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「デジタル」って何? 「IT」とどう違うの?

こんにちは、エンジニアのgamiです。

僕は『仕事を楽しくするデジタルリテラシー読本』というnoteマガジンの週刊連載をしています。つまり、「デジタル」を冠したテーマの記事を毎週書いているわけです。

実は現代において、「デジタル」という言葉が表す意味を正確に把握するのはかなり難しくなっています。もちろん、「デジタル」の元の意味は割とシンプルで、辞書を引けばすぐに出てきます。しかし最近のビジネスシーンで「デジタル」という言葉が流行った結果、「デジタル」は様々な人の思いを帯びた難しい言葉になりました。

一方、「デジタル」関連市場が盛り上がった結果、例によってクソみたいなポジショントークが満載のわかりにくい「デジタル」解説記事も増えました。「デジタルとは」と検索しても、ただ元の意味をわかりにくく説明しているか、謎の論理の飛躍を経て自社サービスに誘導されるような記事ばかり見つかります。

今回は、そんな「デジタル」という言葉のニュアンスやそこに込められた思いについて考えます。もちろん発信者や文脈によって言葉の意味も変わるので、あくまでもDX(デジタルトランスフォーメーション)的な文脈で語られる「デジタル」を僕なりに解釈した内容について説明します。


「デジタル技術」と「IT」は、ほとんど同じ

「デジタル」という言葉は、しばしば「IT」と置き換えても違和感がない使われ方をします。「デジタル技術」と呼ばれることもあります。「デジタル技術」と「IT」はどう違うんでしょうか?

「デジタル」は本来、データの形式を表す言葉です。離散的なデータを「デジタルデータ」、連続的なデータを「アナログデータ」と呼びます。要は一般に「デジタル」とはデータに関心がある場合に使う言葉ということです。「デジタル技術」とは、本来の意味では「デジタルデータを扱うための技術」ということになります。

一方、「IT」とは「情報技術(Information Technology)」の略です。「情報」とは、(学術的な意味を問うと色々ありますが、)「意味のあるデータ」という意味の言葉です。また、現代のビジネスシーンで扱われるような情報処理技術は、そのほとんどがアナログデータではなくデジタルデータを対象にしているはずです。つまり「IT」を「デジタルデータを扱うための技術」と言い換えてもそこまで間違ってはないでしょう。

そうなると、「デジタル技術」と「IT」は本来の言葉の意味としてはほとんど変わらないということになります。

「滑らかなもの」がアナログ、「カクカクしたもの」がデジタル、という誤解

ただし、「IT」という広く普及した言葉をあえて「デジタル」と言い換えているところには、何らかの意図があるはずです。もうちょっと深く考えてみましょう。

まずは、デジタルデータに対するイメージを揃えておきます。

アナログと比較したデジタルのイメージでよくあるのは、「デジタルデータはコンピュータで扱えるようにするために0と1に変換されています」というものです。これは技術的には間違っていないのですが、このイメージを引きずるとデジタルとアナログの違いに対して誤解を生むことがあります。それは、「滑らかなもの」がアナログ、「カクカクしたもの」がデジタルという誤解です。

このイメージは、一昔前なら間違っていなかったかもしれません。しかし、コンピュータが扱うことのできるデータの量が増えた結果、「滑らかなもの」であってもデジタルデータとして扱うことができるようになりました。

たとえば私たちは滑らかでとても美しい4Kの映像をYouTubeで見ることができます。インターネット回線を通じて映像をストリーミング再生することになるので、当然これはデジタルデータです。

もちろんめちゃくちゃ拡大していけば、4Kだろうが8Kだろうが、最終的には「カクカクした」画素が見えてくるでしょう。ただし、映像データや音声データがアナログかデジタルかという違いは、人間の知覚にとってはあまり意味がありません。(アナログレコード好きには怒られそうですが。)

じゃあそのアナログとデジタルの違いは誰にとって重要かというと、直接的には人間ではなくコンピュータにとって重要ということになります。

「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げないとやばい」

「デジタル」は本来、単純にデータの性質を表す言葉でした。しかしここ数年の「デジタル」という言葉の使われ方を見ていると、一部の人間のある強い思いを明らかに感じます。それは、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げたい。そうしないとやばい」という思いです。全てがアナログで連続的なこのリアルワールドにある何かをコンピュータでも扱えるようにするには、ある視点でそれを切り取ってデジタルデータ化する必要があります。その意味で、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドに広げる」というニュアンスを「デジタル」という言葉に込めるのは、自然な感じがします。

ちなみに「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げたい」と聞くと、「なんかコンピュータに支配されそう」という印象を受けてアニメ『PSYCHO-PASS』のような世界観を想像するかもしれません。しかし実際にはもっとポジティブな世界を想定しています。この辺りは、年始のnoteに書いたので読んでください。

「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げないとやばい」と言われる主な理由を1つ挙げるなら、それが人間がやっている「非人間的な仕事」の一部を大幅に減らしてくれるという期待があるからです。たとえば「デジタル時代の寵児」とも言えるキャッシュレスの分野でいえば、元々は「お金の存在する場所によってそのお金の所有者が決まる」といった超物理的でアナログなルールをベースに多くの決済が行われていました。それをデジタルデータの更新だけで済むようにしたのがキャッシュレスです。本来お金の管理ややりとりという行為は何かを買うという体験の価値とは関係が無いはずであり、コンピュータが代替してくれるならそれが望ましいということですね。これについては、『アフターデジタル』の無人レジに関する説明がわかりやすいので、少し長いですが引用します。

