2016年とKendrick Lamar
SiaがKendrick Lamarを客演に迎えた「The Greatest」をリリース。MVには彼のヴァースは入っていないので聴きたい方はApple MusicやiTunesなどで是非。
と言ってもどうにかして聴きたい!という方は以下にて聴けます。
去年リリースされた『To Pimp A Butterfly』(以下"TPAB")によりアフリカン・アメリカン/BLACK LIVES MATTERを象徴する存在として国、性別、スキンカラー、そして音楽におけるジャンルを超越してアメリカ、ひいては音楽の希望を担う存在となったKendrick Lamar。アルバムリリース後はフェスを中心としたツアーを行い、今年3月にはTPABレコーディング時の未発表音源をまとめた『untitled unmastered.』をリリース。名声を手にしながら、未だ民衆の代弁者として旗を振るう彼の姿は、まさに曲のテーマにもなったキング牧師(「King Kunta」)のようだ。
Funkadelicのリミックスに参加したKendrick。ここでのヴァースが『untitled〜』のM8「untitled 08 l 09.06.2014.」にて引用されている
2016年でKendrick Lamarを象徴する瞬間といえば第58回グラミー賞を紹介しないわけにはいかない。Michael Jacksonに次ぐ11部門にノミネートされ(Michaelは最多12部門)、主要4部門は逃すも最終的に5つの栄冠に輝くというまさに2015年を物語るキーパーソンとして歴史に名を刻むことに。そしてグラミー賞での彼のパフォーマンスも同様に音楽史に残るベストパフォーマンスの1つとして多くの人の脳裏に刻まれることとなった。
いまではオバマ大統領と意見を交わし、7月にホワイトハウスで行われた軍人とその関係者を労うために行われたBBQパーティーでパフォーマンス招待を受けるなど、現在のアメリカを代表する存在にもなっている。
すでに新たな音源制作のためスタジオ入りしていることが明らかにされているが、その動向は未だ霧の中。では今年、彼は表面上どのような活動を主体としていたのか。
2015年に音楽のフィールド、そこから派生した社会的地位を存分にフル活用していることが先述のオバマとの交流からもわかるが、2016年、彼が実際に本職としたのはやはり音楽家としての顔だ。音楽家のKendrick Lamarは地位や名声に甘えることなく、まるで恩返しのように友人たちと音楽を奏でている。
2016年、彼を取り巻く豊富な人脈が相次いで話題作をドロップしている。そこにはKendrickの名がほぼ間違いなくクレジットしてある。昨年はTaylor Swiftとも仕事をしているが(「Bad Blood ft. Kendrick Lamar」)今年はメインストリートかどうかは別として、自身のルーツを起点に相関図に沿ったコラボレーションがメインとなっている。
客演としての活躍で近しいところから振り返ってみる。まずはレーベルメイト(TDE)でもあるIsaiah Rashadの新作『The Sun’s Tirade』に登場。「Wat’s Wrong」においてTDE所属のZacariと共に軽快なヴァースを踏んでいる。Warm BrewやGibbyなどと良作を築いたLAのAl B. Smoovがプロデュースを務めた同トラックは、ハイハットとキックが耳心地良い。そのジャジーでメロウなトラックにKendrickは短いながら存在感を残している。弟のように可愛がっているIsaiahに取って最高のプレゼントとなったことだろう。
『The Sun’s Tirade』と同日リリースとなったTravis Scott『Birds In The Trap Sing McKnight』にも彼の名がある。「Goosebumps」で聴く彼のヴォーカルもエッジの立った切れ味鋭いものだ。鳥肌(goosebumps)が立つたびに愛しい人(女)を思い出すセンチメンタルな曲なのだが、ここでは卓越したリリックスキルにも注目。これは是非和訳を踏まえて聴いてみてほしい(”トラビス・スコットの”goosebumps”を和訳してみた。”:TaKotarou’s blog)
時系列を2016年初めに戻そう。今年最初の客演はKanye West『The Life Of Pablo』(以下『TLOP』)収録の「No More Parties in L.A.」だ。MadlibとKanyeによるトラックはLarry Graham「One In A Million You」やJohnny "Guitar" Watson「Give Me My Love」、Ghostface Killah「Mighty Healthy」などをサンプリングしており、ファンカデリックなグルーヴを2人のライムが交互にサーフする様は先進性溢れる両者の存在と合わせて非常に痛快。リリックの内容はかなりブっ飛んでいるが...(詳しくは”渡辺志保 Kanye West『No More Parties in L.A.』を語る”:miyearnZZ Labo)
この曲が公開された際は「カニエ、久々のマジフロウ!」と騒がれたがその瞬間もすでに懐かしい。改めて1〜2月のリリースに至るまでの経緯を振り返ると2016年の慌ただしさをすでに予告していたようだ。リリースまで『So Help Me God』⇨『SWISH』⇨『WAVES』とアルバムタイトルが変わったり、手書きのトラックリストを公開したりだとか、TIDALオンリーでしかリリースしない!と公言しつつもしれっとiTunesやAppe Musicと提携してたりと、このアルバムにまつわるトピックはもう五転六転あたり前。
