台湾有事シミュレーションから得られた課題
0.あらかじめ結論
先週行われた台湾海峡危機シミュレーションに、1日目は財務大臣役、2日目は官房副長官役として参加させて頂いた。
その経験から得られた課題をあらかじめまとめると、以下の通りとなる。
・エネルギー安全保障、財政健全化、中国向けエクスポージャー削減など、平時からの備えが政策の選択肢や継戦能力を大きく左右する
・サイバー攻撃は、実際に侵攻する数年前から攻める側の準備が進められ、侵攻の前後に集中的に実行されるため、事前の備えとともに、防ぎきれなかった場合の拡大防止や復旧の訓練も必要
・実際の有事にはどんなに最善手を打ったとしても国民や経済・社会にある程度の被害・損害が発生することになる。それでもわが国が一つにまとまって行動するためには戦略的コミュニケーションが決定的に重要になる
さらに、シナリオでは、中国が台湾に軍事侵攻するのは習近平主席の任期中の2027年の春と想定され、それまでには3年弱しか時間的猶予が残されていないことも改めて認識された。
台湾有事はすぐ目の前の危機であることを共有し、危機感と覚悟を持って備えることが、台湾有事を起こさないための最大の抑止力であることを、改めて国会議員だけでなく、国民の皆さんとも共有する必要がある。
1.はじめに
7月13日(土)、14日(日)の二日間にわたり、都内某所にて、民間のシンクタンク「日本戦略研究フォーラム」が主催する「第4回台湾海峡危機政策シミュレーション」が行われた。
これは、現役の国会議員13名が総理大臣をはじめとする閣僚役等を務め、それを補佐する役職に各省庁の事務次官OBや自衛隊の幕僚長経験者等が就いたうえで、2027年の春に「中国による台湾侵攻」が行われ、わが国も巻き込まれるというシナリオに沿って、内閣としてとるべき政策・対応を検討し、その過程で政策的な課題を抽出していこうという取り組みである。
今回が4回目で、私は昨年行われた第3回の財務大臣役に続く参加となった。
詳しいシナリオや議論の内容は、別途、メディアなどで報じられることが想定されるため割愛するが、ここでは、財務大臣役・官房副長官役として参加した私の立場から、今後の政策的な課題と認識されたことを整理しておきたい。
なお、去年のシミュレーションから得られた課題については、1年前のnoteをご参照いただきたい。
https://note.com/jun1_kanda/n/n59d77a65ce2c?sub_rt=share_pw
(参考)閣僚役等の顔ぶれ(1日目→2日目)
・総理大臣役(両日とも):小野寺五典(衆8期、元防衛大臣)
・総務大臣役:和田義明(衆3期、元内閣府副大臣)
→ 細野豪志(衆8期、元環境大臣、元原子力行政担当大臣)
・外務大臣役:大塚拓(衆5期、元財務副大臣、元国防部会長)
→ 松川るい(参2期、元防衛大臣政務官)
・財務大臣役:神田潤一(衆1期、内閣府大臣政務官)
→ 小森卓郎(衆1期、元総務大臣政務官)
・経済産業大臣役:小林鷹之(衆4期、元経済安全保障担当大臣)
→ 大塚拓(衆5期、元財務副大臣、元国防部会長)
・国土交通大臣役:山下貴司・衆議院議員(衆4期、元法務大臣)
→ 鈴木英敬(衆1期、元内閣府大臣政務官、元三重県知事)
・防衛大臣役:細野豪志(衆8期、元環境大臣、元原子力行政担当大臣)
→ 和田義明(衆3期、元内閣府副大臣)
・特命担当大臣役(沖縄・北方):尾崎正直(衆1期、国土交通大臣政務官、元高知県知事)
→ 鈴木馨祐(衆5期、元外務副大臣、元財務副大臣)
・内閣官房長官役:鈴木馨祐(衆5期、元外務副大臣、元財務副大臣)
→ 山下貴司・衆議院議員(衆4期、元法務大臣)
・内閣官房副長官役(戦略的コミュニケーション担当):小森卓郎(衆1期、元総務大臣政務官)
→ 尾崎正直(衆1期、国土交通大臣政務官、元高知県知事)
・内閣官房副長官役(サイバーセキュリティ担当):鈴木英敬(衆1期、元内閣府大臣政務官、元三重県知事)
→ 神田潤一(衆1期、内閣府大臣政務官)
・米国国務長官役(両日とも):長島昭久(衆7期、元防衛副大臣)
2.財務大臣役・官房副長官役として得られた課題
(1)平時からの備えの重要性
今回のシミュレーションでは、かなり早い段階から東シナ海・南シナ海における中国と台湾・フィリピン等の官民の船舶の間で小競り合いが頻発し、安全な航行が困難となった。このため、当海域を航行する船舶への保険が停止されたり、航路の大幅な回り込みを余儀なくされたりした。この結果、この海域を航行して運ばれる原油やLNG等が品薄になり、ガソリン価格や電気代が高騰し、第4次エネルギー危機とも呼ぶべき状況が現出するシナリオであった。
