ポートスタンレー『停戦』1982 年
【この作品は当時の西側の資料をもとに構成したもので歴史的な公平性には欠けております。ご了承ください】
すでに勝敗は決定していた。
*
この時期、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスは土砂降りの雨が降っていた。
ローマ法王『ヨハン・パウロ二世』はこの日、初めてこの首都を訪問した。
本来、英国訪問の予定が入っていたのだが、それを急きょ先送りしたという。
ブエノの空港に降り立ったのである。
ローマ法王についていた護衛の一人が呟いた。
「ガルチェリ大統領にはお気をつけください。彼らは法王を政治的に利用しようと画策しています」
ヨハン・パウロ二世は何もなかったかのように目を閉じていた。
彼は雨の空港の中で、祈りをささげた。
「親愛なる我が主、イエスの御心が無くなった両国の兵士たちと共にありますように……アーメン……この二つの国はともに主の戒めに背きました。彼ら双方に許しを与えたまうことを」
雨の中、法王の手にしていたロザリオは濡れていた。
ブエノスアイレスの人々は歓声をあげ涙した。
法王はガルチェリの側近たちをほぼ無視する形で、一連のミサを終えると、静かな面持ちでその地に接吻したという。
そして彼方イギリスの方角に目をやり、再び、彼は「この両者に祝福のあらんことを、アーメン」
そう呟く。
ポーランドでナチス、ソ連の侵略を経験したこの法王にしかこの戦争をいさめることはできなかった。
この日、ブエノスアイレスの雨はやむことがなかった。
渇れの手にしたロザリオは雨に濡れていた。
★
フォークランド戦争の最終局面……スタンレー攻略の詰めが行われていた、その頃。
ニューヨークの国連安全保障理事会の空気は完全に張り詰めていた。
『死の谷の戦い』
つまり、フォークランド海峡でイギリス軍とアルゼンチン空軍の演じた壮絶な戦いの全貌がメディアを通じて明らかになっていたのである。
この時ペルーは口を閉ざしていた。
イギリス外務省のニッコー・ヘンダーソンは国連本部のフロアーで落ち合った。
「パナマとスペインの共同提案のほうは、拒否権一つで葬ってやったよ」
国連大使のアンソニー・パーソンズは言った。
彼自身は、四月からこの方、不眠不休で動いていた。さすがに疲れ切った模様である。
「カーク・パトリック女史の方はどうでした?」
ニッコー・ヘンダーソンとしてもかなり派手にロビー活動を演じたつもりだ。
悪趣味だったが……。
パーソンズ国連大使は眼鏡を外すと、目をしょぼつかせていた。
「まァ、あれぐらいやらなきゃロビー活動とは言い切れないがね。私も相当に暴れさせてもらったよ」
例のアルゼンチン大使館でのパーティーの一件である。
パーソンズ国連大使はジミー・カーター大統領の時代に起こった、イランでの『米国大使館員人質事件』を引き合いに出して、米外務省筋を痛烈になじった。
「知性と品格のパトリック女史も、顔にドロを塗られたってわけですな」
ニッコー・アンダーソンは言った。
「アメリカ国務省のアル・ヘイグは南米外交路線をシフトしたんじゃなかったのかね?」
「と、言いますと?」
👆フランシス・ピム外務大臣(1982)
「レーガン大統領は今、ロンドンに飛んでいるだろう?エリザベス女王とマギー・サッチャー首相に会見するために」
「ええ」
「私に言わせれば、アルゼンチンとソ連に対する当てつけさ。レーガンは絶妙に振舞ってる……絶妙にね。でなきゃサイドワインダーをこっちに回してくれたかね?あれが無きゃ、今頃、こっちのハリアーは袋叩きにあってたろう。彼はカウボーイってわけさ」
パーソンズは笑った。
「ミッテランとは正反対ってわけですか?」
「ああ、そうだろうな。やつもまさか、チリのピノチェトが動くとは考えもしなかったと思うよ」
*
ロナルド・レーガンは最初から水面下でサッチャーを支持していた。
「結局、鉄の女がやったな」
レーガンはキャスパー・ワインバーガーに言った。
「ええ」
「最初はどうなる事かと肝を冷やしたが」
「ピノチェト将軍を持ち出してくるとは、悪趣味といおうか……」
レーガンは苦笑していた。