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【試し読み】NARUTO -ナルト- ナルト烈伝
本日10月4日に『 NARUTO -ナルト- ナルト烈伝』発売になりました。
本日は発売を記念して、本編中の序盤の試し読みを公開させていただきます。
あらすじ
NARUTO世代の読者に贈る新たなノベライズ「NARUTO烈伝シリーズ」第3弾! チャクラが使えなくなったナルト。そこへ大蛇丸がとある科学忍具を持って現れ、協力を申し出るが...? カカシとサスケ、サクラが異国の地で探っていた六道仙人の手がかり、その最後のピースが明らかに! 「真の仲間とは何か」それぞれの思いを胸に、木ノ葉の忍たちが集結する...! カバーイラストは岸本斉史描き下ろし!
それではお楽しみください。
序章
「母さん。火影(ほかげ)様、そろそろ出てくるかな?」
小さな手のひらが、顔の横ではためくスカートの裾をきゅっと握りしめた。
「そうだね。もうすぐ会えるね」
母親はおっとりと、丘の上に建つ神殿に視線を上げた。
砂岩を積み上げた質素な社の中では、今まさに、七代目火影と〈階(きざはし)の国〉の大名との会談が行われている。就任後初の来訪となる「英雄」の姿を一目見ようと、麓(ふもと)には大勢の人々が集まっていた。
なだらかな丘の斜面のあちこちで空気が揺らめき、橙色の炎が細い煙を上げている。誰が燃やしたわけでもない。この丘は、記録に残る限り四千年以上もの間ずっと、雨の日も途絶えることなく燃え続けているのだ。この消えない炎は、神の祝福とも悪魔の呪詛ともみなされて、古来より崇拝と畏怖の対象とされてきた。
やがて第四次忍界大戦が終わり、五大国の協定を基盤にした社会平和が訪れると、小国の片隅で燃え続ける不思議な炎の噂が当時の火影だったはたけカカシの耳に届き、調査団が派遣されることとなった。彼らによる、科学と忍術の両方を駆使した調査の結果わかったのは――この丘の下に眠る、膨大な天然ガスの存在。地下から噴き出した天然ガスが、地熱で発火して燃えていたのだ。
絶えることのない炬火(きょか)の熱はゆるやかな風を起こし、くすんだ色の野草やちんまりと咲いた菫(すみれ)の花弁をさわさわと揺らし続けている。
七代目火影と階の国の大名は、予定時刻ぴったりに神殿から出てきた。どうやら会談はつつがなく終了したらしい。
「火影様!」
「七代目! こっち向いてー!」
「螺旋丸(らせんがん)やってェー!!」
階段下に集まった群衆たちから、歓声があがる。
声援に応え、七代目火影が本当に螺旋丸を作ろうと腕を持ち上げたのを見て、後ろに控えていた木ノ葉の護衛が慌てて押さえつけた。
「火影様、軽々しく螺旋丸を披露しないでください! 国防に関わります!」
「なんだよ。いいじゃねえか、ちょっとくれー……」
七代目火影は口をとがらせて、しぶしぶ腕を下ろした。
うずまきナルト。
木ノ葉隠れの忍のトップにして、火の国の守護者である〈七代目火影〉の地位に就く、若きリーダーだ。閃光のような明るい金髪に、夏のラムネソーダを思わせる青い瞳。三十代も半ばに近いはずだが、気取らない仕草には、どこか少年らしいあどけなさがにじんでいる。
