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不思議なウェディングパーティーの話

会社勤めを30年もしていると、好むと好まざるとに関わらず、いろんな結婚式を経験してきた。もちろん、感動的な場面にもたくさん立ち会ってきたけど、そうでない場合もある。今回はそういう話。

東京本社の菊田くんから「ウェディングパーティー」の招待メッセージが社内SNSで飛んできた。

わたしのウェディングパーティーを下記にて開催します。
ぜひとも参加いただきたく、ご招待いたします。
日時:8月10日(土)14時00分スタート
場所:宮城県石巻市 Aホテル

よく覚えていないけど、たしかこんな感じの簡易的な招待メッセージだった。社内SNSで招待を受けたことは初めてだし(非常識だと思うし)、これは何かの冗談かとも考えたが、菊田くんなりの考えがあって、こんなラフな誘い方をしてきたんだろうと思い、ボクは(どうせ暇だし)すぐに出席するメッセージを返信した。

菊田くんは、ボクとちょうどひと回り年の離れた後輩。入社後の研修をボクが担当したこともあって、その頃からよく知っている。20代の頃は、長髪で口ひげを生やし、たぶんジョニー・デップに憧れていたんだと思うけど、ただただチャラい男だった。仕事も雑で適当で、正直あまりパッとしなかった。ただ、30代になって九州へ赴任した頃から、メキメキと成果を上げるようになった。髪も短くしたし、口ひげも剃った。アメリカの海兵隊さんみたいな強面の印象に変わった。40歳を迎える前に、東京本社マーケティング部の責任者になって、眉間にしわもつくって、最年少で次長職に就いた。同じ次長でも埼玉支社で細々と仕事をしているボクとは、社内での期待値が全然ちがう注目株になった。しかも菊田くんは、今でも部長から丸投げされた案件や厄介な顧客対応とか、ホントに困った時はボクに相談してくる可愛らしさも持ち合わせていた。そんな人物。だからきっと、社内SNSでウェディングパーティーを招待してきたことも何か狙いがあるんじゃないのかとボクは思ったわけだ。

次の日、同じ埼玉支社の伊藤くんもウェディングパーティーに招待されていることを知った。そして伊藤くんから埼玉支社ではボクを含めて6名が招待されてたことを教えてもらった。ボク以外の5名で昨日中ずーっと、菊田次長からの招待状について、どう処理すべきか相談していたという。確かにボクにとっては後輩だけど、彼らにとっては先輩であり、週1ペースで顔を見せにくる本社の偉い人である。

ボク以外の5名がまとめた意見としては、菊田次長にはお世話になっているし、嫌いじゃないし、旅行がてら石巻にも行ってみたいし、会社の夏季休暇初日だし、上長のボクが居ればなにかと支払い負担も減りそうだから「一緒に行きませんか?」の誘いを伊藤くんに託したということだった。ボクたちは8月10(土)朝に大宮駅に集合して新幹線で仙台へ、そこから仙石線に乗り換えて石巻を目指すことにした。

石巻への道中、もっぱらの話題はふたつ、
①菊田次長は数年前に結婚していて、おそらく2歳になる息子もいるはずだ
②菊田次長は北海道生まれで大学は東京。石巻には縁もゆかりもないはずだ

①については「そういうケースもあるよね」でボクたち6人の意見をまとめることはできたのだが、②については最後まで納得解に至らないままだった。奥様も北海道出身のはずだった。

石巻にあるAホテルに到着すると、屋外のパーティー会場へ案内された。早速、菊田くんがタキシード姿でボクたちを笑顔で迎えてくれた。すると、菊田くんの隣には仙台支店のマッチョで髭面の武山係長が同じく笑顔で立っていた。

マッチョで髭面の武山係長が「今日はボクたちのためにありがとうございます。精一杯おもてなししますので、楽しんでくださいね!」と挨拶してきた。

(マッチョで髭面の武山係長と菊田くんのウェディングパーティー)
ボクはどう反応していいのかわからないまま、とりあえずニコニコしながら「本日はおめでとうございます」と白々しい挨拶をした。埼玉支社の5名もボクと同じような表情をしながら「おめでとうございます。」と同じく白々しい挨拶をした。

この時代、いろんな愛のカタチがある。
そういえば、最近、菊田次長の仙台出張が多いなと思っていた。
でも、奥様と息子ちゃんはどうなるの?
埼玉支社全員が同じような疑問を持っていたのは間違いないが、誰ひとり、それを口にすることはなく、ただただ困惑していた。

武山係長は本当に幸せそうで「今日はボクたちのキスも見れるかもですよ」とはしゃいでいた。菊田くんは「おい、武山、それはないぞ」と言いながらも、うれしそうにパートナーを見つめていた。

そこから先のことは何も覚えていない。




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