なぜゲームアプリは無料なのか?
どうも、エンジニアのgamiです。
スタートアップ界隈で働いていると、事業のビジネスモデルについて考えることがよくあります。マネタイズの方法、料金プラン、課金方法、などなど。
昔の僕は、「ビジネスモデル」などというものに全然興味がありませんでした。しかし最近では、ビジネスモデルの選択がコンテンツ、プロダクト、技術選択など様々な要素に影響を与えることに気付き、面白さがわかってきました。
先日、ある雑誌で「無料とはなにか」という特集を読みました。そこには無料メディアの功罪や、贈与と売買の違いなどについて書かれていました。
考えてみれば、ニュース記事やゲームやYouTube動画が無料で見られるというのは、おかしな話です。今では当たり前過ぎてその「おかしさ」を忘れてしまっている訳ですが、今回は改めて「無料」に関するビジネスモデルや、それらを実現可能にしたテクノロジーについて考えてみます。
新聞王ジラルダンが発明した、無料を生むビジネスモデル
「無料」というのは、「価格が0である」とも言いかえられます。
消費者からすれば、無料と有料との間にはかなり質的な違いがあります。1円でも支払うためには、財布を出したりクレジットカード番号を入力したりしないといけないからです。
他方、事業者側としては、「価格を下げ続けたら無料になった」という視点があるはずです。何かを提供する以上は、それに付随するコストがかかります。その何かを経済的合理性を保ったまま提供し続けるためには、コストを相殺するための仕組みが必要です。最も基本的なビジネスモデルは「有料で販売してコスト以上の売上を得る」というものです。そこに別のビジネスモデルを導入することで、価格を下げることが可能になります。であれば、コストに見合う価格と無料との間は連続的であり、その中には「かなり割安」とか「ちょっと割引されている」などといったグラデーションがあるはずです。
19世紀フランスを生きた新聞王ジラルダンは、あるビジネスモデルの導入によって新聞が無料でも成立できることに気付きました。
実際、我々の身の回りを見ても、無料なものや割安なものには様々なバリエーションがあります。テレビやフリーペーパーなどは、全コンテンツが無料で見られます。ゲームの無料体験版やシャンプーの試供品は、通常版よりも利用が量的に制限されています。フリーミアムなゲームアプリでは、無料でも全てのコンテンツを遊べますが、お金を払うと有利に進められます。ゼクシィや家庭用プリンターやAmazon Primeなど、単体で見ると明らかに割安ですが、別の収入源でコストを補填しています。
なぜゲームアプリは無料なのか?
ここまで「コストに見合わないほど価格が下げられた例」を見てきました。その中でも、価格を下げる要因は様々あります。簡単に整理してみましょう。
新聞王ジラルダンの引用で見たように、一般に価格を下げるとより多くの人にリーチできるようになります。人が集まれば、「認知獲得」という価値が生まれるため、価格が安い分を認知獲得の価値で補填できます。
他社に認知獲得の手段を提供するものが、広告です。ご存知のように、無料(または低価格)のコンテンツメディアのほとんどが広告を活用したビジネスモデルによって成り立っています。
他方、無料でサービスをバラ撒くことで自社の認知獲得につなげようとする動きもあります。無料体験版や試供品を配ることで顧客を獲得する場合、コスト分はマーケティング予算から補填されます。多くのゲームアプリに見られるフリーミアムモデルも、無料だからこそたくさんのユーザーが獲得でき、その中の何割かがお金を払ってくれれば全体としては黒字になります。
特にプラットフォーム性の高い事業の場合は、価格を下げて顧客を獲得し自社プラットフォームに囲い込むような動きも増えています。家庭用プリンターやひげ剃りは、本体価格を安く抑えることで利用者を増やし、インクや替刃で継続的な利益を上げられるようにしています。Amazon Primeも、動画視聴目当てで加入した人がついでにAmazon EC側で買い物をすることを見越して、かなり安いサブスク料金が設定されています。いずれも、利用継続率が高く、かつ個々の顧客から長期的にお金を取れるビジネスモデルの場合は、エントリーの価格をかなり安くしてでも顧客の獲得を追い求めます。一度囲い込んでしまえば、払ったコストは後からいくらでも回収できるからです。
また、ゲームアプリなど一部のプラットフォームは、ユーザーが多いほど個々のユーザーが得られる便益が大きくなります。たとえば多くの人がプレイしている人気のゲームをやった方が、友達との話題作りにもなるし、レベルが上がれば色々な人に自慢できて名誉欲がより満たされます。こうした作用のことを、ネットワーク外部性と呼びます。ネットワーク外部性が強いほど、無料の力で早期にユーザーを大量獲得することの合理性が高まります。
無料を実現するデジタル技術
デジタルコンテンツやソフトウェアの世界では、無料でアクセスできるものが爆発的に増えています。「無料」を活用したビジネスモデルは、どのようなテクノロジーによって拡充されたのでしょうか?
