【試し読み】かぐや様は告らせたい 小説版 ~天才たちの恋愛人狼戦~
『かぐや様は告らせたい 小説版 ~天才たちの恋愛人狼戦~』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。
あらすじ
それでは物語をお楽しみください。
プロローグ
「今度の三連休、みんなで旅行に行きませんか?」
藤原がそう言ったのは、そろそろ一学期も終わりが見えてきた頃のことだった。
生徒会としては、間近にフランスの姉妹校との交流会が控えていたが、幸いにも今年は相手側が全てを準備してくれることになっている。そのため、白銀たちに時間があることは確かだった。
「うちが持ってる別荘に、面白いゲームができるところがあるんです。それも、ただのゲームではないですよ。なにせ、我が家に代々伝わる由緒正しいゲームなんですから」
そう自信満々に藤原は言うが、それを聞いた白銀と石上は思わず顔を見合わせてしまった。
「……藤原家に?」
「……代々伝わるゲーム?」
警戒するような目で藤原を見つめる男二人。
だが、藤原はそんな男たちの疑惑の視線に気づくこともなく説明を続ける。
「館全体を舞台にした宝探し――まあ、今でいうリアル謎解きゲームですね。そして、見事に謎を解いた人には、実際に宝が与えられるんです。その宝の中身は私も知りませんが、どうも意中の人と結ばれるラッキーアイテムじゃないかと睨んでいるんです。なにせ、うちの父様と母様が結婚したのも、そのゲームがきっかけだったみたいですから」
「意中の人と結ばれる……」
「ラッキーアイテム……」
続いて、藤原の言葉に反応したのはかぐやと伊井野である。
「でも、このゲームって人数が必要なんです。だからみんなの都合がいい今しかないと思うんです。会長がアメリカに行っちゃう前に、送別旅行も兼ねてみんなで行きましょうよ! それにほら、うちの別荘だから宿泊費もかかりませんし」
「ふむ……」
送別旅行と聞いて、白銀は考え込んだ。送られる側としては、その気持ちを無下にすることはできない。
藤原の言葉にうなずきかけた白銀の前に、すっと石上の手が差し出された。
「待ってください、会長。やはり確認しておくべきかと……藤原先輩。まだ話してないことがあるんじゃないですか?」
「え?」
「会長の送別旅行には賛成ですが……妙に都合のいい情報ばかりなのが気になります。そのゲームとやらの詳しいルールを聞かせてもらえませんか?」
「いえ、その……ルールは当日まで秘密なんです。ほら、対策とかされるとまずいですし」
「なるほど。じゃあ、他になにを隠してるか教えてください」
「え!? う、うーん……」
石上の追及に、藤原はもじもじしながら目をそらした。
助けを求めるように周囲を見回すが、全員が彼女のことを疑うように見ていた。
そして、ついに観念しきれなくなった藤原が口を開いた。
「じ、実は……そのゲームの内容には館の掃除とかも含まれるんですよ。体験型のゲームですから、謎を解く過程で廊下を拭いたり、壺を磨いたり……だから、館の所有者にもメリットがあるんです。そのため、友だちを誘ってゲームを行えば、私はお祖父様からお小遣いをもらえることになってるんです……」
ほんのちょっとですよ、と藤原は言いわけした。
それを聞いた白銀は、ほっと息をついた。
「なんだ、そんなことか」
白銀にとっては、掃除くらいなんてことはない。むしろ、他人の別荘にただで泊めさせてもらうのだから、それくらいは当然のことだった。
「それなら俺は賛成だ。泊まりがけのバイトだと思えば、たとえ三日間掃除づけになったとしても俺は構わんぞ」
「会長!」
白銀の言葉に藤原は目を輝かせた。
「もちろん三日間とも掃除づけなんてことはないですよ。そんな話だったら真っ先に私が逃げ出しちゃいますから。あはは!」
「それもそうだな、ははは!」
†††
