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花ざかりの校庭 5『決壊する心』

あらすじ…阪神淡路大震災で母を失った麻里。彼女はその後、父と名古屋で暮らしていた。しかし、新しい生活で自分の居場所にしっくりしない彼女。



来月、テーマパークに行くらしい。

「二人で?意味深だね」

麻里は暗に何かしら察していた。

「いいじゃん、お姉ちゃん」

智恵は甘ったれるように言った。

「なるほどね」

まいったな……。

麻里の頭のなかには、エンテツのエピソードがありすぎて可笑しくなった。

探検部では、麻里は副部長たった。

もともと麻里が探検部に入ったのは、彼の「遠州鉄道」の写真がきっかけだった。

彼女がアレックスサンジェを使って名古屋から別府まで旅をしようと計画していた時、JRの時刻表を頻繁にチェックしていた。

このことは当時、クラスでは話題としてのぼっていた。

エンテツはその時期に麻里の靴箱に自分の撮った写真が掲載された「旅と駅」という雑誌を突っ込んでいたのだ。

麻里としては、怒っていいものやら、笑っていいものやら分からなかった。

エンテツはそのあとすぐに「俺がやった」と、麻里に名乗り出た。

悪びれているところがなかった。

さっぱりした男なのだ。

可愛いともいえる。

「恥ずかしかったわけでしょ?」

「え?」

「だから、告白」

麻里は入部してだいぶなれた頃、部長のエンテツをからかっていた。

好きな女の子には、嫌がらせするからね。

麻里は口笛で

構ってやるうちに、エンテツは何か毛色の違った少年であることがわかってきた。         

ふいに智恵にエンテツは田畑高志とは仲がいいのか尋ねた。

智恵はこっくりと頷いた。

麻里は智恵の素直さが羨ましくなった。



       ★



マンションまで通じる坂を二人は歩いていく。

途中、街路樹があって、ものすごい数の鳥の鳴き声が聞こえる。

「今日も相変わらずすごいね」

智恵は言った。

麻里はこの鳴き声を聞くたびに心が騒ぐ。

こんな街にも生命力のすごさがあるのだ。

麻里は自転車を駐輪場にとめた。

二人がマンションに帰ると、静美が黙って迎えた。

雰囲気がおかしかった。

彼女は麻里の机にしまってあった新幹線のチケットを手にしていた。

「何?これは」

居間のテーブルにチケットを置いて麻里に釈明を求めた。

「勝手に机開けたんだ?」

「これ、何かしら」

さっきまでとは打って変わった雰囲気に麻里は呑み込まれていた。

やがて、麻里はしゃがれこえで言った、

「新大阪までのチケットじゃない、わからないの?」

麻里は冷たい目で静美を見ていた。

「わからないのって、どういう魂胆なの?」

まるで豪雨のなかダムが決壊するように、麻里の伯父にたいする嫌悪は黒い点となって、その頂点を粉砕していく。

「やめて、お姉ちゃん!」

智恵が麻里にすがった。

「いったい何が気にくわないの?」

チケットに印字された「新大阪」の文字を静美は凝視していた。

「お母さん、お姉ちゃん、止めて」

静美は涙ぐむ智恵に言った、

「奥に行ってて、貴女は関係ない」

智恵は首を振った、「いや、関係ある」

「私が言いたいのは麻里のことなのよ!」

ねえ、お母さん……!

麻里はゾットするほど冷めた目で静美を見ていた。

「こっちはあの男ことを言いたいわよ」

「あの男?」

「伯父さんのこと、わかる?」

麻里は完全に目付きが違っていた。

「あの男って、どういう言い方?」

静美はため息とも震えともつかない声音を上げた。

「ストーカーよ」

智恵が泣きそうになっていた。

「やめて」

静美はガタガタと震えていた。

「あいつ定年後の夢とかなんとかいって、石垣島で農園やって失敗して、なんで真面目にやってる私たちがあの男の嫌がらせに逢わなくちゃなんないの?」

「貴女には関係ない!」

「そうよ、関係ないわ。でもさ、なんでお母さんが対処しないわけ?」

暗に血が繋がってないことを麻里は示唆していた。

「お兄さんが好きなの?あんなお兄さんが!」

ふいに、麻里の頬に焼けるような感覚が走った。

「この死に損ない!」

静美は麻里を罵っていた。

なるほど、麻里は死に損ないであった。

震災というのはゾッとするものだ。

あれから10年が経とうとしている。

後遺症で行方不明になったものがたくさんいる。

美辞麗句の裏側には差別の二文字が縫い込んである。

ステレオタイプの愛情では、その二文字を消し去ることはかなわない。

麻里は知り抜いていた。

素朴な善意が憐れみに思えたり、いっそ大地を憎んでみたり。

怒りをどこにぶつけようにも、場所がないのだ。

彼女が岡倉やエンテツと一緒にいて「悪くない」と思うのは、彼らが差別の二文字にあまり関心がないところだろう。

いや、むしろ自分が差別されることを逆手にとって何かしでかしそうなふてぶてしさがあった。

麻里は黙ったまま部屋に引きこもった。

なにも考えたくなかった。

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