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斜線堂有紀の恋愛短編「星は星に願わない星」
斜線堂有紀さんの「星が人を愛すことなかれ」、発売後多くの反響をいただいてます。たくさんの方に読んでいただいたおかげで、重版も決まりました!! 重版記念ということで、本編後日談の短編のデータを公開します!! ※完全な後日談なので、本編を読んでいただいたほうがより楽しめると思うので、よろしくお願いします。
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「星は星に願わない星」
「龍人が私のところに戻ってきて、でも配信を優先させてくれるようになる。生活になるべく影響が出ないように同じマンションの隣の部屋に住んで、寂しい時は一緒にいてくれる。でも基本はどこにも遊びに行かないし家デートがいい。ここまで都合良くいかせてくれるなら、動画の編集とか任せられるようになってほしいな〜」
長谷川雪里がそう言った時、赤羽瑠璃は思わず笑ってしまった。それはあまりにも理想が過ぎる。雪里はノンアルコールビールを飲みながら「こうじゃないと絶対無理なんだもん」と、唇を尖らせた。
「議題は私達が幸せになる為にどうするか、なんだから妥協せず最上級に都合良く考えるしかないじゃん」
「確かにそうかもしれないですけど……」
「Vtuberってさ、なんだかんだあんまり出会い無いんだよ。同業でそういうことになるのはダルいし、そもそもそこってお互い時間無いから通話くらいしか出来ないし。あー失敗した、私には龍人しかいなかったんだ。あーあ」
雪里が悲しそうに缶を撫でる。
そんな彼女の様子を、瑠璃は目を細めて見守っていた。
あの対談から、早いもので一年が経つ。
あれ以来、瑠璃と雪里は時々連絡を取り合っていた。東京グレーテル時代に辛うじて交換していた化石みたいなLINEが、久しぶりに動くようになったのだ。
「わー、なんか懐かしい。実際のとこ、VってDiscordでの連絡が主だからさ」
「Discordの方にしますか?」
「いや、誤爆を防ぐ為にもLINEがいいよ。そう考えると、ちょっとやり取りするのも気軽かも」
その言葉は本当だったようで、雪里は瑠璃が考えているよりもずっと気楽に連絡をしてくれるようになった。当然、だからといって不用意なこと──スクリーンショットを撮られたらまずそうなことを言わないところに、瑠璃は共感を覚えた。この人はそういうところまで行き届いている。
そうして交流を続けて、とうとう雪里と瑠璃は二回目の『コラボ』を果たすことになった。羊星めいめいのチャンネルに出演することになったのだ。
『こんにちめいめい〜。北北東からやって参りました、未の守護神未星めいめいです〜! 今日はですね、あのスーパーコラボが帰ってきました! ゲストは〜ばねるりさんこと赤羽瑠璃さんです!』
『こんにちは、東京グレーテルの赤羽瑠璃です』
実質的には『元同僚』ということで、色々な意味で放送は盛り上がった。最初は緊張したものの、慣れてしまえば東グレ時代にやっていたインスタライブなどと変わらない。大量に流れていくコメントは追い切れず『めるすけ』がいるかはわからなかった。
大盛況の配信が終わった後──今回は雪里の家でのオフコラボだった──雪里は瑠璃を宅飲みに誘った。
「明日朝早い? 忙しかったら無理しなくて大丈夫だけど」
「午後からなので問題無いです。よければご一緒させてください」
「うわー嬉しい! うち何でもあるからね。飲みたいものあったら教えてね」
本当に嬉しそうな顔をして笑って、雪里はいそいそと準備を始めた。
羊星めいめいは、拘束時間だけで言うと人気アイドルの赤羽瑠璃と遜色が無いくらい忙しい。配信業におけるゴールデンタイムに合わせて、少なくない時間を配信に充てなければいけないからだ。
今回の瑠璃とのコラボも、事務所の手助けはあれど準備の殆どを雪里がやっている。その上でライブやらレコーディングやらをこなしているのだから──人によってはアイドルよりも大変かもしれない。
だが、その忙しさは特殊だ。瑠璃のようにあちこちを飛び回るのではなく、全世界と繋がった部屋に閉じこもらなければいけない。外に出ている時間すら無いくらい、というのが羊星めいめいの忙しさの性質なのだ。
「Vtuberってさ、視聴者数がぐっと少なくなる真夜中は割と自由なんだよね。だから私も普段は編集とかサムネ作りとかしかやってない。あ、勿論この時間帯を狙って配信してる人もいるけどね。ばねるりちゃんは夜中も収録有ったりするの?」
「最近はテレビ局もそういうのが厳しくて。基本はちゃんと家で寝てますよ」
「わあ、えらいなあ……私、なんだかんだ夜遅くまで起きちゃう。配信のゴールデンタイムが夜だから、午前は寝ちゃう。でも、これよくないんだよね。寂しいから」
「寂しい?」
「さっきまで三万人近くと関わってたはずなのに、こうやって一人ぼっちの部屋にぽんと放り出されるんだから」
そうして、雪里はついこの間まで付き合っていたという恋人の話をした。龍人、という名前らしいその人は、話で聞いている限りはどこにでもいそうな普通の人だ。けれど、それがどれだけ雪里にとってかけがえのない相手だったかが伝わってくる。伝わってくるからこそ、苦しかった。