そして旅行当日、藤原の事前の宣言どおり、ゲームは始まり――その結果として、白銀は地下牢に閉じ込められることになってしまった。
「……なんで?」
白銀は自分の置かれている状況が理解できなかった。
気がつくと一メートルほどもある高さのマットレスに寝かされ、牢の中にいたのである。
「え……マジでなに、この状況?」
マットレスから床に下りると、白銀はふらふらと歩きだす。だが、数歩も行かないうちからそれ以上は進めなくなってしまった。
白銀の行く手を阻んでいるのは、無骨な鉄格子だった。
「なんだよ……マジでなんなんだよ。ゲームとかいうレベルじゃねぇだろ」
白銀には自分がどこに閉じ込められているのかもわからない。
檻の中には、先程まで白銀が寝ていたマットレスとトイレがあるだけだった。
時折、誰かの足音が天井から響いてくる。だが、天井に向かってどれだけ吠えても無駄だった。
「掃除とかさせられるだけで他に隠してることなんかねえって話だったじゃねえか、クソリボン! マジでシャレになんねえよこれぇ……」
鉄格子を両手で摑みながら、白銀はわめいた。
だがどれだけ叫ぼうと白銀の声に応えるものは誰もいない。
無限にも思える孤独と恐怖の時間のなかで、白銀は過去を振り返ることしかできなかった。
なぜこんなことになってしまったのか――
白銀は旅行が始まったときのことから、順番に思い出してみることにした。
【一日目・その一】
「はぁ――はぁ――」
「お兄ぃ! 見えた! もうすぐそこ!」
肩で息をしていた白銀は、圭の言葉に顔を上げた。海岸から続くのぼり坂の先で、圭が前方を指さしていた。「早く早く」と急かされるが、白銀は圭の荷物まで引き受けているぶん、どうしても足取りが重い。
「うわぁ……やばい。なんか外でみんな待ってるし」
ようやく坂道をのぼりきった白銀が見ると、確かに館の庭で石上たちが手持ち無沙汰そうに待っているのが見えた。
「旅行当日に寝坊なんて、ド定番すぎるでしょ! 展開がベタすぎて、びっくりするわ!」
圭は顔面を蒼白にして震えていた。
「……まあ、とにかく謝るしかないな」
旅行当日、白銀と圭は二人揃って寝坊してしまっていた。白銀は来月には海外渡航する準備もあっての疲労のため、そして圭は尊敬するかぐやとの旅行を前にして興奮しすぎてしまったためである。
集合時刻に遅れること三十分、二人はようやく目的地に到着したのだった。
日本海に浮かぶ島に建てられた藤原家の別荘【月影館】である。
木造二階建て、竣工は昭和初期――政治家として外交を担ってきた藤原の先祖により、海外からの来客をもてなす目的で建てられたものである。
外観は、明るいオレンジ色のスペイン瓦とクリーム色の外壁が特徴的なスパニッシュスタイル。その眩しい色を目にして、白銀はようやく一息ついた。
「お兄ぃ、ほら、汗拭いて!」
圭がかいがいしくハンカチを差し出してくる。一見すると、汗だくになっている兄のことを気づかっての行動に見えるが、そうではないことを白銀は知っていた。
「いい、お兄ぃ? 本当に、みんなの前でかぐやさんとイチャつくのだけはやめてよ」
「わかってるよ」
旅行が決まってから、圭には何度も釘を刺されていたのだった。
白銀とかぐやがつきあっていることは生徒会のメンバーに報告してあるし、圭がいるときにかぐやを家に連れてきたことだってある。
だが、そのときにかぐやと同じ布団で寝ているのを圭に見つかったこともあり、白銀は旅行にあたって妹から尋常ではないプレッシャーを受けているのだった。
「お願いだから、この旅行中にそういうことしないでよ? 旅行って非日常だから普段とちがう空気になることあるかもしれないけど、どっかのホテルとかじゃなく、千花姉ぇのおうちの別荘だってこと忘れないでよ?」
「わかってるってば」
白銀の顔を圭はじーっと怪しむように睨む。
(この調子だと、旅行中も見張られそうだな)
