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小説ノーマンズスカイ「アトラスの夢」 第2話 「夜明け」
2.夜明け
暗い部屋の中で、壁に設置された大きなスクリーンの光だけがその人物の顔を照らしていた。
肩につかない長さの赤髪、顔にはいくつもの傷跡。右の眼球はブラウンの光彩をもつ眼球だが、左の眼球は義眼のようで、艶のある黒いガラスの中に青い光が灯っていた。
画面にはいくつかの文字列が表示されている。それが示す意味について考えていた。
「お久しぶりのお目覚めですね。実に18,563時間ぶりになりますか。おはようございます」
画面の端に四角い窓が表示され、目の大きな、爬虫類のような顔をした人物が映し出される。
「おはよう、グリッグ。例の信号のデータは見たか?」
グリッグ、と呼ばれたその生物は、数回瞬きをしながら少し首をかしげる仕草をした。
「やはり、それでお目覚めだったのですね。確かに、状況は似ています。センチネルの干渉によるイテレーションの消滅……そして、代替イテレーションの発生。あの時と類似点が多い」
「まだ断言はできないが、可能性はある」
「スペースアノマリーの連中も監視を開始したようです……おそらく通常のトラベラーとして、でしょうが」
グリッグは手振りを交えながら続けた。
「こいつの映像はあるか?」
「いえ、まだです。付近の星系の、我々の監視するステーションのどれかに到達すれば。お急ぎならトレーダーを向かわせますが」
「いや、まだいい。引き続き観測を頼む」
「分かりました。ところで」
グリッグは後ろをちらりと見た。
「こちらで朝食などいかがでしょう? なにしろ久々なので、トーレイが張り切っておりまして」
グリッグの背後から、マスクを被った人物が顔を出す。
「ご主人様に教わったやり方でコーヒーというものを入れてみました。お口に合うといいのですが」
くぐもった声とともに、マスクのバイザーの奥で円形の光が点滅した。
ご主人様、と呼ばれた人物の表情が少し緩む。
「わかったよ、少し待っていてくれ。すぐに向かう」
画面が暗転すると、入れ替わりに部屋の照明が点灯した。
その人物は椅子から立ち上がると、部屋の隅にある円柱形のブースに足を踏み入れる。
起動音と共に円盤状の床が発光し、AIが声を発する。
―外見変更モジュール起動
手慣れた仕草でホログラムのインターフェースをいじると、ブース内が光に包まれる。
―プリセットを適用。外見オーバーライド完了
ブースから歩み出たその姿は、先程とは似ても似つかぬ姿に変わっていた。頭にあたる部分には光球が回転し、体はシルバーに光るパイプと機械パーツで構成されたロボットのように見える。
部屋の出口に向かう。自動ドアをくぐると、部屋の管理AIが呼びかけた。
「いってらっしゃいませ、"ナル"様」
♦
夜が明けた。
結局救助は来なかった。何度か宇宙船らしきものが空を横切っていくのが見えたがこちらに来ることはなかった。興味がないのか無視しているのかはわからない。
幸いだったのは、さほど苦労なく宇宙船の修理が完了したことだ。不足していたパーツは、少し離れたところにある廃墟―何者かが滞在していた痕跡のある古いシェルター―で見つけられた。
さほど苦労なく……嵐で宇宙船の場所を見失い、偶然見つけた洞窟で嵐をやり過ごす、というのを苦労と呼ぶかどうかだが。見知らぬ異星にいることを考えれば大したことはないのかもしれない。
洞窟では収穫もあった。毒ガスを吹き出す植物―スーツが教えてくれなければ命はなかったかもしれない―から酸素やソジウムを収穫出来たし、洞窟内の岩からコバルトを抽出し、ハザード対策の充電用のバッテリーをいくつか作ることができた。
スーツの性能には驚くばかりで、少なくとも私が記憶している地球のテクノロジーでは実現不可能なことを軽々とこなせた。宇宙服としての役割はもちろん、物質から分子を抽出して蓄積したり、バッテリーを作ったように組み替えて生成もできる。宇宙船の修理もスーツが自動で行い、私は素材を集めればよかった。
