楽しく働くための『アフターデジタル』の読み方
こんにちは、エンジニアのgamiです。
2019年3月に発売された『アフターデジタル』という本があります。
名前は聞いたことがあったのですが、「まあそんな目新しいこと書いてないだろう(失礼)」と思って読まずにいました。しかし、ふと会社の本棚で見つけて読み始めたら、想像の20倍くらい良い内容でした。どのくらい良かったかというと、内容をMarkdownエディタに要約しながらみっちり読んで、こんな感想noteまで書いてしまうほどです。
特に共感したのは、あとがきの章題にもなっている「デジタルは人の善さを引き出し、コツコツが認められる社会のために」という態度です。僕は、「楽しく働く人を増やす」という個人的なミッションを掲げて仕事や趣味のアウトプットをしています。その「楽しく働く」という視点でこの本を読んでみると、現代において「楽しく働く人を増やす」ためのヒントをたくさんもらうことができました。
有名な本なので普通の書評は探せば腐るほど見つかると思います。そこで今回は「楽しく働くために」という視点で、あなたが『アフターデジタル』を読みたくなるようなnoteを書きたいと思います。
なお、この後で色々と正解っぽいことを書きますが、この本の肝は論旨を裏付ける豊富な実例です。このnoteを読んでわかった気にならず、ぜひ原典も読んでみてください。
ゲームルールが大きく変わる時代の楽しさ
この『アフターデジタル』では、一貫して1つのテーマが語られています。それは簡単にいうと、「多くのビジネスの根底にあったゲームルールがガラッと変わりました。それに合わせて組織構造、事業戦略、ビジネスモデルなどを見直しましょう」ということです。
その新しいゲームルールが何かについては後述しますが、それは歴史的に見ても大きな変化で、「第四次産業革命」とも呼ばれています。(ちなみに現在Wikipediaの「第四次産業革命」には、この本の枠を大きく超える多様な領域に関する内容が書いてあって、カオスである。)重要なのは、第二次産業革命によって「石炭と蒸気機関の世界」が「石油と電気の世界」に大きく変わったように、現在もめちゃくちゃ大きなゲームルールの変化が起きて産業構造や国家のパワーバランスにまで影響を与えているということです。このこと自体が、50年後の人から「その当時に仕事したかったわー」と思われる可能性もあるほど、貴重な体験になり得るかもしれません。実際、スマートフォンと呼ばれる奇怪なデバイスが世界的に普及し、ヒトがインターネットに常時接続されるようになってから、まだ10年前後しか経っていません。自分たちがこの激動の時代に立ち会えているということが、すでに楽しい。『アフターデジタル』を読んでいると、そんな気持ちになります。
とにかく顧客体験を改善してデータを集めるゲーム
ではその新しいゲームルールとは何か。それは、人間の「行動データ」を広くたくさん集めてうまくビジネスに活用した者が圧倒的に勝つ、そんなゲームです。スマートフォンやセンサーの普及によって、オンラインだけではなくオフラインの行動データも集めるハードルが下がりました。モバイル決済の普及も相まって、人間がどのように移動しどこで何を買ったかをデータとして集めることは、技術的には容易になってきたのです。
しかし、「行動データをたくさん集めてビジネスに活用する」と聞くと、なんだか恐ろしい感じがします。それは世のユーザーにとっても(きっとあなたにとっても)普通の感覚で、「あなたの昨日の行動データをください」と言われて「はいどうぞ」というユーザーはほとんどいません。
ではどうやって「行動データ」を集めるか。それがこのゲームの裏ルールで、「とにかく顧客体験を改善しまくって、顧客に自社やサービスを好きになってもらい、顧客との接点をたくさん持ち続ける」ということになります。
前にミシュラン三ツ星レストランで働いていたことがある同僚に聞いた話ですが、そのレストランでは常連客が過去に誰と来店し、何を食べ、何を美味しいと言ったかなど、事細かに記録(あるいは記憶)するのが当たり前だったそうです。それによって、前回来店時の話をしながら再訪に感謝したり、前に食べたものと被らないようにメニューを変えたり、過去の秘密の来店を同行者に隠したり、顧客毎に異なるきめ細やかな対応が実現されています。それはまさに、「過去の顧客の行動を知っているからこそ実現される顧客体験」です。
ヒトは一般的に、自分が好きな人や会社にだったら、自分のことをもっと知ってもらいたいと感じます。また、企業は顧客のことを深く知れば知るほど、その顧客により合った体験を提供することができます。