また、わが国で新たな巨大地震が発生し、その混乱に乗じて中国が台湾への軍事侵攻を開始するといった厳しいシナリオも提示されたほか、実際に軍事侵攻が発生した後には国内経済が大混乱となり、数十兆円規模の経済対策・中小企業への経営支援が必要になるとの指摘もあった。こうした状況では、巨額の補正予算を組む必要に迫られることから、財政規律への懸念が高まり、為替レートは1ドル250円を超える円安、金利も20%まで上昇する、という予測も提示された。
さらに、実際に日本が台湾を支援し、中国と敵対することになると、多くの中国ビジネスが失われ、中国国内に保有する資産が没収されるなど、数十兆円に上る経済的損失になるとの指摘もあった。
こうした経済的な混乱や損失は、わが国の継戦能力に直結し、政府の意思決定を左右しかねない。
これらの影響を最低限のものに抑えるためには、以下のような平時からの備えが決定的に重要になると考えられる。
・エネルギー戦略の見直し
中東の化石燃料や、特定の海域を経由した資源の輸入に依存している現在のわが国のエネルギー構造は大変脆弱であり、有事の際のアキレス腱になり得る。
このため、早急にエネルギーの調達先を多様化したり、国内のエネルギー自給率を高めたりするべきである。
具体的には、原子力発電所の再稼働ペースの加速、再生エネルギーの導入の更なる促進、核融合や水素などの次世代エネルギー開発の加速、などを着実に進める必要がある。
・財政健全化の着実な推進
台湾有事は、中国・台湾というわが国の経済的な結びつきが強い国・地域の紛争になるため、わが国への経済的な影響が極めて大きく、巨額の財政支出が必要になることが改めて示された。
一方で、有事に財政支出を拡大しようとするまでに財政状態への懸念が高まっている状況にあると、必要な補正予算が組めないばかりか、財政支出が必要だと意識された途端に為替レートや金利が大きく変動する可能性がある。
このため、有事の際の対応の選択肢を拡げ、継戦能力を高めるためにも、平時の間に着実に財政健全化を推進しておく必要がある。
・中国向けエクスポージャー(ヒト・モノ・カネ)の削減
今回のシミュレーションでは、台湾を支援するかどうかを議論する閣僚会議において、閣僚役から、中国向けのエクスポージャーがあまりにも大きく、また中国での在留邦人も10万人に上ることを踏まえると、「台湾を支援するためとはいえ、中国とことを構えるべきではない」といった反対意見も提示された。
最終的には総理大臣役の判断により台湾を支援するという結論に至ったが、中国向けのエクスポージャーの大きさや在留邦人の多さは、有事の際の意思決定にも大きな影響を与える可能性があることが認識された。
こうしたことを踏まえると、わが国の中国ビジネス、中国国内で保有する資産、中国で働く日本人などの中国向けのエクスポージャーは、平時から削減しておくことが望ましい。それが簡単ではないとすれば、少なくとも、各企業において、有事にどのようなことがどういう順番で、どのような早さで起こるのかを想定し、実際にどんな対応が必要なのかをあらかじめ分析することなどを通じて、「撤退プラン」を策定しておくことが必要なのではないだろうか。
(2)サイバーセキュリティ対策の難しさ
今回のシミュレーションでは、サイバーセキュリティの机上演習が行われた。これは、攻める中国側と守る日本側とがそれぞれ政府・民間・インフラなどの重要な20程度の分野からいくつかを選び、それを突き合わせて、防御が成功する分野と、失敗して大きな損害が発生する分野とを特定し、その結果がシミュレーションのシナリオにも反映されるというものである。
さらにその前提として、攻める側は何年も前から、IT機器に敵対的なプログラムを仕込んでおいたり、インターネットから侵入しやすいルートを探しておいたりしていて、実際に軍事侵攻する前後にそれらの脆弱な部分を一斉に攻撃することも想定されていた。攻撃側によるこうした長年にわたる周到で広範囲に及ぶ準備によって、サイバー攻撃が本格化した際には多くの分野で一斉に激しい攻撃が行われ、守る側がどんなに効果的に対応しても防ぎきれず、一部の分野ではある程度大きな損害が発生することはやむを得ないことも示された。