「無人化」というとどんどんサービスが機械化していく印象がありますが、実際には従業員とよりコミュニケーションを取り、より人間的で温かいサービスを提供するプレイヤーが生き残っています。これは、リアル店舗での顧客との接点の価値が変わっていく大きなポイントではないかと思っています。こうした現象について、「ツイッター」の共同創業者であり、急成長を続けているモバイル決済「スクエア」の創業者でもあるジャック・ドーシーは「シンプリファイズ・ザ・ワールド」と呼んでいます。ドーシーは、「決済という作業は、商品を売る側と購入する人が仕方なくやらなければいけない行為で、もしこれを短縮したり不可視化できたりすれば、買い物という行為は本来の人間対人間のコミュニケーションや物語の交換に戻って、売りたい人と書いたい人の意識が一瞬でつながることができる」と話しています。

(『アフターデジタル』3-2. 「レアな接点」に価値がある時代)

特に日本の場合、価値観やニーズは多様化して多くの事業や仕事の難易度は上がっていくはずなのに労働人口はどんどん減っていくといった状況です。「人間」という貴重な存在をなるべく浮いた状態にするためにも、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げないとやばい」となるわけです。もちろんそれは多くの国に共通の課題でもあるので、うまく対応できると日本の国際競争力も上がるはず、という期待も(主に経産省あたりに)あると思います。

じゃあDX(デジタル・トランスフォーメーション)って何なの?

ここまでの「デジタル」をめぐる議論をまとめると、次の通りです。

●「デジタル」とは本来データの性質を表す
「デジタル技術」とは本来デジタルデータを扱う技術を意味し、それは「IT」と大して変わらない
ただし、最近ビジネスシーンで使われる「デジタル」という言葉には、ある思いが含意されている
それは「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げないとやばい」という思いである

そんなわけで、最近の「デジタル」という言葉は「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げていくための技術や活動」という意味を帯びている、というのが僕の理解です。

DXについて調べていると、「DXを実現するためには2つのデジタル化が必要だ。それはDigitizationとDigitalizationである」みたいな説明を見ることがあります。DigitizationとかDigitalizationも、雑に言えば「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げていく」ということの適用範囲や捉え方の話でしかありません。DXも、「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げていく」ということを経営目線で考えるとITへの向き合い方とか組織構造とか色々変えなきゃいけないよね、みたいな感じです(雑)。

このnoteで説明したような「デジタル」観を持っていると、DXに関する文章もかなり読みやすくなると思います。ぜひ実際の記事や書籍なども読んでみてください。

なぜエンジニアはバズワードが嫌いか?

このnoteで言いたかったことはここまでで全てです。最後に蛇足をつけておくので、読みたい人はマガジンの購読をしてください(宣伝)。

ここまで説明した意味での「デジタル」というのは、ある種のバズワード感を帯びてきています。しかし、少なくとも僕が知るITエンジニアたちは、こうしたバズワードから距離を取りたいと思っているし、このnoteで説明した文脈での「デジタル」という言葉は日々の仕事では使いません。それはなぜか?

ITエンジニアたちのカルチャーにどっぷり浸かっていると、バズワードに対するある種の嫌悪感を感じるようになってきます。それは、自分たちの日々の細かい研鑽や緻密な思考の積み重ねが、バズワードの一言で単純化され軽視されてしまうようなシーンがよくあるからです。「クラウドとAIで何とかしてくれ」みたいなことを言われると、「予算や納期は決まってますか?どんなプロダクトをどんなプロセスでどのような体制で作るのかも詰めましょう。でもたぶん今あるデータだと大したことできないので、必要なデータを集めて分析できるようにCDPとかDWHから整備していった方がいいんじゃないですかね?」みたいなことを早口で捲し立てたくなるわけです。

「IT」とか「デジタル技術」という言葉も、まともなプロダクト開発の現場でエンジニアが口にする機会はほぼ無いと思います。なぜなら、ITエンジニアにとっては「IT」を使うなどといったことは当たり前のことであり、仕事上の関心事はもっと細かい粒度のテーマにあるからです。もちろん「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げていく」ような仕事にエンジニアが関わることもあるでしょう。しかし、たとえばリアルワールドの人間の動きをセンサーでトラッキングしてデジタルデータ化しましょうという案件があれば、そこに必要なのはセンサーに関する技術や人間の動きを扱いやすいデータに変換する技術であり、「デジタル技術」などというフワッとしたよくわからないものではありません。

そんなカルチャーで働いてきた僕も、次第にビジネス臭いバズワードを毛嫌いするようになりました。

しかし最近では、ITリテラシー格差を肌で感じる機会も増え、「なぜバズワードが生まれるか」みたいな事情もわかってきたことで、昔ほどの嫌悪感は無くなりました。

もちろん全てのバズワードが社会を良い方向に変えるかというとそんなことも無いとは思います。ただし特にDXというムーブメントによって実現されようとしている社会像にはとても共感するところが多く、「デジタル」という言葉に自分の人生の一部をbetしてもいいかなーという気持ちになりました。そんなわけで、自分も「コンピュータが扱える領域をリアルワールドにもっと広げないとやばい」という感覚があり、「デジタル」というバズワードを冠してマガジンをやっているのでした。

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同僚と飲むビール1杯分の金額で、飲み会で愚痴るよりもきっと仕事が楽しくなる。そんなコラムを月に3〜4本お届けする予定です。

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