、西郷隆盛ほど、この二面性が色濃く出た人物はいないと思いました。
西郷は軍人であり、勝つためには手段を選ばない反面、
たとえ敵であっても降伏すれば、親子兄弟のように接しました。
とくに西郷は郷党意識が強く、郷里の人々のためには己の命さえ捨てるのを厭いませんでした。
こうした西郷のメンタリティは、
武士ないしは武士道というものが強くデフォルメされているのかもしれません。
しかし日本人が西郷を好む理由も、そうした二面性にあるのではないでしょうか。
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