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花ざかりの校庭 第23回『フィアット』

【梗概】小寺麻里は田畑高志をめぐって、浅子と三角関係になっていた。一方、福山司郎は京都で彼のスポンサーを引き受けてくれた黒川紀代と会うことになっていた。彼女は田畑の『ペトルーシュカ』演奏の写真を気に入ってくれたのだ。

福山は智恵なら自分の話を聞いてくれるだろうか……。
彼は終始、そのことを憂えていた。
叔母の久美でさえそのことは語りたがらなかった。
彼の実母の死について。
「……もともと体がよくなかったから」
久美は精一杯の気休めを言った。
蚊取り線香の煙が漂っている。
「ごめん、厭なこと思い出させて……」
と、福山司郎は言った。
父の浮気だけが原因はではなかった。
久美はショッピングバッグから夕食の食材を出して、冷蔵庫にしまっていた。
「……ううん、いいの。それより貴方のお父さんとは……?」
司郎は深いため息をついた。
「……全く会話もなくなって」
「……じゃ、別の……」
そこまで言って、久美は口を止めた。
司郎はうなだれていた。
「……うん、別の女の人と……あの人と一緒に暮らしてるんだ」
ふいに彼は膝をガクガクさせた。
やがて肩を震わせながら、嗚咽する。
久美は彼の背中をさすった。
「……ごめんね、また、辛くなった?」
しばらく福山司郎は冷蔵庫の前でうずくまっていた。
久美は奥の部屋から毛布を持ってきた。
「……ソファーで横になってたらいいわ。そんなのすぐなおるから……」
ふいに携帯が鳴っていた。
久美は「……どうする?」と、福山司郎にたずねた。
「……後でするよ」
と、福山。
見ると、麻里からだった。
久美は着信の表示を見て、「麻里ちゃんっていうの?」と彼に聞く。
福山は頷いた。
「高校の同級生……」
福山の顔が和らいでいた。
しばらくすると、秀雄が帰ってきた。
「……久しぶり、秀雄……」
福山は何もなかったかのように振る舞っている。
久美はそれが辛かった。
夕食の準備をしながら、さりげなくさっきの『麻里』について彼に聞いてみた。
「麻里ちゃんって……彼女なの?」
彼は首をふる。
「いや、違うんだ、……妹とつきあってる……」
久美は少しずつ可笑しくなった。
……えっ?妹さんと?
「うん、本人にはふられちゃって」
久美は「ちょっと!」お大笑いしながら、司郎の肩を叩いた。
「……あなた、見かけによらず積極的というか……その子の妹さんに声かけたの?」
「……いや、あっちから声かけて来たんだ」
「……モテるのね?」
「あるタイプにはそうみたい」
「……ああ、そうね。わかるわ」
可笑しそうに久美。
好みは人によって違うから……。
「へぇ、その子とデートしたの?」
デートして、とっちめられたとか?
「うん……」
すると、赤くなっていた。
久美はなにげに智恵という子と彼がどのくらいの関係か察してしまった。
秀雄がそしらぬ顔をして、全身全霊で耳を傾けているのがわかる。
ふいに、久美が苦笑した。
「……麻里ちゃんからの電話は?」
「……部活のことだと思う」
探検部だよ。
そうね。
「……妹って、同じ名古屋の子?」
「うん」
「でも、こっちの学校に進学するんなら、遠距離恋愛じゃない?」
久美は言った。
「……そうなんだよね……」
こっちに来たら、たくさん友達できるわよ。
久美は言った。
「……そうかな?」
「……黒川さんの周りなんか、いろんな人いるし、学校でもそうでしょう?」
確かに、大学……というのは、巨大なコミュニティだ。
そこに所属しているというだけで、いろんな人間関係ができる。
「……そういえば、昔は遠距離恋愛は必死だったもんね……」

やがて夕食が終わると、福山は携帯を開いた。
麻里に電話した。
……どうした?
福山は久美に断って、2階の部屋にゆく。
……エンテツ、どこよ今?
「……あのな、俺、京都っていってたろ!黒川紀代さんに会いに来てるの……小寺、来なかったろ!」
……あっ、そうだった……。
麻里は完全に忘れている。
しばらくして、彼女が……浅子さんって知ってる?と言い出した。
福山は首をかしげていた。
「……あさこさん?だれよ、それ?」
電話の向こうで麻里は口ごもっていた。
つまり、高志との関係で彼に話を聞いているのだ。
……田畑と親しくしている女の人で……。
ふいに、福山は記憶を辿った。
印象的な女性の顔を思い出した。
「……フィアットに乗ってるあの人か?」
福山は思い出した。
……そう!

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淳一
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