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灯過行-Epilog:SN3- サモンナイトU:X〈ユークロス〉 WEB限定短編連載【2】
大変お待たせ致しました。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉』完結後の後日談短編小説連載、その第二弾を公開させて頂きます。
※このシリーズは本編最終巻後のエピソードとなります。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉ー響界戦争ー』をお読みの上で楽しんで頂けますと幸いです。
灯過行 -Epilog:SN3-
きらきら。遠くでゆらめく光。
あれは信号灯。もう過ぎ去った瞬き。
だけど今は、目指すべき灯火。
逆しまに辿る―――確かめるために。
◆
「―――報告は以上となります」
「ご苦労だったな。次の任務に備えて今は休息をとっておけ、ウィル」
「はい。失礼いたします」
退出する義理の息子。その背に頼もしさを感じとり、アズリアは満足げに息をついた。
「やきもきさせられることも多いが、その分、成長していく姿に喜びを感じられるのは、教え子をもつ者ならではの幸せだな」
そうですね、とアティは同意する。
「師匠として不甲斐ない姿は見せられないから自身の襟を正すことにもなる。貴女にとってのウィルくんがそうであるように、そそっかしい私にとって、アリーゼちゃんの存在は大きいですよ」
「学生時代のお前はぽやんとしていて、たまに衝撃的な失敗をやらかしてたからな」
「そういうところはきっちり覚えてるんですね。忘れていいのに」
むくれるアティと愉快そうなアズリア。
手を取り合ってはしゃぐには、年を重ねすぎてしまったけれど。
予期せぬ再会に二人は感謝していた。
「それにしても、あのアティが弟子をとる立場になっていたとはな」
上級軍人を目指して切磋琢磨するクラスの中で、“そちらにはいかない”と公言していた変わり者。ただでさえ少ない同性の級友の中で異彩を放っていたアティは、自然とアズリアの興味を引いた。親しくなるほどにその素質の高さに驚かされ、卒業後は腹心の部下になってほしいと口説いたこともある―――結局、フラれてしまったが。
『私は人を癒やす術を学びたくて軍学校を目指した人間ですから』
当時の言葉どおり、アティは巡回医師として活躍していた。
僻地で病気や怪我に苦しんでいた人々が、彼女の治療によって救われたという。
海戦隊所属だったアズリアは、国境の地に左遷されて初めて、その事実を知った。
会ってみたいとは思ったが、多忙さゆえに機会のないまま時は過ぎて、今ようやくというわけだ。
「本当なら、もっとゆっくり語り合いたいところなのだがな……」
そうも言ってはいられまい。
今は危急存亡の時。
界と界とが相撃つ戦いが幕を開け、多くの生命が奪われ続けている。
白き龍神の秘蹟がもたらした一時の平穏も、夜明けと共に終わるだろう。
そして、決戦の火蓋が切って落とされる。
島の仲間たちからの通信によって、アズリアはその子細を把握していた。
弟が自らの意志で、再び【魔剣】を手にしたことも。
心配ではある―――が、いたずらに心をかき乱されることはもうない。
少なくない時を費やして、姉弟は互いの空白を埋めてきたのだから。
それぞれの意志を尊重し合えるだけの絆は結ばれていた。
それに―――あの島には、最強の護り手がいる。
「レックスくん、随分とすごい存在になっちゃってたんですねえ」
事情を知ったアティは、深いため息をつくしかなかった。
自分と同じ田舎育ちでありながら、あまりにも才気に溢れていた級友。
とりとめない会話を交わすことは多々あったが、微笑みの奥に隠しきれない懊悩が垣間見えて、生きづらそうだなと彼女は感じていた。
望まぬ形で英雄にされ、逃げだしたのに、より大きなものを背負うことになって。
最後は自身で望んだことだとはいえ、よく潰れなかったものだとアティは驚嘆している。
界の理にすら干渉できる【魔剣】を得て、その力に対して常に責任を負い続ける。
自分なら、絶対に耐えられまい。
あっという間に心をへし折られて、ぐたぐだになって泣いてしまうだろう。
「やむなきことも多かったとはいえ、あいつはもう、そこを超えてしまったんだろうな」
なだめても、叱っても、すがりついたとしても。
彼の歩みを止めることはできないだろう。
あのアズリアが口にした言葉だからこそ、アティも否定することができない。
「幸せなんでしょうかね、それって」
「わからんよ」
肯定も否定もできぬまま、アズリアは曖昧な笑みを浮かべてみせた。
◆
血飛沫が飛び散り、怒号がそこかしこで響き渡る。
積年の恨みがもたらした地獄絵図は、夜明けとともに、また世界を塗りつぶした。
戦火を逃れた無力な市民たちを保護する、この難民キャンプもまた然り。
服従と搾取を強いられてきた異界の者たちにとっては報復の対象でしかない。
