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ポートスタンレー1982『国連憲章第11章』

「アメリカ国防長官が動いた」
 この時、ニューヨークでロビー活動を続けていたニッコー・ヘンダーソン英大使のもとに重要なオファーが舞い込んでいた。
 「サイドワインダーを提供したい」
 そのオファーは紛れもなくアメリカ国防省からのものだった。
 キャスパー・ワインバーガー。
 ロナルド・レーガンの懐刀<ふところがたな> である。
 レーガンは『リオ条約』のため、フォークランド戦争には関与できない。

キャスパー…ワインバーガー国防長官


 あくまで国際法の主体は『国際連合』である。
 しかし、サッチャーがブリュッセルで切ってみせた『ローマ条約一三一条』の声明がNATО経由でレーガンの支援を可能にした。
「来たな」
 英国大使館に詰めていたフランシス・ピム外相にこのオファーを伝えた。
       *
 「NATОの倉庫にあるサイドワインダーを提供しようと思う」
……サイドワインダー……空対空ミサイルのことである。
 「これをハリアーに搭載すれば、戦いは有利に運ぶ筈だ」
 ホワイトハウスのオーバルオフィスからの連絡はイギリス戦時内閣にとっては『錦の御旗』となった。
 レーガンはアル・ヘイグとカーク・パトリックの外交路線とは別のアプローチを取る旨をチェカーズに告白したのと同じである。
 「レーガン大統領はこっちの手を取り始めました」
 ふいに、ピム外相からこのことを伝えられたサッチャーは胸を撫で下ろしていた。
 彼女は飽くまでフォークランド諸島の再上陸作戦まで考えていたのだ。
 国連の仲介……は実にアテにならないものだ……と彼女は言っている。


 「国連憲章第十一章……非自治地域除外リストからフォークランド諸島を削除する」
 この手で、アルゼンチンのガルチェリは国際法の順守すると見せかけ更に、ゴネまくる筈だ……と彼女は踏んでいた。
 つまり、これに安易に同意すると、フォークランド問題(マルビナス問題)は国連憲章そして引いては国際法の適用除外の項目にされてしまう。結果としてガルチェリは『和平交渉』と見せかけ、フォークランド諸島に兵士(守備隊)を更に送り込む筈だ。
 『国連憲章第十一章』を飲むことは、ガルチェリの侵略行動を……国際法の枠外に外してしまうことに他ならない。


 その無法地帯にファシストはつけ込む……というのが、彼女の終始変わらぬ持論であった。
 実はロナルド・レーガン自身も全く彼女と同意見の持ち主だったのだ。
 「今、私たちがガルチェリを放置したらフォークランド諸島は無法者の領土となる」
 サッチャーは言う。
 驚くべきことに、この間……実はガルチェリはソヴィエトに傾いていたのだ。
 節操というものがない。
 ガルチェリはアメリカの裏をかいて、ユーリ・アンドロポフと手を組もうとまでしているというのだ。

フィデル・カストロ、JFK 、フルシチョフ


 『キューバ危機』『ヴェトナム戦争』はこの一見平和主義に見えるその場しのぎの外交が原因だ……『ヘルシンキ合意』に対する批判以来、彼女の行動は終始一貫している。
 アレクサンダー・ヘイグがこの前の週にロンドンに来た時、彼のたずさえてきた交渉のプランにはそういう『その場しのぎ的な落とし穴』がちりばめられていたのだ。
 「アルはアテにしてはいけない」
 サッチャーが彼の相手をしなかったのは、そのことが判りきっていたからである。
       *
 マスコミが『南ジョージア島』で英国海軍が、敵の潜水艦『サンタフェ』を座礁させたニュースを報じていた時……。
 彼女は英国機動部隊の本部がある、ノースウッドを訪れている。


 フィールドハウス卿……先の「南ジョージア島で演習をしたと言えばよい」と助言した海軍大将の自宅で、昼食会に招かれたという。
 その次の日、フランシス・ピム外相はワシントンからヒースロー空港に舞い戻っていた。
 彼は、その足でダウニング十番街におもむき、今更のようにアル・ヘイグとの会見について報告だけはしておいた。
 「サイドワインダーをもちだしたキャスパー・ワインバーガー長官とはやはり別物で」
ピム外相は苦笑していた。

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淳一
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