白銀は内心でがっかりしながら、みなの方へと歩きだした。
「どもっす」
「会長、おはようございます」
門をくぐり、刈り込まれた芝生を進んで行くと、玄関の前にたむろしている石上と伊井野が声をかけてきた。白銀がそれに「遅れてすまん」と頭を下げていると、
「圭ちゃんー、無事に合流できてよかったよー」
「萌葉、ごめんね、遅れちゃって」
萌葉が圭に抱きついて歓迎していた。
今回の旅行はいつもの生徒会メンバーにくわえて圭と萌葉も参加していた。それは藤原の強い希望があったためだ。なんでも藤原家に代々伝わるゲームとは六人以上でなければ行えないものらしい。
「会長ー、今日から二泊三日、よろしくお願いします」
圭から離れると、萌葉はすり寄るように近づいてくる。
「ああ、こちらこそよろしく頼む。すまんな、遅れてしまって……」
「全然平気ですよー。というか、ちょうどよかったかもしれません。私たちもまだ中に入れてないんですよ。なんでもゲームの準備があるとかで、姉様とかぐやちゃんだけが中に入ってるんです。私たちは、ほら、まだ荷物だって部屋に置けてません」
萌葉が指し示す先には、確かにキャリーバッグやリュックがある。
遅れたのは申し訳なかったが、確かに萌葉の言うとおり、一時間も二時間も遅れないですんだのは不幸中の幸いだった。
「あら、たいへん。会長、汗かいちゃってますよ」
「ん? ああ、すまん――」
白銀がハンカチを取り出そうとすると、それより早く萌葉が動いた。
萌葉の持ったハンカチが白銀の額に触れようとする、まさに直前――
「ねえ、萌葉」
圭が萌葉の手をがっしりと摑んでいた。
「あれれ? 圭ちゃん、どうしたの? もしかして会長がとられると思ってヤキモチ?」
「そういうのじゃないから。あのね、この旅行に誘ってくれたことは本当に感謝してるけど……これ以上、人間関係ややこしくしないで」
圭は表面上はにこにこと笑いながら、周囲に聞こえないほどの声量で萌葉に忠告した。
「んふふー、じゃあこっち」
「ちょ、ちょっと。そんなことしなくていいから……もう、萌葉ったら」
萌葉は圭の態度に気分を悪くした様子もなく、嬉しそうに圭の汗を拭き始めた。
「ふふ、でも会長。もし機会があったら、私と遊んでくださいね」
圭とじゃれつきながら白銀を見る萌葉の目が、怪しく光ったような気がした。
「あ、お二人とも。ちょうどよかった」
そんなことをしていると、館の中から藤原が顔を出す。
「たった今、準備が終わったところですよー。こんにち殺法」
「面目ない。妹ともども、世話になる」
「よろしくお願いします。それとこんにち殺法返し」
白銀と圭は頭を下げた。
そして藤原に続いて玄関から姿を現した人物に、白銀は目を奪われた。
「あら、会長。それに圭も」
黒いハイウエストのロングスカート、フリルのついた白のブラウス、そして髪にはトレードマークの赤いリボン――薄暗い館の玄関の奥から出てきた少女を見て、白銀はまるで蜃気楼でも見ているような錯覚に陥った。
四宮かぐやが、白銀と圭の顔を見ると、にっこりと微笑んだ。
「無事に着いてなによりです」
凜とした、それでいて柔らかな声色に引き戻されるように白銀ははっと背筋を伸ばした。
「ああ、いや本当に悪かった」
「すみませんでした!」
白銀と圭は二人そろって頭を下げる。
「平気ですよー。なにせ今日は会長の送別旅行ですからね。主役は遅れてやってくるくらいでいいんです」
「そうですよ。誰も怒ってないから、圭も顔を上げて」
藤原とかぐやが口々に言う。その言葉どおり、誰も気分を損ねていないのが、せめてもの救いだった。
「さて、じゃあ準備もすみましたし、中に移動しましょう。荷物も持ってきてください」
「あ」
藤原の言葉に従って荷物を持ち上げた伊井野が、バッグからなにかを落としてしまった。携帯ゲーム機だった。それを石上が目聡く見つけて言う。
「あれ? 伊井野そんなの持ってきてたんだ?」