あの九尾(きゅうび)の狐の人柱力(じんちゅうりき)であることはもはや公然の事実だが、本人の顔立ちはキツネというよりタヌキ寄りだ。目も鼻も口もでかいのに加え、表情が豊かでどのパーツもよく動く。派手なのは表情だけでなく、一挙手一投足すべてが大振りなので、とにかく何かにつけ周りの人間の目を引いた。吸引力の強い、典型的な「人たらし」タイプのリーダーだが、彼の場合は愛され方が突き抜けている。
七代目火影は数名の護衛を伴い、丘の斜面に作られた階段を、山裾に向かってゆっくりと降り始めた。足元に敷かれた赤い絨毯はこの日のために用意された特注品で、麓の野辺に停泊した飛行艇の乗り口まで帯状に長く続いている。
ふと階段の途中で足を止め、ナルトはまぶしそうに目を細めて視線を遠くに投げた。彼の視界にはきっと、高層ビルが雲を突かんばかりに建ち並んだ遠景が見えているはずだ。丘の裾から繫がる色あせた野辺は首都との境界で突然終わり、無機物の織りなすコスモポリタンへと切り替わる。
この地で採れる「階ガス」が、大型輸送機関の燃料として五大国で広く使われるようになって以降、階の国は急速な発展を遂げた。国内総生産は十年前の十七倍にまで増え、インフラが整備されて福祉は過剰なほどに充実し、平均寿命は二十年も延びた。
金は浴びるほどある。足りないのは、伝統。そして英雄の物語だ。
「火影様、今回の階の国への滞在はいかがでしたか?」
階段を降りきったところで、待ち構えていた取材陣が七代目火影を取り囲み、マイクを向けた。
「階の国の発展を直に感じられたのは、嬉しかったな。先代火影の時に派遣された調査団には、オレも護衛として同行してたからよ。階の国の発展を、こうして肌で感じることができただけでも、来て良かったってばよ」
火影のコメントに、「また来てくださーい!」と黄色い声があがる。
「はは……まあ、また機会を見つけて」
火影が軽く笑って答えると、群衆たちの間から一斉に拍手が起きた。
伝統ある忍里の長たちは、階の国の人々のあこがれだ。特に、木ノ葉隠れの里のリーダーである火影への信頼は篤い。十数年前、まだ鍛冶業を生業にして細々と暮らしていたこの国に、火の国の大名まどかイッキュウと六代目火影が開発援助金を供与していたからだ。階ガスの精製法が確立し、国民一人当たりの総生産で階の国が火の国を三倍も上回るようになってからはさすがに援助を打ち切られたが、国民たちは火の国に貧しい時代を支えられたことを忘れてはいない。
多くの人から好かれ、影響力を持てば持つほど、必然的に敵も増える。今回、うずまきナルト暗殺計画を依頼してきた人物も、きっとその一人だったのだろう。
マスコミ対応を続けるナルトの横顔をじっと見つめ、畔(あぜ)ヤナルは、きゅっと目を細めた。暗殺専門の抜け忍である彼は、今、変化の術で見た目を変えて、ナルトのすぐそばまで接近している。
標的が一人になった隙を狙うのが暗殺のセオリーだが、ヤナルの場合は、あえて人目に付く場所を選ぶことが多い。不特定多数の目がある場所での不意打ち――それを可能にするのが、多重影分身の術を駆使したフォーマンセルでの囲い込みだ。
ヤナルは血継限界(けっけいげんかい)により、分身が消えた場合の記憶の蓄積を、本体だけでなく残りの分身との間でも共有することができる。不測の事態が前提の暗殺現場において、密に情報を交換できることは大きなメリットだ。
彼の影分身――「以(い)」「呂(ろ)」「波(は)」の三名は、すでに配置について火影の命を狙っている。一方、火影についた護衛はたったの三人。
