なぜ僕は無償で他社プロダクトを宣伝するのか?
どうも、エンジニアのgamiです。
最近、とあるソフトウェアスタートアップの立ち上げをしている知り合いからランチに誘われました。なんでも「プロダクトのユーザーを増やすためのコンテンツマーケティングについて聞きたい」ということで、一緒にうどんを食べながらあれこれ話をしてきました。
僕自身は仕事でもプライベートでも「マーケティングをしている」という自覚はほとんどありませんが、noteやTwitterなどのSNSやイベント登壇での発信活動は細々と続けてきました。そこで考えていることをつらつら話したところ、その知り合いにも得るところがあったようです。今回のnoteでも、マーケティングを専門としない自分の言葉で、一般に「マーケティング」と分類されるような領域の話を書いてみたいと思いました。
"Software Is Eating The World" と言われるように、世界ではソフトウェアやそれを中心に据えたプロダクトが増え続けています。そんな中で新しくソフトウェアを作って事業を立ち上げようとしても、ユーザーを獲得し続けることの難易度は上がっています。今回は、主に個人利用もできるようなクラウドサービスを念頭に置きつつ、プロダクトのユーザーが自ら新しいユーザーを連れてくるような状態をどう作るかについて考えます。
大抵の人は「知っている人が使ってるプロダクト」しか使い始めない
前提となるソフトウェア市場への認識を揃えるために、例として人が新しいSaaSプロダクトを使い始めるタイミングについて考えてみましょう。ここ数年であなたが自分の意思で使い始めたSaaSはあるでしょうか?それはどんな基準で選んだり使い始めたりしましたか?
僕が個人的に使っているSaaSを使い始めた経緯は次の通りです。
これを見ると、「知り合いに紹介された」とか「知っている人が使っていて良さそうだった」といった理由が多いことがわかります。
そもそも現在の我々が新しいソフトウェアを使い始めようというとき、「それが無いと生活に支障をきたす」というレベルの切迫感を持って利用を開始するということはほとんどありません。よほど目先の強い目的があるか、自身がソフトウェアオタクであるかしない限りは、周りの誰も使っていない新しいプロダクトを自ら使ってみようとは普通は思いません。そんな状況でも大した理由なくプロダクトを使い始めてみるとすれば、知っている人がそのプロダクトを本気で推しているのを見たときくらいです。
プロダクトを提供する事業者目線でいえば、「プロダクトを広く知ってもらう」ことだけではなく「実際に使ってもらう」とか「人に薦めてもらう」というアクションを取ってもらうことが重要になります。
それっぽいモデルに落とせば、次のようなファネル図になります。このモデルでいえば「"知っている" の人数」と「"使ったことがある" や "人に薦めたことがある" に転換する人の割合」をKPIとして追うべきといえます。
実際、サービス等の顧客ロイヤルティに関する評価指標として広く使われているNPSのアンケート設問も「このサービスを親しい友人や同僚に薦める可能性はどのくらいありますか?」というものになっています。
なぜファンはプロダクトを無償で宣伝するのか?
僕自身、自分が普段使っているプロダクトについてnoteで記事を書いたりYouTubeで紹介動画を作ったりしてきました。もちろん、特に事業者側からお金を貰っているということもなく、勝手にやっていることです。個人の発信者は、なぜプロダクトを勝手に他に人に広めてくれるのでしょうか?
僕個人としては、こうした発信をするモチベーションは主に3つあります。
1つは、単に発信のネタが欲しいからです。定期的に記事や動画を作って発信している人であれば、「最近使っているプロダクトについて書くかー」みたいなことがよくあります。シンプルですね。
2つ目は、本当に良いプロダクトを世の中に広めたいからです。たとえば個人的な思想として「Excelを使っている人の多くがGoogleスプレッドシートを使うようになったりOS標準のメモ帳を使っている人がesaやNotionでメモを社内共有するようになったりすれば日本の生産性はもっと上がり楽しく価値ある仕事に集中しやすくなる」などと本気で思っています。逆に言えば、実際に使っているプロダクトであっても「これは微妙だな」と思ったらSNSなどでは全く言及しません。
3つ目は、個人としてのブランディングのためです。すべての発信について強くブランディングを意識しているわけではないですが、「〇〇についてよく発信している人」という見られ方をすることが自分の活動や人とのつながりを広げてくれる場合があります。他の人の例を見ても、たとえば「NoCodeツールにめっちゃ詳しい」とか「Notionを使いこなすのが得意」みたいなブランディングをしている人をよく見ます。
特にTech界隈で趣味的な発信活動をしている人の多くは、それによって短期的な利益を得たいとはあまり思っていないように見えます。どちらかと言えば、楽しく続けている発信活動の結果として他の誰かや未来の自分に少しでも役に立てばいいなあ、という緩い気持ちでやっています。逆に言えば、楽しくなければ発信は続けられないし、誰かの役に立つと思えない情報は発信したくありません。