「ん……うん。移動時間とかにやるかもって」
歯切れ悪くそう言う伊井野の心理が白銀にはわかった気がした。
(きっと石上とやるために持ってきたんだろうな)
伊井野と石上の微妙な関係には、生徒会の全員が気づいている。
だが、石上本人はというと、
「そっか。迷ったけど、僕は持ってこなかった。どうせやる時間ないだろうし」
と、伊井野の真意に気づくそぶりさえない。白銀は少し伊井野が不憫に思えた。
それから全員で館に入る。
初夏の日差しが遮られた館の中は薄暗く、目が慣れるまで少し時間がかかりそうだった。
「はい! それでは皆さん、こちらをご覧ください」
玄関を入って、大きな柱時計の側まで進むと、藤原が数ページの冊子を全員に配った。
どうやら、ゲームの説明書のようである。そこにはこんなことが書かれていた。
『館に残された謎かけを解いた者には、世界で最も尊い褒美が与えられるだろう。
まずは寝台より指先を伸ばし、その指示に従うべし。
また指先の掃除を怠ることなかれ。手は心の現れ、常に清潔を心得よ。
仲間と切磋琢磨し、ときに競い、ときに協力し謎に挑むべし。
ただし館に潜む鬼に注意せよ。人間には鬼に対抗できる力はない。
唯一の例外は【転ばせ】である。
一日の終わりに行われる転ばせこそ、正しく謎を解く鍵である。
転ばせには【御柱様】を選ぶ力有り。議論を重ね、己が行動を省みるべし。
見事、悪を追放したならば、褒美は自ずと開かれる。
ただし、欲望と没落は表裏一体。
目先の欲を払いのけ己が心に潜む悪に打ち勝たねば、真の勝利は得られぬものと心得よ。
全ての者に褒美を得る機会は与えられる。
正しきことは、幾度となく繰り返すべし。
研鑽は習慣となり、習慣は研鑽となる。
それはこの館を去りし後にも、ゆめ忘るることなかれ……』
そこから先は大浴場の使い方や、図書室の本は館内であれば持ち出しオーケーといった細々とした注意点が書かれていた。
全員が読み終わるのを確認すると、重々しい口調で藤原が言う。
「これが藤原家代々の伝承です。これに沿って、みなさんにはゲームをしていただきます。そして、伝承から予想した人がいるかもしれませんが、実は私たちの中に一人、鬼としての役割を与えられる人がいます。鬼はある条件を満たすと、私たちの誰かをゲームから脱落させることができます。鬼は、人間を最初の半数以下にすれば勝利となります」
藤原は廊下に備え付けてある伝声管を指し示した。
排水パイプのようなその管の先端はラッパのような形をしている。そこに声を吹き込むと、各所にある同じ伝声管に声が伝わるというアナログな代物である。
どうやら館のいたるところに伝声管は張り巡らせてあるらしい。中央廊下だけでもいくつかの伝声管を見つけることができた。
「他の参加者が鬼に対抗する手段――それは転ばせと呼ばれる議論です。転ばせは一晩に一度行います。全員が自室から、この伝声管を使って誰が鬼かを話し合い、多数決で決めるというものです。最も多く投票された人物は御柱様と呼ばれ、その時点で脱落となります」
藤原は両手の人差し指を立てて頭の両側に当てる――鬼のポーズを取った。
「ちなみに鬼の勝利条件を満たすには、自分が積極的に動いて誰かを脱落させてもいいし、転ばせによって誰かに濡れ衣を着せて脱落させても構いません。とにかく、自分が御柱様にされずに誰かを蹴落とせばいいわけです」
「鬼以外の参加者の目的は、誰が鬼かを見抜くってことでいいのか?」
「もちろんそれもありますが、伝承に沿って謎を解くのが一番の目的になります。鬼に脱落させられないように気をつけながら、屋敷中を探し回ってどこかに隠された褒美を見つけてください。中身は私にもわかりませんが、とてもすごいものらしいですよ」