こうしたこと踏まえると、スレットハンティングやレッドチームによる脆弱性の検出といった平時からの対応を強化する必要があるほか、それでは防ぎきれない場合も想定して、影響の拡大防止や復旧などの有事対応訓練を行なっておくことも必要ではないだろうか。
(3)戦略的コミュニケーションのあり方
今回のシミュレーションは、1日目はメディアオープン、2日目はメディアクローズドで行われた。
昨年は2日間ともメディアオープンで行われたが、今年は2日目に、より苛烈なシナリオの元でより真実味の高いシミュレーションを行うため、メディアに公開しないことにしたとの事務局からの説明であった。
実際に、2日目のシミュレーションの閣僚会議では、メディア非公開ということもあって、より臨場感のある、真剣な閣僚間の意見のぶつかり合いが見られた。
その背景として、各大臣の頭の中で、閣僚会議の結果次第で自衛隊や在留法人、戦闘に巻き込まれた地域の住民などに大きな被害が発生しうることや、経済対策の有無によって多くの企業が存続の危機にさらされることが明確に意識されていたからであろう。
それでも、政府・内閣は、刻一刻と変わる事態の中で、スピード感を持って決断をし続けなければならない。
その時に重要になるのは「戦略的コミュニケーション」である。
政府が、どのような情報に基づいてこの決断を行ったのか。他国の意図はどこにあるのか。国益として守るべき優先順位は何か。決断の結果、どのような事態が想定され、国民は何を覚悟しなければならないのか。
有事の際には、限りある資源や人員の制約の中で、どのような有効な決断をしても全ての事態に対応できるわけではない。政府だけでなく民間の対応も必要になる。さらに、決断の結果、特定の分野で大きな損害や損失、人的な被害の発生も含めて、覚悟して臨まなければならないこともある。
そうした時に、国民を奮い立たせ、わが国の力を結集し、被害を最小限に抑え、侵略国の蛮行を食い止めるためには、政府や国のリーダーが何を語り、どんなメッセージを国民と共有し、どのような行動を促すのか、つまり「戦略的コミュニケーション」が極めて重要になる。
わが国の「戦略的コミュニケーション」は、まだまだ発展途上である。
それでも2日目の最後、最も厳しいシナリオに対して閣僚会議で真剣な議論が交わされ、政府として取るべき行動が決定された後、小野寺総理(役)が国民に対して語った言葉は、政府の決定の内容とそこに至った背景を率直に語り、国民を奮い立たせ、覚悟と行動を促すのに十分であった。小野寺総理(役)の言葉を受けて、会場の参加者から自然と拍手が湧き上がった時、政府・閣僚が目指すべき「戦略的コミュニケーション」のあり方がこれまでよりも明確にイメージされ、参加者に共有されたのではないだろうか。
3.結びとして
昨年のシミュレーションから1年が経ち、振り返ってみると、国際情勢は去年よりもさらに緊迫している。ロシアによるウクライナ侵略は相変わらず終わりが見えず、各国のウクライナ支援の協調体制にも綻びが見られ始めている。さらにイスラエルによるガザ地区侵攻のほか、米国でのトランプ政権誕生の可能性の高まりなど、昨年よりも不確定要素が格段に増している。
また、中国の国内経済も厳しさを増している。不動産バブルの崩壊や国内消費の低迷などで、習近平体制への不満が高まりやすい環境となっており、そうした国民の不満を逸らすためもあって対外的に強硬なスタンスが目立っている。南シナ海などでの力による現状変更の試みは激しさを増しており、中国・ロシア・北朝鮮の接近も、東アジアの不安定化を増幅する要素となっている。
一方で、昨年から1年が経過したものの、2027年春の台湾有事というシナリオ自体は変わっていない。このため、当然のことながら、台湾有事までのリードタイムは12か月分短くなり、3年を切るまでになった。
政府も手を拱いているわけではない。
防衛力の増強を着実に進める一方で、サイバーセキュリティ体制の強化やセキュリティ・クリアランス制度の導入など、体制整備も一定程度進捗している。
それでも、3年間という時間を逆算した時に、十分に間に合うペースで準備が進んでいるかというと、そうした検証は行われていないように思われる。
改めて、台湾有事の際にどんなことが起こる可能性があるのかを官民が共有し、政府がやるべきことだけでなく、民間でやれることも洗い出して、できることから着実に進めておく必要がある。
そして最も重要なことは、力による現状変更の試みには絶対に屈しないという強い覚悟を国民の間で共有することであろう。
その強い覚悟を共有し、それを内外に示すことこそが、台湾有事を招かないための最大の抑止力なのだから。