いったい誰がこれを作り、そして私に与えたのだろうか。
精製機というものが作れるようにもなった。
これはスーツだけでは出来ない、分子の組み替えや合成をやってのける器具で、スーツにもともと設計図が登録されているようだった。必要な素材を集めたら複数の部品を手元で生成し、それをAIの指示通りに組み立てると、小型の発電機くらいのサイズの精製機が出来上がる。これを使って宇宙船の修理に必要な金属を精製して作ることができた。至れり尽くせりだ。
スーツの肩のカメラに内蔵されたAIもかなり優秀で、何をするべきか常に教えてくれた。嵐のやり過ごし方、バッテリー生成のこと、精製機の作り方と使い方、危険な植物とそこから得られる素材のこと、など。何度も命を救われているのだろう。
AIの勧めでマルチツールに分析ツールを導入した。これは鉱物、植物、動物などをスキャンするとその詳細を教えてくれる。名前まで決めてくれる。自分で名前をつけることも可能らしいが、今はそんな気になれなかった。第一発見者というロマンに浸っている場合ではない。
驚いたのはスキャンすると報酬があることだ。この宇宙を隅々まで把握したがっている誰かがいて、スキャンすることでお金―ユニットと呼ばれる通貨―が振り込まれる、ということらしい。
それがビーコンで通信した相手だろうか? 常に監視されている気がして、深く考えるとぞっとしないでもなかったが、ひとまずは考えないことにしておく。
♦
そして今、私は修理が完了した宇宙船のコクピットに座っている。
宇宙船は、近づいてみると空を飛ぶ乗り物としてはかなり小さく、小型戦闘機といった印象を受けた。コクピットはひとり分のスペースしかない。荷物スペースも、座席の後ろに人ひとりがしゃがめるほどでしかない。素材は不明だが堅牢で、外部の装甲にはほとんど傷みはないようだった。
結局この小さな宇宙船「ラディアント・ピラー BC1」が誰のものなのかはわからなかった。スーツが反応し、いくつかのデータのやり取りがあったのち、私は所有者として認められたようだ。
船の修理素材を集めている間にいつの間にか夜になっていた。
見上げた星空に私の見覚えのある星座はひとつもなかった。予想はしていたが。
しかし、今の私にはこの宇宙船がある。操縦方法はスーツが教えてくれた。操縦はシンプルで、細かい調整は自動でやってくれるらしい。ぶっつけ本番で飛ぶことに不安もなくはないが。
操縦桿を握り、発射エンジンの起動スイッチをオンにする。足元のペダルを踏むと、振動とともに機体はふわりと浮かび上がった。
そのまま操縦桿を引く。機首が持ち上がり、機体は空に向かっていった。
答えはきっとその向こう、星の海にある。
♦
この宇宙船のジェットエンジンはあくまで推進のための補助で、メインの動力は重力の制御らしい。地球では想像上のものだったテクノロジーで機体を空に浮かべている。
大気圏を突破する際には身構えたが、わずかな圧力と揺れを感じたのみで、窓の外が炎で赤く染まって数十秒で星空が見えた。
船はあっという間に星の海に包まれた。眼下には、先程までいた惑星が見える。極寒の星は宇宙空間で白く輝き、それ自体が氷の塊のように見えた。
船のコントロールパネルには星図らしきものが表示されている。一番大きく映っている球は今までいた氷の惑星だろう。そしてやや小さく2つの球が映ってみえる。近くの惑星だろうか。今のところ肉眼では見えない。
「船に異常はないか?」スーツに声をかける。スーツのAIと話すのも慣れたものだ。
―船体に異常なし。シールド健全性100%。ブースト使用可能。パルスドライブ起動可能。
HUDにブースト起動、という文字が浮かび上がり、操縦桿についたボタンが光る。押してみると、機体がぐっと前に押し出され、体がシートの背もたれに押し付けられる。
なるほど、一時的にスピードを上昇させるらしい。ではパルスドライブとは?