「私ね、昔は絵描くの好きだったんだよね」
「ああ……そういえば、サインに雪だるまのイラスト描いてるの、見たことあります」
「殆ど描く機会もなかった幻のサインなのに覚えてるんだね」
雪里がニヤッと笑った。羊星めいめいとは違う、油断ならなくて魅力的な笑みだ。
地下アイドルのサインは、グッズやチェキに添えられることが多い。当然、それらの需要が無いメンバーは描く機会が無いものだ。瑠璃も全く人気が無かった頃は、メンバーの色紙の隅っこに書くのが精々だった。そのせいで、赤羽瑠璃のサインは今でも平べったかったり、細長かったりする。他の星達を邪魔することのない形が染みついてしまっている。
「で……そう。イラストなんだけどね、今は全然描いてないの。Vってなまじガワが綺麗だから二次元イラストに対する受け手の目は肥えてるし、そういう肥えた目に通用するくらい上手いってわけじゃないから。サインの端に羊のイラストくらいは添えてるけど」
「……なんだか勿体無いですね。折角──さ、……ある程度描けたのに」
──才能があったのに、と言いかけて止めたのは、才能がそんな程度のものではないと知ってしまったからだ。
「私は……そうやって、自分の人生の要るものと要らないものを切り分けて、どんどん羊星めいめいに食べさせてるの。それで大きくなっためいめいが、一生元気でいてくれるならそれでいい」
まるで羊星めいめいが別の人間であるような言い方だ。でも、その感覚も瑠璃にはわかる。『赤羽瑠璃』と瑠璃は違う。同じなのは、それがたった一人に向けられているものであるというところだけ。
そこからどういう経緯でそうなったのかわからないが、雪里は自分に恋愛は向いていないと言い、さりとて本当に一人で生きていく覚悟をするのは辛いという話を始め、最終的に自分に都合の良い理想の龍人の話を始めた。
「それで、ばねるりちゃんはどう?」
「どう……っていうのは?」
「何か、こうあってほしいとか、こうなりたいとか……なんか、都合の良い話しようよ」
そう言う雪里はまるで全てを見通しているかのようだ。
少し迷ってから、瑠璃は話し始める。
「……そうですね、うーん、私も……人生を一緒に生きる相手が欲しい気持ちはあって。そういう人と……今から五年後くらいに出会いたいです」
言いながら、瑠璃は想像する。めるすけと冬美の生活は、五年も続くだろうか。その頃になったら、二人の生活は完全に惰性のものになっていて、お互いにも飽きているかもしれない。そうしたら、冬美の方がめるすけと別れたくなるかもしれない。
二人はあっさりと離婚してしまって、めるすけは一人暮らしを始めるだろう。新居の近くには良い感じのカフェがあって、めるすけは通勤前にそこに寄るようになる。めるすけは、カフェインに取り憑かれているから。ストレスが溜まる木曜日には、甘いものを取ろうとするし。
「なんかこう、カフェとかで出会えたらなって。ほんとに偶然」
「偶然? なんだか映画みたいだね」
「その人は私を見つけてすごく驚いて。私も心臓が止まるくらい驚いて。っていうのも、その人は私を全然売れてない頃から推しててくれたファンの人なんです」
めるすけは瑠璃を見つけても話しかけてくれないかもしれない。だって、ちゃんとファンとアイドルの境界線を守ってくれる人だから。だから、瑠璃は素知らぬ顔をしてめるすけに話しかける。あれ、もしかして握手会に来てくれた人ですか? って。
ゴールデンタイムに登場するようなアイドルになってから、ファンの数はものすごく増えた。めるすけは普通の『善良で健全な』ファンだから、自分の存在が瑠璃の中で薄れていると思っているし、それを良しとしている。でも、瑠璃はずっとめるすけを忘れていなくて、応援してくれていて嬉しいと思っていて、日頃の感謝とあの白いテディベアの話をする。
「ファンと恋愛したいの?」
「出来たら、活動を応援してくれる人がいいので」
その言葉は真実のようで真実じゃない。奥底の本音と執着を覆い隠している。応援してくれる人じゃない。応援してくれるめるすけがいい。
「それで意気投合して、こっそりカフェで会うようになって。それで……前からの友達みたいな顔をして仲良くなって、……それから普通に、付き合う感じで、」
めるすけはプライベートの時間に、偶然、何の後ろめたいこともなく、瑠璃の方から話しかけられたという免罪符まである上で、瑠璃と交流を持つ。そして瑠璃のことを今度こそ選んでくれて、赤羽瑠璃との恋愛が本番だって顔をして! それで、今度こそ、ちゃんとハッピーエンドを迎える。
めるすけを関係者席に招待して、瑠璃は一生赤羽瑠璃をやる。
めるすけの為の、赤羽瑠璃を。
「それから……なんだろう。わかんないな、想像出来なくて……」
嘘だ。瑠璃はめるすけとのハッピーエンドなら、いくらでも想像出来る。だって瑠璃はめるすけと、ずっと一緒にいたから。
めるすけのことを、ずっと見ていたから。
「なんかいいね」
雪里がぽつりと言う。そうですか、と少しだけ気の抜けた返事をした瑠璃に、彼女は続けた。
「今のばねるりちゃん、一番輝いてる」
それを聞いた瞬間、瑠璃は本当に、泣きそうになった。