提示された報酬は莫大だ。この仕事を成功させれば、あとは三代先まで遊んで暮らすだけ。
ヤナルは麓に集まった群衆を眺めまわし、ふう、と息をついて緊張を逃がした。
七代目火影の命は金になる。階ガスなんかより、ずっと。
ヤナルの影分身の一人――「以」は、生い茂った枝葉の中に身を隠し、木の上から七代目火影を狙っていた。
火影が歩く道には、羊毛を贅沢に蘇芳(すおう)で染めた豪華な絨毯が敷かれている。ルートが丸わかりなうえに、周囲には野辺が開けるばかりで死角になる場所がほとんどなく、どうぞ狙ってくださいと言わんばかりのロケーション。火影の片腕である奈良(なら)シカマルが文句を言わなかったはずはないのだが、階サイドが押し通したのだろう。この丘が国にとって一番神聖な場所だから、とかなんとか言って。
「以」は片手に握った小銃に触れ、射撃の手順を再確認した。
雇い主から支給された、最新鋭の光子銃(フォトンガン)――四十万ワットの高出力光線(マキシマ・レーザー)を放出して、遠距離から敵を攻撃するための武器だ。レーザーの高熱は細胞から細胞へと瞬時に伝わるため、髪の先をかすっただけでも数分のうちに全身が高温になり、内側から破裂する。
グリップを握り直して顔を上げれば、遠慮のないマスコミたちが七代目火影に矢継ぎ早の質問を浴びせている。
「火の国は、ウチだけでなく風の国からもガスを輸入していますよね? 風の国は昔から火の国と関係が深いかと思いますが、両国がお互いを優遇することで、階ガスを市場から閉め出そうとしているのではという噂についてはどう思われますか?」
「えぇ~~~誰が言ってんだ、それ。ありえねーってばよ。風影は昔からの友人だけど、国同士の交渉はまた別の話だからな」
「では、優遇はないと?」
「ないない。ウチはたくさんガスを輸入してるのに、我愛羅(があら)のやつ、全っ然友達価格にしてくんねーんだよ」
記者たちの間から笑い声があがった。天然か計算か、報道陣の無遠慮な質問を、七代目火影はのらりくらりと巧みにかわしてしまう。
「以」はちらりと腕時計を確認した。囲み取材の時間は十分と決められている。もうすぐ火影は、彼に踏まれるためだけに作られたあの絨毯の上を歩いて、飛行艇へと向かうはずだ。隙だらけで。
そこを狙う。
じりじりと光子銃を握りしめ、「以」が乾いた唇をなめた、その時――
ひゅうっと、剣風が頰をかすめた。
「ん?」
ふと横を見た瞬間、ビィィィン! と空気を震わせ、小刀が木の幹に突き刺さる。
「以」は度肝を抜かれながらも、幹の裏側へとまわって身を縮めた。
安全な遠距離から火影をしとめるはずが、なぜかこっちが攻撃を受けている。
いつ、どうして、こっちの場所がバレた? 小刀を投げたのは誰だ? どこにいる?
混乱した頭のまま、ともかく反撃しようと懐に手を突っ込んだ。
頭上の葉がさわさわと揺れ、木の葉が膝の上に落ちてくる。光子銃のグリップを握った「以」の手首を、グローブをはめた手のひらが摑んだ。
「え……」
顔を上げると、山羊のように眠たげな目と視線が合った。口布で顔を隠した、ユルそうな男の顔。
見覚えがある、どころじゃない。この男は……
「はたけカカ……」
言い終わる前に、クナイが「以」の喉元に沈み込んだ。ぐりんと旋回した剣尖が骨ごと肉を断ち、噴き上がった血しぶきが葉叢(はむら)の新緑をまだらに染めて――
ポン!