我々が始めたことじゃない、と誰かが叫ぶ。
だが、そんな理屈が通用するものか。
癒えぬ傷の痛みに突き動かされて、召喚獣と呼ばれしモノたちは咆吼する。
頭上に輝く【大送還の陣】の輝きに、必死にもがき、抗いながら。
ひとつでも多くの怒りを、嘆きを、叩きつけるためだけに荒れ狂うのだ。
それを邪悪と断ずることなど、はたして誰にできようか。
「だが、それでも―――」
守らねばならぬ、とアズリアは血塗れの剣を振るう。
衰えた身体を鞭打って、一人でも多くの民を救うべく、戦場を駆ける。
殴り合うだけではきりがないという、あいつの言葉は正しいのだろう。
けれども、それは互いが認め合うことで初めて成立する和解の理屈だ。
一方的に殴られ続けるわけにはいかない。
互いに痛みを与え合い、その愚かさに気づかねば、先には進めない。
だから、彼女は剣を振るうのだ。
「―――救いたいんです!」
頬についた返り血を手の甲で拭いながら、アティは泣いていた。
それは施術によるものだけではなく、患者を守るために自ら振るった刃がもたらしたものでもあった。
癒やしても、癒やしても、その指の隙間からこぼれ落ちていく命。
手を伸ばすことさえできずに、目の前で無造作になぎ払われてしまった命。
あまりにも呆気なく。
怒れるエルゴのもたらす破滅は、理想郷を蹂躙していく。
それでも、彼女は手を止めない。
ひとつでも多くの命を救うために。
そして―――終焉の時が訪れる。
空一面を覆い尽くして嘲笑う、醜悪な蛇身の毒婦。
冥泥の獣が地を埋め尽くし、虚無の顎が世界をじわじわと喰らってゆく。
呆然として立ち尽くす勇者たち。
折れかけたその心に、諦めるなと呼びかけたのは黄金色の瞳だった。
【響融者】―――幽けき声たちの代弁者となった少年の叫び声は、最後まで抗うと決めた者たちを力強く奮い立たせた。
銀の深淵へと逃れる毒婦を追って、勇者たちが彼方へと征く。
時を司る龍妃が、その生命と引き換えに大呪を解き放つ。
生きとし生けるものの全てが、全身全霊で破滅に抗う。
◆
(力が―――欲しいですか?)
不意にそう問いかけられて、アティは振り向き、目を見張った。
そこに立っていたのは、若き日の自分。
否。そうではないとすぐに気づく。
彼女の眼差しは、齢を重ねた自分よりもなお、永い時を視てきたと告げていたから。
(この理不尽を覆すための力を、貴女は……欲しますか?)
そう言って差し出されたのは、揺らめくひと振りの剣。
それがレックスが手にしたという【魔剣】なのだと、彼女は直感で察した。
抜き放てば、きっと願いは叶うのだろう。
失われてしまった命さえ、取り戻すことができるかもしれない。
けれど、アティはかぶりを振った。
「私には、貴女たちと同じ道を選ぶことはできません」
不安。恐れ。そして、それ以上に強く想ったのは誇りだった。
拙いなりに、今日まで懸命に生きてきたことに対する矜持だ。
「バカだなあって、自分でもわかってはいるんですよ」
目の前の奇跡にすがれば、絶望を塗り替えられるのかもしれない。
でもそれは、ここまでの自分を否定することと同じだ。
今日までの自分を形作ってくれた全てを、裏切ってしまうことと同じだ。
だから―――この【魔剣】を手にとることはできない。
「ごめんなさい!」
深々と一礼して顔をあげた彼女に向かって。
もう一人のアティは、誇らしげに笑っていた。
そう答えると信じていました、と告げるかのように。
(ならば、せめてひととき……貴女たちが進む道を照らすための光を……)
揺らめく【魔剣】がその形を変じ、ひと振りの短杖となる。
優しい息吹を放つそれは、他者を傷つけるための武器ではない。
守りたいと願う彼女に託された、異なる未来からの祝福。
(“直接そちらにはいけない”私に代わって、みんなのことを助けてあげてください)
◆
藍碧と紺碧―――まばゆき光の柱がふたつ、曇天を斬り裂いて屹立する。
そこから飛び出したのは、白銀の髪を煌めかせる救い手たちだった。
「吹き抜けて、癒やしの息吹よ―――【藍碧の清杖】!」
アティの掲げた短杖から、翠の光輝を帯びた風が吹き荒れる。
それは傷ついた者たちを癒やし、不浄の泥を滅菌するように溶かしていった。
「瞬きの内に害障を払いのけよ―――【紺碧の絶槍】!」
アズリアが振るう槍の軌跡が、閃電の華を咲かせて、殺到する獣を弾き飛ばす。
界の滅びに抗するには、それは微々たる力の発露に過ぎなかったのかもしれない。
だが救われた者たちにとっては、間違いなく、かけがえのない奇跡だった。
◆
(イイ趣味してるよね。わざわざ自分で自分のことを試すなんてさ)
そこは、無限に分岐していく世界線のひとつ。
全てが終わった後に続いてゆく、はるかに遠き未来の島のどこかで。
白き【魔剣】の核となったイスラは、その使い手を茶化していた。
(アレは主である君が貸与した力に過ぎないんだから、【魔剣】として用いたところで使い手の運命はねじ曲がったりしないのに。説明もなしに突きつけちゃうとか……嫌がらせ?)