つまり、企業は良い顧客体験を提供して顧客に自社を好きになってもらい、その結果さらに顧客のデータが集まり、そのデータを使ってより良い顧客体験を提供し、...といった顧客体験の(あるいはデータ蓄積の)正のループを回し続けることがとても重要になります。
「顧客体験価値の向上という理想を直接的に追い求めることが、事業戦略上も重要になった」というゲームチェンジは、考えてみたらとてもすごいことです。もっとわかりやすく単純にいうと、「目の前のお客さんを幸せにし続けた会社が儲かります」ということです。会社のビジョンとしては「顧客第一」みたいなことを言っていても、とはいえ目の前の仕事は「売上」や「顧客獲得数」や「自社サイト訪問数」や「広告クリック率」など、直接的に顧客体験とつながるわけではないKPIを追っていることがほとんどでしょう。本来多くの企業は、誰かを幸せにしたり、誰かに良い体験を届けたりするために経済活動をしているはずです。それを現場レベルでも直接的に意識しながら働けるとしたら。自分の仕事が、顧客にとっても真に良いものだと信じられ、自社のビジネスモデル上もとても重要である。そんな状態を維持できたら、「楽しく働く」がかなり高いレベルで実現できたといえそうです。
ちなみに、先日書いたnoteで「テクノロジーは誰かの幸せのために使いたいよね」みたいなことを書いたのですが、このnoteを書く途中でたまたま『アフターデジタル』を読み始めたらまさにそんな内容が豊富な事例や深い洞察とともに綺麗に言語化されていたので、「もう全部『アフターデジタル』に書いてあるやん」となって萎えました。いい意味で。
最近流行りのDXは、ゴールではなくスタートである
とはいえ、ここまで書いたような話には、越えなければならない様々な前提があります。それをすっ飛ばして「今は顧客体験だけ考えていればいいんすよ!」と上司に言ったところで、何も変わりません。
最近のビジネス系の記事や本やセミナーでは、どこもかしこも「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を叫んでいます。経済産業省も、2018年には「DXレポート」、2019年には「DX推進指標」を取りまとめるなど、DXの神輿をノリノリで担いで日本企業の変革を促そうとしています。
DXという言葉で表される企業変革は、実は『アフターデジタル』で語られているような新しいルールのゲームへの参加資格を得るために必要なのです。そう理解すると、DXとかいう何かを言っているようで何も言っていない単語が、急に実感と熱量を帯びた言葉に見えてきます。
『アフターデジタル』のあとがきでも、まさに次のように書かれています。
なんだかよくわからないままDXの波に飲まれている人も、そのDXが「楽しい楽しい顧客体験とデータをめぐるゲーム」への参加資格だと思えば、それに至るプロセス自体も楽しむことができるんじゃないかと思います。DXは人の意識や組織構造を数年かけて変革しなければ実現できない大変なものですが、決してそれ自体がゴールではなく、新たな楽しいゲームのスタート地点なのです。
そんなわけで、『アフターデジタル』にはそんな楽しいゲームチェンジについて、具体的な事例や日本企業が何から始めればいいかが書かれています。あなたも『アフターデジタル』を読みたくなったでしょうか?もし今すぐ買いたいという方は、ぜひ下記リンクからどうぞ。
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アフターデジタルに書かれていなかった3つのこと
ここから先は、すでに『アフターデジタル』を読んだ人に向けて書きます。特に、アフターデジタルに明確に書かれていなかった3つの事柄について、僕の考えも交えながら述べたいと思います。
有料にしておくので、『アフターデジタル』を読んだら戻ってきてこのnote(あるいはマガジン)も買ってください(宣伝)。
さて、『アフターデジタル』に書かれていなかったことの1つ目は、UXグロースハックのためのツールの存在です。「4-3. 日本企業が変わるには」の中では、UXグロースハックの具体的な手法として顧客の「モーメントデータ」を使った分析を取り上げています。
この本の共著者の1人である藤井保文さんが所属している株式会社ビービットでは、USERGRAMというSaaSを提供しています。USERGRAMのサービスサイトを見ると、まさに本書に書かれているモーメント分析(サイトでは「シーケンス分析」と表現されている)のためのサービスであるように見えます。
