あたしたちに明日はねぇ最終回(YMO tighten up

作者・たまじろう(徳永淳一)ブリジット出版




「タカノリ、宇宙人の札って勿論、冗談だろ?」

 「うん。店長がお札が好きで、ああいうオリジナルなもの趣味でつくってるんだよ。おたくなんだ」

 「あぶねえ趣味だな」

 ユキエは眉をひそめた。

 「それよりさあ、この踊りやめさせてよ」

 タカノリは神経質な顔で言った。

 するとユキエは頷いて、

 「こら、テツっ、スキップやめろよ」

 ユキエは怒鳴った。

 テツは宇宙人の札束を握り締めたままスキップし続けていた。

 「これがやめずに、いられないっすよー」

 テツはへらへら笑った。

 「宇宙人なんていなってば」

 「あれっ、ユキエさん知らないんっすか?宇宙人は密かに地球にきてるんすよ。大晦日のテレビでやってんじゃねえっすか」

 テツは軽蔑したまなざしでユキエをみていた。

 ほんとうのバカに軽蔑されると、人は条件反射で苦笑してしまう。

 「あのな、あんなのまにうけるな。そんなことやってたら、おめえは暗黒世界の笑いものだぞ」

 もともと、テツの場合、子供の頃から近所の笑い者だった。

 テツは薄笑いしながら、

 「いや、それはわかんねえっす。この世には科学で説き明かせない秘密がうじゃ?ゃあるんですよ。お、オレ、宇宙で一発儲けてやるんっす」

 「組長に精神病院いれられっぞ」

 テツはユキエにビシッと指をさして、断言した。

 「ユキエさん、あなたたちはわかっちゃいないんだ。いつの日か宇宙人は地球にやってきて、地球を侵略する。そのとき、警視庁はどうするんですか?オレに言わせればなすすべもなく見ているだけっすね。悲しいとは思いませんか?けっ、ユキエさんの人生は負け組決定っすね」

 テツはユキエを笑い飛ばした。

 「あたしは負け組じゃねえ!」

 いきなりユキエは拳銃を発砲した。

 破裂音と同時に、事務所の窓ガラスが外に飛び散った。

テツの、ヒィーっという叫び声とともに、更に数発の実弾が発射された。

 どおんという音を立てて事務机が前のめりに崩れ落ち、書類が宙を舞った。壁に、直径二十センチくらいのどす黒い穴があいた。そして、ノルウェー製のソファーがブスリと音をたててスポンジを吐き出した。

 「ば、馬鹿なっ。やめてください」

 「裁判所で発砲許可ちゃんととってあるんだ。今日は撃ち放題の日なんだよっ」

 ユキエはリムレスの実弾をシリンダーに装填しはじめた。

 「たすけて!」

 テツは悲鳴をあげた。

 「あたしは負け組じゃねえ」

 「はい、わかったっす」

 テツはスキップをしながら敬礼した。

 「それに組の仕事してんだ。おめえがそんなところで踊ってたら、うざってえんだよ」

 テツは、止まろうとした、だが、

 「だ、駄目っす。とまらねえ」

 テツは悲鳴をあげた。

 「スキップがとまらねえっすよ!たすけて、ママッ」

 テツは恐怖のあまり尿をたれながしながら、スキップを続けた。

       *

 テツは先月の事件の後遺症から解離性舞踏病を発症していた。いはゆるヒステリー性人格障害の一種だ。

 そもそもテツのヒステリー症状は、慣れない暴力団の仕事からくるストレスが引き金となっているのだ。

       *

 「てめえ、タナカ先生にもらった薬、ちゃんと飲んだんか!」

 ユキエは言った。

 「忘れてたっす」

 「忘れるなよ。ちゃんと飲まねえとバカが治らないだろうが。(ユキエ、薬袋の活字を追いながら)ええーっと、毎回、食後に二錠か……ところでメシ食ったんかよ、テツ」

 「食ってない」

 「バカ野郎っ。飯食ってなかったら、薬のめねえだろうが」

 ユキエはエリートだが、単細胞だった。

 「閉鎖病棟入りたくねえようっ!」

 テツは、プランタ、ゴルペと絶妙に足のリズムを巧みに使い分けて踊っていた。

 「仕方がねえ、テツよ」

 ユキエはフラメンコを踊るテツに、

 「おめえ、札、食えや」

 ユキエは言った。

 「これっすか」

 テツは踵で床を打ち鳴らしながら、頭上で両腕をクロスさせて叫んだ。

 ミ・アモーレっ!

テツは高らかに声をあげた。

 「そうだっ。メシを食わなきゃ薬がのめねえ」

 ユキエは真剣に言った。

 「ア・モーレッ!わかったっす」

 テツは闘牛士の踊りをしながら、むしゃむしゃ札を食った。

 「うめえっす、この札。サイコー!」

 テツは宇宙人の札だけでなく、ドル札やユーロ、人民元も食った。

 「ドル札ってインクの匂いがしみてて、うめえや」

 そこまで言うと、テツはオーレッの掛け声とともにその場に崩れ落ちた。

 ユキエは泡をふいてぶったおれているテツに病院でもらった薬を飲ませた。

 「あ、あのさ、おねえちゃん」

 「なんだ?」

 「べつにお薬、そのまま飲んでもよかったんじゃないのかな?」

 するとユキエはタカノリのおでこを弾いた。

 「バカ野郎、てめえ小学生のくせに知ったような口きくじゃねえ。(ユキエは袋の注意書きをみせて)ここに食後に飲むことって書いてあんだろーがよ」

 タカノリは唖然となっていた。

       *

 翌日、アフロ組になかよし金融から債務通告が届いた。

テツが食った札の請求書であった。



 ・人民元八十枚

 ・ユーロ札七十八枚

 ・ドル札二十枚



 手形の額面と相殺して、合計額が日本円で百十万三千円分。

 キタオさんは電卓を叩きながら、言った。

 「あのなてっちゃん、あんた組にちゃんとかえさんとあかんで。一応、給料の前借りとして帳簿につけとくからな」

 「オーレッ!」

 テツは事務所の中でゴルペでリズムを刻みながら叫んだ。

 「ちっ、また薬がきれてるよ。夕方、医者に連れてかなきゃな」

 ユキエははいりに水をくみにいかせた。テツに薬を与えるためだ。

 「バカは死ななきゃ治らないって、ほんとうだな」

 ユキエは真剣に言った。

 「あははは、ほんとうですね」

 はいりも笑った。

 はいりが笑うと、なぜか異様だった。

                      (了)

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淳一
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