「なにせ【世界で最も尊い褒美】だもんね。ちなみに、うちのひいお祖父様は、それを手にしたからこそ、総理大臣になれたし、お父様とお母様が結婚するのにもこのゲームは一役買ってるようです。それとお祖父様の代でもゲストとして参加した人が勝者となり、会社を起こす際の資金源となったという話もあります。つまり、なんらかの報酬が実在していることは確実みたいですよー」
藤原の説明を引き取って萌葉が続ける。
白銀はそれを聞いて、ひっそりと思案した。
(金か。正直、ありがたい話だ。今後のことを考えれば、な)
ここ最近、白銀家の懐事情は大幅に改善されており、白銀は以前ほどバイトに時間を割く必要がなくなっている。
しかしこれまで以上に金が必要になるという予感が、白銀にはあった。
(四宮の家のことがあるからな。相手がいつ、どう出るかわからんが……資金は絶対に必要だ。だが、藤原家からもらうってのが、どうもシャクだな)
と、そこまで考えて白銀はふっと息をついた。
そもそも藤原家伝統のゲームの褒美という時点で眉唾なのだ。本当にもらえるかどうかもあやふやな褒美のことよりも、まずはゲームのルール把握に集中しようと頭を切り替える。
「ちなみに転ばせの投票は義務です。投票に参加しなかった人物は脱落となりますのでご注意を。転ばせは午後七時開始ですから、宝探しにかまけすぎて忘れないようにしてください」
白銀はこれまでの説明を頭の中でまとめた。
参加者は、人間と鬼にわかれる。
鬼はなんらかの方法で人間を脱落させることができる。
人間は転ばせという議論によって、鬼を脱落させることができる。
(大事なのはこの三つだな。問題は、特に最後だ。転ばせで鬼を当てることができたならいいが、もしも濡れ衣を着せられて自分が選ばれたらそこで脱落してしまうからな)
――と、考え続ける白銀をよそに藤原が続けた。
「つまり人間側の目的は、謎を解くことと、鬼を転ばせによって倒すことです。参加者はこの二泊三日の間に、何度も館中を行ったり来たりすることになるでしょう。そのため、このゲームは鬼滅回游と呼ばれています」
「大丈夫ですか、そのネーミング?」
石上が不安そうに声をあげた。しかし藤原はそれには取りあわず、明るく手を叩く。
「それと、必ずゲーム開始前に貴重品などは金庫にしまっておいてくださいね。金庫は捜索範囲外ですから、皆さん、手を出しちゃダメですからね」
「……あの、というとやはり、割り当てられた個室については、他人の部屋も捜索範囲ということなのでしょうか?」
かぐやが不安そうに手を挙げて尋ねた。それは白銀も気になっていたことである。
全員の視線が藤原に集中した。
藤原は無言のまま、にこーっと、実に朗らかな笑顔を見せる。
それを見た全員が肩を落とした。つまりは、他人の個室までも捜索してよいというルールなのだ。
「あ、ちなみに部屋の鍵ですが、内側からはかけられるけど、外からはかけられないようになっています。つまり、寝るときとかは大丈夫だけど、探索のために外に出るときは出入り自由になってしまうわけですね」
藤原は実に楽しげに、とんでもないことをのたまった。
「そして、誰が部屋の鍵をかけているかは、この人形で判断できます」
そう言って、藤原は柱時計の前に並べてある人形を指し示した。
「この人形が各部屋の鍵と対応していて、鍵をかけると、こう……くるんと回って人形が背中を向ける仕組みになってるんですよ。電気仕掛けじゃないのに、よくこういうの思いつきますよね」
「あの、この人形って私たち……ですよね?」
伊井野が恐る恐ると尋ねた。
人形は一体一体の顔がちがっていて、白銀たち七人の特徴をはっきりと有していた。
「ええ、専門の人形師さんに発注してるんです。これも伝統なんですよ。謎解きに力が入りすぎてケンカしちゃうこともあるけど、でも鬼滅回游が終わったらそれは引きずらない。そのために、お祓い的な意味で人形を御焚き上げするんですね。確執は人形が天にもっていってくれるんです」