そんなんじゃないです、とむくれ顔で未来のアティは反論した。
「詳しく説明すること自体が、特異点によからぬ影響を与えるかもと思ったからで……」
(だったら下手に手なんか出さないで、ただ見守ってればよかったじゃん)
「うーっ!」
言った側も言われた側も、それは無理だったと本当はわかっている。
【観測者】の秘術が“時を超えて作用した”時点で、見て見ぬ振りはできなかった。
この地の産土神となった身では、直接乗り込むことは不可能だったけれども、せめて力の一部だけでも託すべく、あの世界の自分たちを頼ったのだ。
「立ち位置が変わってた時点で、今の私と向こうの彼女は、別人同然なのだけどね」
だが、だからこそ確かめたいと思ったのも本当だ。
異なる分岐点を選びとった自分が、果たして、どんな自分になっているのか。
後悔してはいなかったのか―――と。
(結局、キミはキミのままだったワケだ。根っこの部分のお人好しっぷりはキモイくらいにそっくりだったし。変にガンコなところもそのまんまだネ♪)
「うぅーっ!!」
ぺしんぺしんと【魔剣】の刀身をはたいて、抗議する彼女の顔は真っ赤だった。
(ま、それは姉さんも同じだったみたいだけど……ね)
主の好きにさせたまま、イスラは閉じた思念の中で思い返す。
アイツと同じ時を生きられる―――どさくさ紛れに与えようとした役得を、アズリアは迷うことなく切って捨てたのだ。強がりだとはわかっていても、その潔さは立派だった。
(どいつもこいつも不器用すぎだよ。ほんと、呆れるしかないよね)
◆
「本当に、もう変身できなくなっちゃったんですか?」
「ほんと、ホント! あの杖だって、どっかに消えちゃったし!」
じぃーっと見つめてくるアリーゼに、たじたじになってアティは弁明する。
師匠は嘘が下手だと知っているから、アリーゼはそこで引き下がった。
そのまま船縁に顎をもたせかけて、大きなため息をつく。
「はーっ。もったいないなあ」
あの力があれば、どれだけ多くの患者を癒やすことができただろうか。
今から診療に向かうナギミヤの避難民たちは、まだ大勢の負傷者を抱えているのに。
力不足を実感しているからこそ、アリーゼはぼやかずにはいられない。
「気持ちはわかるけど……あれはあの時限りでよかったって、私は思っているよ」
代行者だったとはいえ、大きな力を扱ったからこそ、アティは実感していた。
【藍碧の清杖】は自分にとって、分不相応なものであったと。
「手綱をとってくれる存在がいなかったら、あっという間に魂ごと消し飛ばされてた」
アズリアも同意見だった。
あれが【魔剣】の秘める力の一端でしかないというのなら、そんなものを三本も受け入れたレックスは底抜けのバカだとぼやいて―――寂しげに笑っていた。
「レックス先生は、“まだ”ベルフラウちゃんに会いに行ってないみたいですよ」
崩落してきたナギミヤの断片を島の一部として融合させた後、そのどさくさに紛れて、しれっと行方をくらましたままらしい。
「乙女の大事な唇を奪っておいて、へたれて逃げるなんてサイテーです!」
「あははは……」
辛辣な弟子のコメントに、アティは苦笑で応じるしかない。
(ケジメをつけるとは思うけど、逃亡しちゃった前科もあるからなあ)
級友として、そこは信じてあげたいアティであった。
「なんにせよ、しばらくは私たちも島の住人です。ベルフラウちゃんのケアは当然するし、ラトリクスの医療技術のほうもしっかり学んでおかないとね」
旧来の【誓約】が破棄されたことで【召喚術】のみに頼った医療行為は成立しなくなっている。友誼に基づく新たな【誓約】を確立させていくことも大切だが、【鬼妖界】独自の薬学や【機界】の器具による外科手術の技法なども、有効活用していかねばならない。
それを可能とするために、理想郷は新たなる姿へと生まれ変わったのだから。
「まだまだ当分、楽隠居はできそうにもないですねえ」
当然です、と愛弟子にたしなめられて、アティはちろりと舌を出して笑った。
<Epilog:SN3 END>
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