しかし、『アフターデジタル』の中では特に紹介されておらず、「UX企画を支援するツールはない」と書かれています。
モーメント分析のためのツールを自社で一から開発するのは大変なのでまずはUSERGRAMなどのサービスを使った方がいいんじゃないかと思いますが、中立性を保つためかあえて触れていないような感じがしました(想像です)。
ちなみに僕ががっつり仕事で関わっているCXプラットフォーム KARTEも、本書の言葉を借りれば「モーメント分析」や「UX企画」に使えるサービスだと思います。そんなプロダクトを日々つくっているのもあって、この『アフタアーデジタル』を読みながらずっと僕は「めっちゃわかるーーー」と首を縦にブンブン振っていたのでした。
『アフターデジタル』に明示的に書かれていなかった2つ目のことは、プラットフォーマーとどう共存すべきかということです。アフターデジタル時代の産業構造の変化について、まえがきでは次のように書かれています。
本書で書かれている「プラットフォーマー」は、かなり大きな企業をイメージしているように読めます。あとがきでも、「支配される前に我々もプラットフォーマーにならなければ」という恐怖の声が紹介された後で、次のように書かれています。
こうした巨人に対抗する方法の一つがまさに「エクスペリエンスと行動データのループを回す」ことなのでしょうが、その結果としてプラットフォーマーとの関係性がどうなるのかについては、平安保険グループなど新しくプラットフォーマーになった事例を除けば、明言はされていなかったように思います。
もしも個々の企業が自社の経済圏を少し広げたような小さな独自プラットフォームまでを想定すると、「全ての企業がある程度のプラットフォーマーを目指すべきで、最終的には大小様々なプラットフォームが乱立する状態になる」という言説も妥当になるかもしれません。現に、たとえばリテール業界などでもAmazonなどの巨大ECプラットフォームに対抗してD2Cブランドが自社ECサイトを構築する例は増えています。ただ、「プラットフォーム」という言葉のイメージであるような「その上で他社がビジネスを展開するような事業」を全ての会社が実現できるとも思えず、かといって世の中の多くの事業が少数のプラットフォームに吸収される未来も想像できず、モヤモヤしています。特に、本書ではサービス業寄りの事例が多かったですが、メーカーはどうなるのか、農林水産業はどうなるのか、など業界を広げて思考を飛ばすと、考える余地がまだまだあって面白そうです。
とはいえ、PayPayが郊外の小規模小売店舗にまで広がっているように、「世の中のほぼ全ての事業がどこかしらのレイヤーで何かしらのプラットフォームに関与せざるを得ない状況」にはなりそうではある。
『アフターデジタル』に書かれていなかったことの3つ目は、企業やプラットフォームを横断したユーザー行動データの利用についてです。この世のビジネス全てを統べる大統一プラットフォームが1つに決まらない限り、どんなに顧客の行動データを集めても、どこかで分断してしまいます。もちろん自社プラットフォームへの依存度合いが高いユーザーの行動データを見れば、自社の理想の顧客体験を実現するには足りるという可能性はあります。ただ、真に生活者目線に立って究極的な顧客体験を志向した場合、いずれプラットフォーム横断の行動データが必要になるのは明らかです。たとえば、同様のサービスを複数併用していた場合に、データ入力は1回で済んだ方がユーザーにとっては楽です。またヘビーに使っているサービスを他社のサービスに乗り換えたとき、過去の行動データ(あるいはそこからわかるペルソナ的情報)を引き継げれば、乗り換え初日から自分に合った提案が受けられるかもしれません。もちろんプラットフォーム間でユーザーデータが勝手に売買される未来はディストピアでしかありません。ただし、エンドユーザーが自分のデータを管理し、それを自分の顧客体験のために企業に提供する未来が来る可能性はいずれ来るような気がします。もちろん、まだ確立されたビジネスモデルとして存在しない以上は本書に書かれていないのは当然なのですが。
『アフターデジタル』に書かれていなかったけれど僕が考えたことは以上です。実は『アフターデジタル』には『アフターデジタル2』という続編があり、僕はまだそれを読んでいないので、もしかしたらそっちに書かれてあったらごめんなさい。近いうちに読んで感想をお伝えしますね。
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