「館系ミステリーあるある小道具、見立て人形きましたね。僕たちの誰かが殺されたら、この人形も壊されるってシステムですよ、絶対」
前髪の長い自分を模した人形をいじりながら、石上がしみじみとつぶやくのだった。
白銀の頭に、これまで映画や小説で触れてきたミステリーが思い浮かぶ。石上の言うとおり、登場人物の生死とリンクする人形は定番といってよいほどの存在だった。
暗い顔をする白銀たちとは反対に、藤原だけがひたすら明るい。
「さて、じゃあもう質問はありませんね。それでは、皆さん割り当てられた部屋に移動をお願いします。全員が部屋に入ってから、十分後にゲームを始めましょう。鬼の部屋には専用のマニュアルが置いてありますから、その時間を使って読んでおくといいでしょう。スタートは各部屋についている伝声管で合図しますので、それまでは自室から出ないでくださいね」
その藤原の言葉を合図に、全員が歩きだした。
個室の割り振りは、女子が一階、男子が二階となっている。
白銀が階段をのぼりはじめると、連れだって歩く石上が話しかけてきた。
「伝承とか細かいルールとか説明されたけど、それが全部ダミーで、本当に三日間掃除づけになったりとかしませんかね?」
「さすがにそこまではないだろ」
正直、白銀としてはそれでもいいと思っているのだが、石上は不安そうな顔をしていた。
二階に上がると、白銀に割り当てられた六号室と石上の七号室は隣り合っていた。二人は軽く手を上げて挨拶してから、同時に自室へと入った。
「おお、広いな」
白銀は思わずそうつぶやいた。
修学旅行で泊まったホテルも豪華だったが、その部屋よりもずっと広い。
キングサイズのベッドに四人がけのソファー、白銀が所持している服全てを吊るしても余りそうなクローゼット、ドラマや映画でしか見たことのないような羽根ペンとインク壺が置かれた机……二泊三日といえど、一人で泊まるには持て余しそうな設備だ。
またいくら探しても鬼用のマニュアルは見つからない。白銀は安堵の息をついた。
「……俺は鬼ではないようだな」
白銀は部屋の隅に設置してある金庫を開けた。
少し考えてから、リュックサックごと金庫に入れることにする。スマホ以外に必要な物は特にないし、盗られて困るような物もほとんどないが、念のためである。
続いて白銀は、ベッドの側の壁へと視線を移した。
そこには縦長の木の板が六枚かけられている。一見すると意識高めのラーメン屋の壁にあるメニュー表のようにも見えたが、それよりもずっと文字が多い。
「ふむ。どうやらこれが【指示】らしいな」
その木の板――木札には、こんな文字が書かれていた。
【一 客を迎え入れる玄関は、人体にたとえれば口である。またそこから続く中央廊下についても、よく磨き、清めるべし。
二 りいあによらいはのと……】
六枚の木札の共通点として、上部には番号が振られており、その下に文章が書かれていた。しかし、日本語として意味をなしているのは一の文章だけだった。二枚目以降はひらがなが羅列してあり、そこに意味は読み取れない。
「二枚目以降の暗号は……今は解けなさそうだな。一枚目の文章は、普通に考えれば玄関と中央廊下の掃除をしろという指示だな」
白銀は少し思案してから、木札の内容をメモすることにした。木札は壁にかけてあるだけで容易に取り外しができる。悪意あるものはこれを盗むことができるのだ。
内容をメモし終えてから、白銀はそれをポケットにしまう。
それからしばらく待つと、机の側にある伝声管から声が聞こえてきた。
『では、時間です。準備ができたかの確認と、伝声管のチェックのため、一号室から順番に報告をお願いします』
その藤原の言葉からほどなくして別の声が伝声管から聞こえてくる。
『一号室の四宮かぐやです。準備と言っても、荷物を金庫に入れただけですが……報告はこれくらいでいいですか、藤原さん?』
少しくぐもっているが、間違いなくかぐやの声だった。