もっとも先進的で驚愕だったのが「生きたアルバム」として幾度となく手直しされるというトピック。CDフォーマットやダウンロードで”販売”する以前にストリーミング配信、つまりは音源自体はネット上にクラウドされた状態でアウトプットすることで、いつでも手直しできる状態にあったことを逆手に取ったトライアルだ。なのでTIDALでの初回配信とiTunesなどの配信音源ではマスタリング、ミックスが異なっていたり、収録曲が異なっていたり(具体的には「Wolves」がSiaとVic Mensaが参加した正規ヴァージョンに差し替えられている)常に新陳代謝を繰り返す「生きたアルバム」に恥じない経緯を歩んでいる。その代謝を促進するために集められたカンフル剤にKendrickも名を連ねているが、Kanyeと彼の強いリスペクトはChance The Rapper同様、未来を司るクリエイティブ精神に直結していることを改めてここに記しておきたい。
そしてこの『TLOP』をKanye自身がゴスペルアルバムと評していた点も、非常に重要である("渡辺志保 カニエ・ウェスト『The Life of Pablo』徹底解説":miyearnZZ Labo)。『TPAB』がエンターテイメントに開かれたゴスペリーアルバムとして進化したのが『TLOP』と説明できなくもない。唯一で最大の相違としてはジャズプレイヤーを多数集めた生楽器主体の前者と、サンプリングやコラージュなどベーシックなヒップホップスタイルにこだわった後者のアプローチ方法だが、その相違が個性として評価を高めているのもまた興味深い。今年亡くなったDavid Bowieの遺作にしてラストアルバム『★ (Blackstar)』が『TPAB』から大きなインスピレーションを得ているのは有名だが、Kanye同様、Kendrick Lamarが時代の寵児と例えられる証明にもなる話だろう。
参加した作品としてKanye以上にエキサイティングで、2016年においてエポックメイキングとなったFrank Ocean『Blonde』を素通りするわけにはいかない。ここ日本では8月21日朝に販売・配信された『Blonde』は過去70年における近代音楽の総決算とも言える、まさに一大音楽絵巻であり、そのセンセーショナルな内容に誰もが酔いしれた。
未だ詳細が未確認な点が多い『Blonde』だが(※アルバムクレジットの詳細がNMEにて掲載)、ここでKendrickは「Skyline To」でクレジットされており、ヴォーカル、ソングライティングに参加。登場場面はごくわずかだが、曲後半の重厚なゴスペルハーモニーの合間を縫うように差し込まれる彼の声は、メロウで甘美なR&Bトラックを構成する符号の一つとして『Blonde』を縁取っている。
Frank Ocean『Blonde』により、2016年は激動以上に変革を告げる年となった。そこには去年に引き続きアメリカの公民権運動や大統領選の動向が地続きになっている節もあるが、ここにクレジットされた音楽家たちの名を見ればわかるようにそれはもう一つの問題をフックアップするに限らない。肌の色と性別が音楽の中ではボーダーレスなものとなり、そこに立ちはだかる者はエンターテイメントの大波に呑まれていく。
壁を打ち破るという点に目を向けるならBeyoncé『LEMONADE』だろう。KanyeやFrank以上にKendrick Lamarにとって、この作品での立ち位置は2016年で最も意義のあるものであると今では言い切れる。
しかもJames Blakeがソングライティング/ ヴォーカルを担当した「Forword」とシームレスに繋がった「Freedom」にて、今年一番のヴァースを異常な熱量で歌い上げている 。Beyonceは夫であるJay Zについて吐露しつつ、女性観をパーソナルに綴りっている。それを社会性もひっくるめて1つの作品に結実させる彼女のセルフプロデュース能力の高さには、改めて感服するばかりだ。『LEMONADE』において「Freedom」は大団円を迎えるベストトラックとして大いに華があり、ここでのBeyonceはドラクロワが描いた「民衆を導く自由の女神」のマリアンヌを想起させるほど勇敢だ。(2016年を象徴する傑作、ビヨンセの『Lemonade』はなぜ凄い?:CINRA.NET)
6月に行われたBET AWARD 2016での一幕
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以上に挙げたKendrick Lamarの動向はあくまで2016年を語る上で欠かすことのできないトピックを厳選したものである。実際、他にもSchoolboy Q, DJ Khaled, BJ the Chicago Kid, Mistah F.A.B.の作品にも参加している。10作以上の作品に客演、ソングライティングとしてクレジットされているが、おそらく来年は今以上に大きなアクションを巻き起こす可能性がある(J.Coleとコラボアルバムを出す噂も...)。
2016年とKendrick Lamar
モノクロでアップデートされた2015年の顔は数々の色と干渉しながら次の進化に向けて着実にエネルギーを蓄えている。目と耳を彼から逸らすこと、すなわち時代に取り残されることと等しい。それを肝に銘じておこう。
※9/16にMac Millerの新作『The Divine Feminine』がリリース。M10「God Is Fair, Sexy Nasty」にKendrickが参加。他にもガールフレンドとなったAriana Grande, Ty Dolla $ign, Njomza, Bilalが参加。先行公開されているAnderson Paak「Dang!」、CeeLo Greenとの「We」も収録。『TPAB』リリース後の中では彼の得意とするスタイルでの参加だろう
※11/26追記
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