煙に包まれ、「以」はあとかたもなく消え去ってしまった。
「以」が消えると同時に、本体(ヤナル)と二人の分身「呂」「波」の頭の中には、死の間際に彼が経験した記憶が流れ込んできた。
「以」が最後に見た光景は、想像しうる限り最悪だ。
はたけカカシ。気だるげに見えるたれ目といい、覇気のない振る舞いといい、一見するといかにもチョロそうな男だが、その見た目に惑わされる忍はさすがに五大国にはいまい。先代火影だった彼の顔は、あまりにも知られすぎている。
そもそも階ガスの調査団を派遣したのはこの男なのだから、階の国では七代目火影に勝るとも劣らない人気があった。にもかかわらず、群衆の中の誰一人として彼に気づかずいるのは、カカシが完璧に気配を消していることの証だろう。
六代目火影を引退してからは、趣味の温泉巡りを楽しむ悠々自適の日々、と新聞の三面記事で読んだ記憶がある。それがまさか、いまだ現場に出て、しかも七代目火影の警備に参加しているなんて――
「呂」は、足元の土を草鞋(わらじ)でゆっくりとにじった。
はたけカカシは、小刀の一投目をわざと外すことで、分身に自分の姿を視認させたのだ。目的はおそらく、威嚇。はたけカカシを相手に勝ち目などないのだから、三流暗殺者はおとなしく手を引け、と言外に牽制している。
有名人の自覚があるとは、イヤミなヤツめ。わざわざ首を落としたのは、抵抗の余地がない力量差を見せつけるためか。
「呂」は、手を袖の内側に引っ込めて汗を吸わせた。
落ち着け。動揺を顔に出すな。挙動を乱せば見つかる――
すう、と細く呼吸する。数秒、息を腹にため、吐き出そうと開きかけた唇を、何かに塞がれた。
「―――!!」
続けざまに首に腕をまわされ、絞め上げられてヒュッと息が漏れる。
「呂」はとっさに、自分の口を塞ぐ何者かの手首を摑んだ。
細い。女の手首だ。
なんとか逃れようと、「呂」は背後に向かって左足を蹴り上げたが、悪手だった。つま先がブンと宙を蹴って空振りに終わり、しかもその隙をつくように、軸足に足払いをかけられてしまったのだ。傾いた身体を女の片足にがっしりとホールドされ、いよいよ「呂」は身動きが取れなくなった。
酸欠に陥った脳が、機能を失っていく。
朦朧とする意識の中で、背中に柔らかいものが触れているのが、ぼんやりと感じられた。やはり女だ。
はたけカカシとともに、七代目火影の警護についている女性の忍者。群衆の誰にも気づかれずに自分を始末する手際の良さと、抵抗する余地のない強力。
……春野(はるの)サクラか。
確信したが、その推測が正しいかどうか、とうとう「呂」は確認できなかった。自分の首を絞める相手の顔を一目も拝めぬまま――「呂」は煙となって消えた。
どうなってる。警備は手薄なはずじゃなかったか。
「波」は焦っていた。はたけカカシに、春野サクラ――忍なら名を知らぬ者のいない凄腕が、二人も七代目火影の警備についている。面と向かって戦えば、十対一でも敵いっこない連中だ。
七代目火影は、飛行艇に向かってゆっくりと歩いていく。
落ち着け、と「波」は自分自身に声をかけた。
オレは分身だ。攻撃されても消えるだけで、死ぬわけじゃない。「呂」が消えてから、もう五秒は経っている。それでもまだ無事でいるということは、連中はまだ、オレが暗殺者だとは気づいていないということだ。
「波」は、上着の内側に隠した光子銃に触れた。
大丈夫だ。オレならできる。
ふう、とため息を吐き出し、火影が目の前に来るのを待つ。あと少し――……あと、数歩だ。
その時、赤い絨毯が作る花道の向こう側に、黒髪の男が立っているのに気づいた。周りより頭ひとつぶん背が高いので、よく目立つ。皆が火影に視線を注ぐなか、彼だけは、なぜか火の国の英雄ではなく十把一絡(じっぱひとから)げの庶民たちに視線を配っている。
その端正な顔立ちは、忍の間ではあまりに有名だ。
うちはサスケ――あんなバケモノまで警備に参加しているのか。
正攻法では無理だ。瞬時に判断して、「波」は手近にいた女を引き寄せた。
「動くな! この女を殺すぞ!」
女のこめかみに銃口を当てて叫ぶと、周囲にひしめいていた群衆たちが、悲鳴をあげて散っていった。足を止めた火影を背に守るようにして、サスケがザッと立ちはだかる。
好都合だ。光子銃には、縦に並んだ成人男性を七人まとめて貫ける火力がある。二人まとめて始末してやる……!
銃口をサスケの胸に向けようと、男は腕を持ち上げた。はずが、どういうわけか、動いたのは腕ではなく指だ。軽く曲げた中指が勝手に動き、トリガーをくっと引く。
銃口からレーザーが放出されて、女のこめかみをほとんどゼロ距離から貫いた。
バンッ!!
