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インタビュー『潮待ちの宿』執筆にあたって 【歴史奉行通信】第五十二号

こんばんは。
いよいよ本格的な秋ですね。
山も紅葉に彩られる季節なので、
どこかに出かけたくなります。


私が連日にわたって通っているデニーズでも、
今年の秋は紫芋、栗、かぼちゃ
三種のパフェやパンケーキが楽しめます。
年を取ると、こうした甘さを抑えた
「秋の味覚」がありがたいものです。


それでは今夜も
「歴史奉行通信」第五十二号を
お届けいたします。

〓〓今週の歴史奉行通信目次〓〓〓〓〓〓〓


1. インタビュー特集 
『潮待ちの宿』執筆にあたって<前編>

2. インタビュー特集 
『潮待ちの宿』執筆にあたって<後編>

3. おわりに / 伊東潤Q&Aコーナー /
  感想のお願い

4. お知らせ奉行通信
  新刊情報 / 読書会 / その他


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1. インタビュー特集 
『潮待ちの宿』執筆にあたって<前編>

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さて今回は、10/23に発売される
伊東潤初の世話物『潮待ちの宿』の
発売を記念し、
インタビュー形式で本作について
語っていきたいと思います。


<構成と主人公の年齢>
第一話『触書の男』 (志鶴13歳)
第二話『追跡者』 (14歳)
第三話『石切りの島』(16歳)
第四話『迎え船』(18歳)
第五話『切り放ち』(24歳)
第六話『紅色の折り鶴』(35歳)


<書影はこちらからどうぞ>
http://fcew36.asp.cuenote.jp/c/bCzGaafoxvn97jbE


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インタビュー担当B(以下B):
「伊東さんにとって
初めての世話物ということですが、
どのようなお話なんですか」

伊東(以下 伊):
「江戸末期から明治初期にかけての
岡山県の笠岡港を舞台にした
連作短編集です。
港町の旅宿に預けられた一人の少女が
様々な事件に遭遇し、
一人前の女性に成長していくまでを
描いています。
旅宿ですから当然、
様々な人々が現れては去っていきます。
そうした人々との触れ合いを通して、
少女から大人の女性へと
成長していく過程の微妙な感情を描きました。
もちろんストーリー的にも、
読み始めたら止まらない面白さだと思います」

B:
「伊東さんの作風だと、
ミステリーへの挑戦なら分かるんですが、
まさか世話物を書かれるとは思いませんでした。
その背景には何があったんですか」

伊:
「文藝春秋の前任の担当編集さんから、
しきりに世話物を書くことを
勧められていたのですが、
自分には向いていないと思い込んでいました。
そんな時、たまたま大学時代の友人から
『観光客誘致のために、故郷(笠岡市)を舞台にした小説を書いてくれないか』
という要望がありました。
二つのことが同時にあったので、
「これは書くべき流れにあるな」
と思ったわけです。
その友人は瀬戸内海全般のプロモーションをしていたので、まず塩飽諸島を舞台とし、
そこで生きる船造りたちを描いた
『男たちの船出』(光文社)を書きました。
ある意味、こちらも世話物に近い作品です。
そして第二弾として取り組んだのが本作になります」


B:
「取材で笠岡市に行かれたと思いますが、
どのような印象をお持ちですか」

伊:
「笠岡にはその親友の自宅があったので、
22歳の時(1982年)に卒業旅行で一度行きました。
その時の旅行は二週間余にわたり、
神戸、岡山(笠岡)、広島、福岡、熊本
などを回りました。
大学の軟式野球部の友人、ゼミの友人、
すでに就職した先輩宅などに押し掛けました。
ですから記憶が重なり合って、
当時の笠岡のことはあまり覚えていないですね。

笠岡には、本作の取材で
2016年と2018年にも訪れました。
約35年ぶりですね。
笠岡が風情のある港町だという印象は、
22歳の時とあまり変わっていませんでした。

また2016年には真鍋島をはじめとした島々へ、
2018年には北木島に連れていってもらいました。
双方共に瀬戸内海の美しさを満喫できる
素晴らしい島でした。真鍋島には
『瀬戸内少年野球団』の撮影に使った校舎が
残っていました。北木島にある石切り場の絶壁は凄かったです」

B:
「本作は伊東さんのトータルなキャリアの中で、
どのように位置づけられていますか」

伊:
「私の作家としてのビジョンの範疇には
入っていないものですが、
質実剛健な作品群の中に
可憐な一輪の花があることで、
キャリア全体が随分と違った色合いに
見えてくると思います。
誰にも心の中に小さな宝石箱があります。
それを本作で垣間見せたということです」

B:
「伊東さんといえば男らしい
歴史小説が主戦場でしたが、ここ数年、
様々なジャンルへ挑戦されていますね」

伊:
「デビュー以来、歴史小説を書き続けてきたので、私には歴史小説家というイメージが
強いと思います。しかし私は、子供の頃から
様々なジャンルの小説に親しんできたので、
歴史小説という枠に収まりたくないと
思ってきました。
これまで近現代ミステリー
(『横浜1963』『ライトマイファイア』)や
法廷劇(『真実の航跡』)を書いてきましたが、
今回は世話物に挑戦しました。
連載中の作品にはホラーテイストのものまで
あります(『凍てつく山嶺』改題『囚われの山』)。
いつかは近未来SFにも挑戦したいですね」

B:
「本作は一人の女性の半生を通して、
時代や地域の変化を描いていくという
テーマに貫かれていると思いますが、
そのほかに、どのようなテーマを考えていたのですか」

伊:
「本作のテーマは以下になります。

・懸命に生きる一人の女性を通して、
 幕末から明治にかけての激動の時代を描く。

・一人の女性の成長を通して、
 変わらぬものと変わりゆくものを描く。

・親子兄弟の絆、友への信頼、男女の愛、
 町衆の連帯意識など、
 人間の大切な部分を描く。

・基調低音として、様々な形で
 「待つ」ことの大切さを描く。

こうしたことを念頭に置きながら書いたので、
トータルなテーマに貫かれた作品になりました」

B:
「主人公の名前は志鶴という
比較的珍しい名前だと思いますが、
この名前に込めた思いをお聞きしたいです」

伊:
「ネットで江戸時代の女性の
名前一覧などを見ていたんですが、
どうしても主人公の女性に
しっくり来る名前が見つからなかったんです。
すると、たまたま「しづる」という
名前に突き当たり、漢字を当てはめていったんです。
「志鶴」という組み合わせに行き当たった時、
凛とした少女の姿がすっと立ち上がってきました」

B:
「時代背景は得意の幕末から明治維新ですが、
この時代を選んだ理由は何ですか」

伊:
「これまで有名な人物の視点で
幕末や明治維新を書いてきましたが、
庶民視点でこの時代を描いたことは
ありませんでした。すなわち、
遠景としての「激動の時代」を書きたい
というのも執筆動機の一つでした。
時代の大きな荒波に翻弄されながらも、
決して覆らない笹船のような主人公の生き方に
共感していただければ幸いです」


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2. インタビュー特集 
『潮待ちの宿』執筆にあたって<後編>

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