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ふたりの出会い

夏祭りの雑踏の中、涙が零れないよう太郎は上を向いた。商店街に吊り下げられた提灯が顔を赤く照らす。それほど低い位置にぶら下がっている提灯は辺りでただ一つであり、彼の顔が赤くなったのはこの日二度目だった。
 気持ちを落ち着かせるために鼻から息を大きく吸うと、甘い香りがした。蜜に誘われる蝶のように太郎はふらふらと屋台に近づき、ピンクの綿菓子を買った。これで楽しい気分になれる気がした。
 近くの縁石に腰を下ろすと、ふと通行人たちの視線を感じた。
 やっぱり綿菓子の色が珍しいのだろうか?
 太郎はスマホゲームのレアキャラを自分だけが持っているような気分になった。 皆からよく見えるよう、綿菓子を耳の高さまで上げ、それを満足げに眺める太郎だったが、とあるものが視界に映った。
 <神社まで八百メートル>と書かれた案内表示。
 皆、彼のすぐ隣にある看板を見ていただけだったのだ。
 彼は赤面した。湧き上がる恥ずかしさから感覚をそらすように、綿菓子を一口かじると妙に甘ったるく感じた。
「俺、何やってるんだろう。このわたがしも……本当は一緒に食べたかったな」
 ぽつり、ぽつりとわたがしにしょっぱい穴が開く。
 その時だった。
 ドン!
 轟音が腹の底に響いた。太郎は空を見上げる。そこには白い花火がキラキラと咲いていた。
 きれいだ。まるで顔を上げろって言ってくれてるみたいだな。
 彼は涙を拭い、そこから神社へ向かって歩きだした。
 腕時計が鳴ったのは<神社まで七百メートル>と書かれた看板の前だった。太郎は日々の受験勉強を始める合図に、アラームを活用している。彼はキリの良い時刻にそれを設定しているつもりだが、実は、時計はちょうど二分遅れている。
「オフにするの忘れてたわ」
 アラームを止めた彼は、そのままのペースで進み続けた。

 
 
 わたしは神社に来ていた。ここで見る花火が昔から大好きだ。花火は今年も八時ちょうどに上がる。
 適当に時間つぶすか。
 わたしは、恋みくじ売り場前の列に並んだ。
 じめっとした風がわたしの横顔をなめる。浴衣の袖はひらひら揺れた。
 わたしは風が抜けてきた商店街のほうを見た。夕方のできごとを思い返すように遠くを。
 
 十七時。あいつと同じ時間にバイトが終わった。
 バックヤードであいつとお喋りしながら、わたしは祭りに誘うタイミングを伺っていた。でも、話しているうちに喧嘩になり、それどころじゃなくなった。きっかけは些細なもので、あまりのくだらなさに詳しいことは思い出したくもない。
「わたしは太郎が間違ってると思う」
「は? 俺じゃなくてしょうこだろ間違ってるのは」
 そう言ってあいつは顔を真っ赤にし、タイムカードを切って出て行った。お互いの心が完全にすれ違った瞬間だった。
 タイムカードに新しく記された17:15の文字。それが未だに目に焼き付いている。

 いつの間にか恋みくじを引く順番が回ってきていた。わたしは袖口をめくって木箱の穴に手を入れた。
 これで大吉だったら笑える。
 わたしはおみくじを手に取り、人の流れの邪魔にならない場所へと移動した。
 おみくじを開く――<大吉>。スピーカーから流れるひょろひょろとした笛の音が、怒りに似た感情を囃し立てる。わたしは紙をくしゃっと右手に握り、拳を見つめた。
 ドン!
 うるさい音が鳴る。空を見ると花火が散っていた。まわりから「きれい」と感嘆の声が聞こえてきた。
 つまんない。帰ろう。
 わたしは神社を出て商店街を走った。わたしもきれいって言われたかった。かわいいって言われたかった。
 下駄が商店街のタイルをみじめに鳴らす。それは花火の音に紛れ、見向きもされないまま消えていく。
 花火はいつまで鳴るのだろう。
 わたしは手首のスマートウオッチを見た。無様に走るわたしを笑うかのように、そこには<6.6km/h>と表示されていた。

 
 結末まで書かれていない物語をぼくは音読し終えた。緊張で脚は震え、汗ばんだ手にプリントがくっついている。
 前にいる国語の先生は言った。
 「ありがとう。ごめん、何くんだったっけ。名簿になくて。転校生だよな」
「岸です」
「岸くんか。じゃあ代表して読んでくれた岸くんに皆さん拍手を」
 ぼくは拍手を浴びながら椅子に腰掛けた。ふうと息をつく。
「さて、ここで、先生から皆さんにサプライズがあるぞ」
 教室がざわめく。
 「では、先生どうぞ」
 先生が扉に向かって呼びかけると女性が教室に入ってきた。
 前の席の女子はキャーと声を上げ、興奮している。
「やっぱりそういうことなんですね」隣の席の男子が立ち上がった。
「どういうこと?」ぼくは彼に聞いた。
「先生たち付き合ってるって噂があってな。しかも、あのふたりの名前<太郎>と<しょうこ>なんだよ」
「さっきの物語と同じ名前だ!  もしかしてあれは馴れ初めで……」
 太郎先生がしょうこ先生の隣に立った。物語の結末がそこにあった。
 静かになる教室。皆、ふたりの発言に耳を澄ましているようだ。
   太郎先生は気をつけの姿勢で宣言を始めた。
「みなさん。これからは、しょうこ先生と協力し合って――」
 次の言葉を待たずに黄色い声が教室に響く。
 サプライズってまさか!
 クラスの全員が立ち上がる。
「――小テストを実施します」
 え?
 ぼくたちは顔を見合わせた。
「解答はさっき配った問題文のプリントの裏に書くんだ。では、数学のしょうこ先生よろしくお願いします」
「分かったわ。ということで皆さん。これからする質問に対して問題文をよく読んで答えてください」
 は?
「この日、太郎の顔が四度目に赤くなると予想されるのは、心が完全にすれ違った瞬間から何分後だと考えられますか?  なお、しょうこは出会ってすぐにくちづけを届けるものとする。5分で解答してください。用意、始め」

 


A.170分後


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