破裂した頭部の内側から飛び出してきたのは――無数の烏。
「え?」
黒檀(こくたん)の羽毛があたりを舞う。
急にくらりと眠気が来て立っていられなくなり、「波」はその場に膝をついた。
幻術だ。わかってはいても、下りてくるまぶたに逆らえない。
――ポン!
小さな破裂音とともに、「波」は姿を消した。
分身が、全員やられた――
ヤナルは唇を嚙んだ。
はたけカカシ。春野サクラ。そして、うちはサスケ。今日の七代目火影の警護(セキュリティ)は豪華すぎる。火影自身の強さを考えれば、どう考えても過剰だ。今回の視察が、それほどの重要事項とは思えない。
あるいは――やはり、あの情報は事実だったのだろうか。
七代目火影は重篤な病にかかり、一般人並の戦闘力レベルまで弱体化しているとの事前情報。まさかそんな都合の良い話はあるまいと話半分に聞いたが、こうなると現実味を帯びてきた。それほどの事態でもない限り、このメンツは拝めまい。
だとすれば……この状況はむしろ、千載一遇のチャンスじゃないか。
「火影様」
ヤナルは、絨毯の途中で立ち止まり、後ろを歩く火影の方を振り返った。
「ん」
うずまきナルトもつられて足を止め、屈託のない青い瞳をヤナルに向ける。この三日間、ずっと同行して護衛についていたヤナルのことを、微塵も疑っていないようだ。
ヤナルはすっと火影に近づき、身体を斜めに入れて周囲から死角を作った。袖の内側に仕込んだクナイを、火影の胸へと向ける。
猛毒に濡れた切っ先を突き立てようとした――次の瞬間、身体が、突然硬直した。
動かない。手も足も。まばたきすら。
「……めんどくせー」
ナルトが、億劫そうにため息をついた。
「まったく、手間かけさせやがって。刺客はお前で最後だな?」
ハッ、とヤナルは短く息を吐いた。ナルトの掌底が、鳩尾(みぞおち)にめり込んだのだ。
思考が真っ白にかすんでいく。そのまま前のめりに倒れ、ナルトの腕に支えられた。
「モエギ、ウドン。こいつが本体だ。連れてってくれ」
ナルトの背後に控えていた二人の若い護衛が、すっと前に進み出てヤナルの身体を左右から支えた。
放せ、と言いたかったが、喉が硬直して言葉を発することができず、逃げようにも身体がまるで動かない。
唯一まともに機能するのは耳だけだ。聞こえてくるのは、人々の歓声。どうやら集まった市民の誰一人として、眼前で繰り広げられたこの攻防に気づいていないらしい。
ずるずると引きずられ、ヤナルはそのまま、待機していた階の警備たちに引き渡された。
七代目火影は人々の歓声に目線で応えながら、堂々とした足取りで進み、飛行艇のタラップを上った。船内に入る前に群衆の方を軽く振り返ると、歓声がひときわ大きくなる。飛び上がってぶんぶんと諸手を振るう少年と目線を合わせ、七代目火影は小さく手を振り返した。
飛行艇が離陸すると火影はスタッフを遠ざけて船内を進み、奥に用意された客室へと向かった。ドアを引く直前、周囲の気配を探って人目がないことを確認し、部屋の中に滑り込む。
客室の真ん中には、うずまきナルトが転がっていた。
「ん――っ! んごんぐぐ、ぐご、ぐむむむ!」
両手足を縛られ、ご丁寧に猿ぐつわまで嚙まされている。
「にらむなって。あと、なんて言ってんだか、全然伝わんねえぞ」
唾液に濡れた猿ぐつわを外してやるなり、ナルトは大口を開けて喚いた。
「シカマルてめえっ!! 今すぐこの縄ほどけ!!」
「仕方ねえだろ。お前、オレたちの言うこと聞きゃしねえんだから」
「今日の会談はオレが自分で出るって言っただろうが!」
ポン!