『ええ、十分ですよ。それでは、次に二号室の方、よろしくお願いします』
今度は少し間があった。
『圭ちゃん? どうしたの、伝声管の使い方わからないなら教えに行こうか?』
沈黙に耐えかねた藤原が心配そうな声をかけると、ようやく伝声管から返事があった。
『いえ、大丈夫です!』
慌てたような声色は、間違いなく聞き慣れた妹のものだった。
『二号室の白銀圭です。すみません、伝声管の蓋が閉じてしまって、少し手間取りました。もう大丈夫です。みなさん、二泊三日の間、よろしくお願いします』
少しのトラブルはあったようだが、進行に支障があるほどではない。
ただ白銀はそのわずかな間が気になった。もしも鬼のマニュアルが圭の部屋に置かれていたのだとしたら、最初の対応を考えて返事が遅れてしまったということもありえるのだ。
(ふむ、ささいなことだが……一応、覚えておくか)
自分の妹を真っ先に疑うのも心苦しいが、白銀は心にとめておくことにした。
続けて藤原(三号室)、伊井野(四号室)、萌葉(五号室)が挨拶した。
そして、ようやく白銀の番が回ってくる。
「六号室の白銀だ。今回は俺の送別旅行ということでありがたい限りだ。だが、くれぐれもはしゃぎすぎて事故などが起きないよう、よろしく頼む」
杓子定規な注意だけをして、白銀は挨拶を終えた。
この時間はいわば伝声管の使い方を全員で確認するためだけのものだと、そう白銀は認識している。事実、他のみなの挨拶も同じようなものだった。
だから当然、最後の石上も同じだと思っていた。
『……七号室の石上優です。個人的にですが、この場を借りて言いたいことがあります』
「?」
石上の声が妙に固い。
伝声管を通して聞こえる声は当然、普段のそれとは異なっているが、それだけでは説明がつかない変化を、白銀の両耳は確かに捉えていた。
石上は言う。
『どうしても、ひとつ会長にお願いしたいことがあるんです』
「俺に?」
『会長、僕と本気で勝負してください』
その言葉は、白銀にとって完全に予想外のものだった。
なにせ、つい数分前、石上は階段をのぼりながら気怠そうにゲームへの不安を吐露していたばかりなのだ――
『僕は会長に助けられて、生徒会に誘ってもらえました。正直、辞めたいと思ったこともあったけど、今では頑張って続けて本当によかったと思えています。様々な経験を得て、僕も少しは成長したと自負しています。だからこそ、この会長の送別旅行で、それを証明したいんです。だから会長――』
――どうか僕と本気で戦ってください、と。
どこか泣き声にさえ聞こえる声は、すがりつくような響きを帯びている。
「石上……」
白銀は、思わず言葉に詰まった。石上の提案はそれほど意外なものだった。
石上は嫌なことがあるとすぐに逃げる男だった。
だが、体育祭での一件や、子安つばめへの想いなど、石上にとっては不得意なはずの分野でも、彼は何度も苦渋を飲み込み、あがき続ける姿をみせた。
石上は確かに成長している。そんなことは、白銀が誰よりも理解しているつもりだった。
そして、その石上から挑戦されたのだ。白銀の答えなど、ひとつしかない。
「ああ、わかった。石上」
白銀は伝声管に向かってはっきりと宣言する。
「俺も本気でいこう」
先程まで石上はあまりゲームに乗り気でない様子だった。そんな彼の心変わりの理由はわからない。もしかしたら石上が鬼であり、今の宣言はなにかの作戦なのかもしれない。
だが、たとえそれが罠だったとしても白銀は石上の誘いに乗ることにした。
(後輩から真剣に勝負を挑まれて、それから逃げたのでは先輩として面目が立たん! 石上、おまえの勝負、受けて立つぞ)
この瞬間、白銀はゲーム――鬼滅回游への参戦を、心から決意したのだった。
読んでいただきありがとうございました!
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