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花ざかりの校庭 第20回『さまよえる鳥』

【梗概】
浅子と高志の関係に麻里が歩み寄るには、あまりに不利だった。高志のすべてを手に入れた浅子。そして、浅子を前にして、麻里は自分は恋に恋していたに過ぎないのか?


        ★

麻里はおぼろげながら来年の目標をたて始めた。
福山の『探検部』の構想はそのまま関西に移転する。
麻里は京都ゆきに同行することはなかったものの、福山に何かしら魅力を感じていた。
恋をするくらいいいでしょ?
麻里はアレックスサンジェに乗り、地図を開く。
すでに明きの気配が漂うなか、彼女は岐阜から関ヶ原にむかう道をチェックし始める。
彼女はアルピニストでもなく、いうなればワンダーフォーゲルをしている。
ドイツ語で『さまよえる鳥』。
携帯の電源をオフに。
微かに雲がかかってきた。
途中、レストランのフォルクスでナップサックの中身を点検していた。
昨夜、しおんから野草の生態を調べて欲しい……と電話があり、資料を受け取った。
……フキ、ハルジョン、イタドリ……。
添付された資料はすべて、彼女の実家の祖父が何かの研究をしているものだ。
しおんが実家を継ぐと簡単に言っていたが、彼女は野草に関する知識は常識をはるかに越えていた。
デジタルカメラのバッテリーをチェックして、店を出た。
彼女は空をあおいた。
「……麻里ちゃん?」
ふいに、駐車場でしゃがれた声がした。
見ると、バーキンの彼女だ。
「……浅子さん?」
相手は頷いた。
「……しばらく私、消えてたの知ってた?」
麻里は首を傾げた。
「いえ…」
そういえば、マンションの駐車場にファアットがなかった。
「……実家に行ってたの」
麻里は浅子のようすが今までとは違っていることに気づいていた。
「そういえば、クルマが駐車場に……」
浅子は少し寂しげに頷いた。
「なかったでしょ?」
彼女はスーツにギャザードスカートというややフォーマルないでたちである。
麻里は浅子の胸元のネックレスを見た。
浅子は眩しかった。
あらゆるものが洗練されて見えるのだ。
麻里は浅子が……高志に伴われて病院に行ったことを知らなかった。
麻里は生まれつきなのか、他人に好感をあまり持ちたがらない。
彼女の意固地な性格はそういうちょっとしたことに出ていた。
妹の智恵は、何気なくそういった彼女の癖を諭すが、その度に麻里は智恵と喧嘩になる。
彼女の癖が、時々、他人の過大評価に繋がることもしばしばだった。
福山は彼女のそのセンスを内心、買ってるのかもしれない。
彼はいつも麻里を見ていた。
見られていて、気持ち悪いときもあるが、でも、彼が彼女の心の奥にあるキラキラしたものを見てとったとあらば、福山に恋をするかも知れない。
恋はするものではなく……いつの間にか忍び寄るもの。
来年の梅の花がほころぶころ、私を取り巻く世界はどう変わっているのだろう?
人は悲しいくらい、未来を夢見て幻滅する。
無限に思える未来に対して、憐れにも神は1対1の現実しか与えない。
彼女が浅子に憧れているのは、自分の未来を見ているような気分がするからなのかもしれない。
浅子……。
その少し、クセのある唇、ふてぶてしさ。
麻里はファッション誌、ヴォーグに出てくるモデルを思い出す。
モデルたちはみな一様に美しく、同時に猥褻ですらあった。
麻里は本能的に浅子の本質を捉えていた。
「……あのクルマ……」
「えっ?」
浅子は麻里を前にして毒気が抜かれた。
麻里は赤くなってるのだ。
「……高志のこと好きなんでしょ?」
浅子はまっすぐ麻里を見ていた。
ふいに、麻里は……ある真実を悟った。
「……え?」
麻里は泣きそうになった。
浅子は困ったような顔になった。
「やだな……まだ、ねんねの子を相手にして、私ったら嫉妬しちゃてるの……」
彼女はスーツからジッポーを取り出した。
微かにオイルの臭いが漂う。
煙草に火をつけて髪の毛を整えた。
「私、やっちゃったよ」
浅子はフォルクスのベンチに腰かけた。
さらに何か言おうとしたが、麻里を見てためらった。
……麻里は心の奥で熱いものがこみ上げてくるのがわかった。
「……いつからですか?」
「今年の2月かな?」
「本気なんですか?高志くんとのこと?」
浅子はジッポーをカチカチさせながら、
「ううん、遊び」
麻里は憤慨した「遊びってなんですかっ!」。
浅子は可笑しそうにわらって、
「……勝てっこないわ、貴女に」
「……どうしてなんですか!」
浅子は可笑しそうに笑っていた、
「……だって、最初で最後のヤツ奪ってやったんだよ」
「……?恥ずかしくないんですか」
「べつに……」
浅子はタバコを片手に何やら書いていた。
「……ホレ、これ」
浅子はコンビニのレシートを渡した。
裏側に携帯の番号が書いてあった。
ご丁寧なことに番号の横に『田畑高志』の名前まで添えてある。
まるで果たし状のような紙切れである。
麻里は憤慨した。
浅子はタバコを灰皿に押し付けると、
「……悔しかったら、奪いなさい」
「なんですって!」
「キスして、愛してますなんて、あまっちょろい。私から奪いなさい!好きだったら、人から奪うもんでしょう!」
「浅子さんなんか大嫌い」
「甘い!」
「うるさいっ!」
麻里はその言葉を残して、その場を去った。
麻里は何か得体の知れない嫌悪と愛情が入り交じった何かがざわめいていた。
その凄まじいエネルギーが、体液のように体から噴出する感覚がほとばしる。
麻里は途中で、アレックスサンジェを電柱にぶつけそうになった。
クソッ!
麻里はしりもちをついた。
ジャージーについた泥を払いながら、振り向く。
「浅子のバカ野郎っ!」
浅子はそれに気付いたのか、不敵な笑みを浮かべ、レストランに入っていった。
麻里は毒づきましたながらも、胸がときめいていた。
彼女はポケットの中の紙切れを大切に握りしめていた。
……私は確かに卑怯だ。


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