事業者側がユーザーによる口コミ的な発信を増やしたいとすれば、こうした発信者のモチベーションを知ってそれを支援する必要があります。
ファンに金銭以外の報酬を得てもらう
真面目にコンテンツマーケティングを考えれば、お金を払ってプロダクトの紹介記事を作るということもよくあります。自社のオウンドメディアに社員やライターが記事を書いたり、外部メディアに記事広告を出稿したり。こうした活動はもちろん重要です。
しかし、お金の匂いがする情報発信はどうしてもポジショントークになりがちで受け手からも警戒されてしまいます。「自社のプロダクトだから良いことばかり書いてるんでしょ?」と、ついつい穿った目で見てしまいます。
ユーザーの自発的な発信には、こうした胡散臭さがありません。発信者が自分の知っている人であればなおさらです。そうなると、事業者としては自社の直接的な発信活動だけではなく、いかにファンコミュニティを育ててファンに発信してもらうかも同時に重要になります。前述したような発信者のモチベーション構造を前提とするなら、お金に依らない報酬をいかに発信者に与えられるかが肝要です。
まずは「このプロダクトが世の中に広まって欲しい」と心から思ってもらえるプロダクトを作ることが第一です。たとえ最初は少人数であっても、これは本当にいいものだと心から思ってもらえるような価値を作ることが大切です。発信者からすれば、価値あるプロダクトの普及に協力できることそれ自体が報酬になり得ます。
発信をするファンの背中を押してあげることも、SNSであれば割とすぐにできます。僕自身の経験でいえば、たとえばesaというプロダクトについてTweetするとesaの公式アカウントからほぼ必ず「いいね」してもらえます。発信者としては、発信したことをプロダクトの中の人に認めてもらえたようでとても嬉しくなりまた人に紹介しようという気持ちになります。
事業者がより直接的にユーザーを巻き込んでコンテンツを生み出していくケースもあります。僕は仕事でSlackアプリの開発に関わっていたことがあり、Slack Japanの方から「コミュニティイベントに登壇してSlackアプリの新しい機能について紹介してくれないか」と頼まれたことがありました。特に金銭的な報酬が発生するものではありませんでしたが、Slack JapanのオフィスでSlackユーザー向けに登壇ができる場を設けてもらったこと自体が僕にとっては楽しく名誉なことであり、喜んで承諾しました。
企業と個人の共犯関係
ここまで僕の経験から、プロダクトのユーザー拡大を裏で支える個人による情報発信について考えてきました。
僕はこうした発信活動について、主にはエンジニアコミュニティから学んできました。エンジニア界隈ではインターネット上に情報を発信する人が本当に多くいます。技術系のカンファレンスに参加すればTwitterで実況し、自分が使っているフレームワークやライブラリの技術情報はQiitaやZennなどの記事にまとめ、勉強会に登壇したらスライドをSpeaker Deckで公開します。これらの発信活動は、あまり短期的な利益を見込んで行われるわけではありません。
注目すべきは、多くのITエンジニアが所属企業を明確にした上で技術情報や自社プロダクトについての発信をしているということです。名の知れたエンジニアたちは、「〇〇さんが所属するあの会社」とか「〇〇さんが開発に関わっているあのプロダクト」という認知を界隈に広げます。彼らの所属企業の多くは、採用やプロダクト認知の拡大につながる広報活動を自発的に担うエンジニアを高く評価します。発信に積極的なエンジニア個人は、会社だけではなく採用市場からも高く評価され、転職が少し有利になったりします。企業と個人のある種の「共犯関係」によって、個人を媒介にした企業やプロダクトの認知拡大が自然と行われています。
エンジニアに限らず、会社に所属する人は常に「会社の一員」と「私的な個人」という2つのアイデンティティを使い分けています。世の中の潜在的ユーザーが「プロダクトを本気で推している個人」の熱量に動かされるとすれば、まずはプロダクトを提供している会社の社内にいる個人から情報発信を始めるべきとも言えます。一方、「会社の一員」のアイデンティティが色濃く出過ぎている情報発信は、受け手から胡散臭がられます。あくまでも「会社に所属している個人が自分の意志で発信している」という状態(に見えること)が求められます。
スタートアップや外資系Tech企業では、所属するメンバー個々人に対する認知を通じて会社やプロダクトの認知を広げるような戦術が取られているケースをよく目にします。社員個人の名前がTwitterなどのメディアを通じて広く知られれば、企業としても「あの人が所属する会社やプロダクトだ」という認知が取れます。こうした個人を介した認知は、信頼感の醸成につながります。
一方で前回の記事でも書いた通り、企業が個人を信頼して発信を任せるのは、一般に大企業になればなるほど難しくなります。逆に言えば、企業がうまく社内外の個人と協力しながら自社プロダクトへの認知や信頼を獲得し続けられれば、大きな競争優位性につながります。
ぜひみなさんも、個人としての情報発信を強めてみてはいかがでしょうか?それはきっと、あなたが所属する組織の事業にもあなた個人のブランディングにもプラスになるはずです。
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