いつもの破裂音。七代目火影に変化して会談に臨んでいたシカマルは、もとの自分の姿に戻ると、めんどくさそうに頭をかいた。
「会談はおおむねこっちの要求を通した。ガスの輸入価格は据え置き、値上げナシ。だからかわかんねえが、暗殺者が紛れ込んでお前を狙ってたよ。やっぱりオレが替え玉になったのは正解だったな」
「……なに?」
暗殺者と聞いて、ナルトの顔色が変わる。
「被害は出てねえんだろうな?」
「出すわけねーだろ。誰が警護についてたと思ってんだ」
淡々と言いながら、シカマルはナルトの縄を解いてやった。チャクラを濃縮して編み込んだ、科学忍具班渾身の強化ロープだ。今のナルトの体力では引き千切れない。
「暗殺者は、多重影分身(たじゅうかげぶんしん)が三人と本体で構成されたフォーマンセル。分身どもは警護チームが処理したよ。本体の方は、影真似(かげまね)で捕らえて階サイドに引き渡した。雇い主について、うまく口を割ってくれりゃあいいんだけどな」
「警護チームって……まさか」
ナルトの嫌な予感に応えるように、天井の板がガタッと外れ、三つの人影が音もなく下りてきた。はたけカカシにうちはサクラ、そしてうちはサスケ――本日の、七代目火影警護チームの面々だ。
三人の顔を順番に見つめ、ナルトは悔しげに視線を落とした。
「……護衛は要らねえって……言ったじゃねえかよ」
悔しくてたまらなかった。
自分がこんな状態にさえなければ――たかが火影の警護ごときに、これほどの人員を割く必要などないのに。
一章
初めの異変は、半年前。
確かあれは、二徹目の夜――いや、それとも三徹目だったか。新条例の施行と五影会談が重なり、とにかく忙しかった時期だ。数日前から身体の調子はよくなかった。ぼんやりと怠く、微熱もあるような気がしたが、なにしろ寝ていないので、睡眠不足だろうと思っていた。
「ナルト、悪い。影分身、もう一人出せるか?」
目の下にどぎついクマを作ったシカマルが火影室に入ってきたのは、深夜二時過ぎのこと。
「土壇場で、賢学院(けんがくいん)のチャクラ研究が進んじまって。それ自体は喜ばしいんだが、おかげで会談資料の数字が変わって、ほとんど全差し替えだ。ど――――しても手が足りねえ」
「お――……」
覇気のない返事をして、ナルトはパソコンから顔を上げた。
表計算ソフトの数字とにらめっこしていたせいで、目がチカチカする。椅子の背にもたれて目頭をもみ、しぱしぱと瞬きを繰り返してから、何も考えずに印を結んだ。いつもみたいに。
――瞬間、胴を二つに裂くような激痛が、胸の奥を突き抜けた。
「あ゛ぁ……ッ!?」
「ナルト!?」
ナルトは前のめりに倒れ、ガンとデスクに頭をぶつけて、そのまま床の上に膝をついた。
痛みは一瞬で波が引くように消え、後に残ったのは、しびれるような余韻だけだ。
「どうした、ナルト。どっか痛ェのか」
シカマルが、眉間にしわを寄せてこちらをのぞき込んでいる。
「いや……一瞬、胸に、なんか」
ナルトはふらふらと立ち上がった。
なんだったんだ、今のは。経験したことのない激痛だ。
印を結んだせいか……?