―パルスドライブはパルスジャンプを行うための機関です。起動すると船は実空間から位相をずらし、超音速での移動が可能になります。
こちらの疑問を察したかのようにスーツが答えた。
―足元左右外側のペダルを同時に踏んでください。カウントダウンの後、パルスドライブを起動します。
足元左右のレバーを踏んでみる。スリー、ツー、ワン。コントロールパネルにカウントダウンが表示される。自分という存在が希薄になったような奇妙な感覚がして、少しめまいがした。これが位相をずらすということか。
コックピットから見える星々が光の線になり、後ろに流れていった。これがパルスドライブか。
―もう一度ペダルを踏むか減速操作によりパルスドライブを中止します。
ペダルを踏む。光の線は次第に短くなり、星空が戻ってきた。
―小惑星に注意してください。
眼の前に小惑星が飛び込んできた。慌てて操縦桿を傾けるが間に合わない。衝撃があり、小惑星はバラバラに砕け散った。
AIが冷静に報告する。
―シールド健全性98%。小惑星に注意してください。
「はいはい、悪かったよ」宇宙船が堅牢でよかった。パルスドライブを抜けた先で小惑星帯に飛び込んでしまったようだった。
♦
修理している時に、翼に武器らしい設備と、内部に何らかの武器データがあることには気づいていた。
「この船に武器はあるのか?」
AIが応える。
―フォトンキャノン/ロケットランチャーが使用可能です。
コントロールパネルに2つのアイコンが表示されていた。うちひとつ、フォトンキャノンと表示されたほうが明るくなっている。
武器があるということはその使用が想定されるということだろう。であれば慣れておいたほうが良さそうだ。
―操縦桿のロックを解除してトリガーを引いて使用してください。
操縦桿に武装をロックする物理的なスイッチを見つけた。ひねって解除すると、前面に照準が表示される。
照準を目の前の小惑星に合わせてトリガーを引くと、光球が左右の翼から順番に発射され、小惑星を砕いた。
続いてロケットランチャーに切り替えてみる。別の小惑星に照準を合わせ、トリガーを引く。3発の光の塊が尾を引きながら飛んでいき、小惑星に当たって爆発した。武器はどちらもかなりの威力を待つようだ。積極的に使う機会が訪れないといいが。
―小惑星から回収。銀15、三重水素21。三重水素はパルスドライブのエネルギーとして使用可能。
小惑星から資源を回収することもできるのか。覚えておこう。
この座席の後ろのスペースに入るとは思えないので、きっとスーツと同じ仕組みになっているのだろう。
♦
突然、船の通信機が光と音を発した。
コントロールパネルには16/16/16/16の文字。
発信元のIDは……4925-Bとある。それが何者なのかもちろんわからないが、とにかく何らかの通信が届いたようだ。
通信を接続する。ノイズ混じりの、途切れ途切れの音声が届く。
「教えてほしい、あなたが何者なのか。私は……」
雑音と聞き分けがしづらいほどの、小さな声。どこから届いているのだろう。声からは性別や年齢などはわからない。私はマイクに向かって返答した。
「私は……サムだ。そちらは?」
私の質問が届いたのかどうかわからないが、声が答えた。
「あなたは決して……ひとりでは………を追って……」
通信はノイズに溶けて消えていった。
私に対する通信というより、救難信号のように不特定多数に向けて発せられた通信のように聞こえた。この宇宙で、一体誰が?
コントロールパネルに表示されていた数字は消え、別の数字が現れていた。通信にデータとして添付されていたようだ。スーツの解析によるとどこかの座標らしい。
―座標データから位置を推定。マーキングします。
コントロールパネルの星図に光点が表示される。小さく表示された2つの惑星のうちのひとつだ。船首をそちらへ向けると、惑星上にマーカーが表示されているのが分かった。バイザーと連動しているらしい。その方向へ向かって、パルスドライブを起動させた。
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※No Man's Sky(ノーマンズスカイ)のストーリーを作者が独自の解釈を元に小説にしたものです。実際のゲーム内容とは異なる場合があります。
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