そもそも論でいうと、デジタルコンテンツは複製や流通のためのコストがほとんどかかりません。物理的な本に印刷や運送のコストがかかるのとは対照的です。コストが低ければ、もちろんその分だけ無料にしやすくなります。
また、インターネットやスマートフォンの普及によって、あらゆる人がインターネットに常時接続されるようになりました。結果、デジタルコンテンツの潜在的なユーザーが爆発的に増え、マスにリーチできるチャネルができました。多くの人にリーチできるということは、広告やマーケティング上の価値を獲得しやすいことになります。
さらに、課金ポイントが多様化したという点も重要です。電子決済が広がり、またインターネット接続が前提となったことで、「無料でバラ撒いて後から課金する」というビジネスモデルが採用できるようになりました。ゲームアプリを無料にできたのは、ユーザーがいつでも簡単にお金を払える状況を作れたからだと言えます。ゲーム内のアイテム購入に銀行振込が必要だったら、ほとんどの人は面倒臭がってお金を払いません。
また、ここまでほとんど触れられませんでしたが、無料コンテンツを大量に生み出すプラットフォームとして、SNSがあります。SNS上のコンテンツとはUGC(User Generated Content)であり、コンテンツの複製や流通だけではなくコンテンツ作成までもがほぼゼロコストになります。夢のようなシステムですね。ブログ、掲示板、SNSの浸透でUGCが増え続けた結果、コンテンツの価格破壊が起きたという側面もあります。
無料の功と罪
事業者からすれば、新しいビジネスモデルやテクノロジーによって「無料で提供する」という選択肢が増えたことは、強い武器になります。特にユーザー獲得においては、それまで他社媒体に広告を出すしかなかったところが、無料で自社製品そのものをバラ撒いて潜在的なユーザーを顕在化してつながれるようになりました。パズドラやモンストの爆発的なヒットには、間違いなくフリーミアムという発明が寄与しています。NotionやSlackなど一部のSaaSもフリーミアムモデルを採用しています。
他方、ある業界の商品価格がググッと下がると、その業界におけるビジネス上のルールは大きく変わります。一度無料の味を知ってしまったユーザーは、理由が無ければお金を払わなくなるからです。たとえば、2000年代の音楽業界でも価格破壊が起き、CDが昔ほど売れなくなりました。
さらに、他社広告への依存度が強いメディアでは、また別の問題が起きています。それは「とにかくユーザーに見られるコンテンツを作れば儲かる」というルールが支配的になることから起きる問題です。たとえばYouTubeには良質なコンテンツもたくさんありますが、一方で人々の注目を集めやすい陰謀論や偏った思想に塗れた動画も大量にアップロードされています。また動画数が多いほど広告表示数も多くなるため、質の低いコンテンツが大量に日々生み出されていきます。
もちろん、プラットフォーム側の自主規制によってクリティカルな問題を回避できる場合もあります。しかし、「見られたもん勝ち」のビジネスモデルに乗っかる以上は、根本から状況を変えることは難しいといえます。実際、ブロガーの間ではPV数が、YouTuberの間ではチャンネル登録者数が多い人ほど崇め奉られ神格化されています。
コンテンツを一部有料化しアクセスできるユーザーを限定する仕組みのことを、ペイウォール(paywall)と呼びます。広告に依存し「見られたもん勝ち」の世界を作ると、その中のコンテンツや理念自体も歪んでしまいます。最近では、ペイウォールを立てて無料の世界から自分たちを隔離するメディアやコミュニティも増えています。
僕が最近よく見る配信プラットフォームのシラスも、冒頭の無料視聴部分以外はすべて有料であり、ニッチで知的な議論やSNSに出したら炎上しそうな主張も飛び交っていて非常に楽しいです。また僕自身も有料noteをやってみていますが、炎上を恐れずに発信ができるというのは、今のインターネットにおいては貴重な体験であると感じます。無料こそ正義というマスの世界から一歩引いて、ニッチな領域で少なくも温かいメンバーを集めるようなコミュニティが増えると良いなと僕は思っています。
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