おそるおそる、もう一度指を組んでみる。ポン! と破裂音がして、分身が現れた。
「あれ……出た……」
「さっきはどうだったんだ」
「ああ、なんかよ、こう、すっげー激痛が、ぎゅいィィんって」
あまり痛そうでない擬音を交えて説明をするナルトの肩を、分身がポンと叩いてからかった。
「高血圧じゃねーの、ラーメンばっか食ってっから」
「うるせー! まだそんな歳じゃないってばよ!」
「…………」
言い合う二人を、シカマルはかたい表情でじっと見つめた。
現行の行政制度において、火影への負担が大きすぎるのはシカマルも承知している。改正案は大名たちにたびたび提出しているが、伝統を大きく曲げる行為でもあることから反対意見も強く、火急の案件ではないとして議論を先送りにされているのが現状だ。
ナルトには、もうずっと長い間、無理をさせている。
かといって、休めとも言えないのがつらいところだった。そもそも火影は、火の国の国防を担う「忍里」という一機関のトップに過ぎない。はずが、長く戦乱の時代が続く間に国全体が忍に依存するようになり、比例して火影の権力も、本人の意思とは無関係にどんどん大きくなっていった。忍里といういわば軍部の長でありながら、行政をも統括する――そんな火影の立場は極めて繊細で、個人の裁量に大きく依存しており、要は代わりがいない。
「気休めにもなんねえが、飲んどけ」
シカマルが投げてよこしたのは、医療チーム配合の漢方薬だ。エナジードリンクでぐびりと飲みくだし、気合を入れ直して執務にあたるうち、一瞬胸に走った痛みのことなどすっかり忘れた。
二度目の激痛が来たのは、半月後のこと。
息子のボルトと一緒に、夕暮れの演習場にいた。五影会談が無事に終わり、しばらく構ってやれなかった穴埋めにと、修業を見てやっていたのだ。
「はっ! ほっ! だっ! でやっ!!」
ボルトが、続けざまに四度放った手裏剣は、くるくると回転しながらきれいに飛んで、東西南北の的にトントントントンと突き刺さった。
ボルトが最も苦手とする、手裏剣やクナイの投擲(とうてき)訓練だ。
「っしゃ――――ぁッッ! 当たったぜぇ――っ!」
「おし、いい感じだな。じゃあ次は、もっときついカーブをかける練習だ」
「えー、これ以上かよぉ……それより、螺旋丸の練習がしてえってばさ」
ボルトは、うらめしそうにナルトの方を振り返って口をとがらせた。
「大体、うちのチームにはサラダがいんだぜ? 手裏剣のことは、あいつに任しときゃーいいんだって」
「お前な。中忍になったら、毎回同じメンツでチーム組むわけじゃねーんだぞ」
「だって、カーブってどうしたらいいかわかんねんだもんよ。コツとかねーの? コツ!」
コツか……。
ナルトは、腰に手を当てて考え込んだ。
「そうだなぁ。お前、螺旋丸にカーブかけるのはできんだろ?」
「ちょっとなら」
「あれの感覚に近い気がすんな」
「……ってーと?」
ボルトの青い瞳が、期待に輝いてナルトを見上げる。
「だからー、螺旋丸を曲げたいときは、こう……」
ナルトは、はたと言葉に詰まった。
手足を動かすのと同じで、意識せず感覚でやっている動作なので、改めて言語化しようとしてみても、しっくりくる言葉が見つからない。
「……ガッてして、ドンッてやるだろ。アレだ」
我ながら、伝わらない。
と、思ったのだが、意外にもボルトは「あー、わかるわ」と大きくうなずいた。
「ガッてして、ドンッて感じな。そっか、あの感じかー」
こいつ、オレの子だな。
なんだか嬉しくなって、つんつんと逆立ったボルトの金髪を、ナルトは思いっきりかきまわした。
「なんだよ、やめろってば!」
身体をばたつかせ、肩をすくめてナルトの手をよけたボルトだが、嫌がっているわりにどことなく嬉しそうだ。
「よし、練習再開だ。父ちゃんが土遁で障害物作ってやるから、今度はそれをよけながら的に命中させてみろ」
「へー、へー」
ボルトが、くるりとナルトに背を向けて、手裏剣を構える。
ナルトは、両手を組み合わせた。いつもやっているように、印を結んでチャクラを練ろうとした――その時。
ドクン!
いきなり、心臓が大きく跳びはねた。胸の奥に、覚えのある激痛が広がる。
「――――~~~ッ!!」
悲鳴が出そうになり、ナルトは歯を食いしばった。
胸を押さえて、フーッと息を吐く。ボルトは、ナルトに背を向けていて、異変に気づいていない。
「ボルト……悪ぃ」
ナルトは、震えそうになる喉に必死に力をこめ、平静を装った。
「父ちゃん、ちょっと……急用ができたみてーだ」
「え〜っ、またかよぉ」
不満げな声をあげて、ボルトが振り返る。
しかし、それよりも早く、ナルトは地面を蹴っていた。ヒュッ、と消えたようにしか見えない速さで、その場から離れる。
演習場の周りは、訓練用の森に囲まれている。木々の間を走り抜け、ナルトは旧市街へと急いだ。
心臓の拍動は、ドクドクとどんどん速くなっていく。ただごとじゃない。早く、病院に――サクラちゃんに、診てもらわねーと。
ドクン!
ものすごい痛みが全身を突き抜け、ナルトはもんどりうって、その場に倒れ込んだ。
土の地面に爪を立て、なんとか身体を起こそうとするが、力が入らずべしゃりとくずおれてしまう。
「ぐ……っ!」
だめだ。とても、病院までたどり着けない。
這うようにして必死に進み、なんとか逃げ込んだのは、森の中に建った鳥小屋だった。連絡用の鷹を育てるために昔建てられたもので、忍界大戦(にんかいたいせん)のころにはまだ現役だったが、今はもう何年も使われていない。雨風にさらされた壁は崩れ落ちる寸前だ。もたれかかった金網のネジが飛び、ナルトは金網ごと小屋の中へと転げ込んだ。
「ハ、ァッ……ぐッ、クソ……」
小屋の中はひどい有様だ。雨水の染みた古い羽毛が異臭を放って散らかっている。腐ったおが屑の散乱する床を這い、ナルトは小屋の隅にずるずるとうずくまった。
万が一にも、里の人々にこんな姿を見られるわけにはいかない。里を守るべき七代目火影の、こんな情けない姿。きっと不安がる。
「ぐぅ、ぁ、あ、ああ……っ!」
痛みの波が押し寄せ、息ができないほどの激痛が全身に広がっていく。
小刻みな痙攣が、身体の奥からこみあげて止まらない。
ナルトは背中を丸め、歯を食いしばって耐えた。
「く……ッ、……う、うーっ……」
汚泥にまみれて、どれだけの間、そうしていただろうか。
背中をぐったりと壁に預け、あちこち板の抜けた天井を見上げて、ナルトは、ハァー、と息をついた。
いつの間にか、痛みは消えていた。顔中、涙と汗と唾液でぐちゃぐちゃだ。
「……稽古、最後までつけてやれなかったな」
ひとりごとのつもりだったが、頭の奥で返事があった。
――そんなこと気にしてる場合じゃねえだろ。
「なんだよ、九喇嘛(クラマ)……起きてたのか」
――入れ物があんだけ喚いてりゃあ、目も覚める。
いつも寝起きは不機嫌なくせに、今に限って九喇嘛の声ははっきりとしている。
――てっきり誰かに攻撃されてんのかと思ったが……ナルト、一体何があった。
「わかんねー」
ナルトは顔をぐいっと袖でぬぐうと、壁に手をついて立ち上がった。
「ただ、印を結ぼうとしたら、急に胸が痛くなって……」
――……印を?
「あぁ。この間も今回も、印を結ぼうとしたとたんに」
――ナルト。
九喇嘛の声が、一段低くなった。
――後悔したくなけりゃあ、信頼できる仲間を集めて一刻も早く調査を始めろ。
「調査?」
ああ、とうなずいて、九喇嘛はゆっくりと続けた。
――六道(りくどう)のジジイが烈陀(レダク)国に滞在していたとき、同じ症状を起こしたことがあるはずだ。そん時はどうにか治せたらしいが……ナルト、お前の場合もそうなるかはわかんねえぞ。
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