〜二千文字物語 隣の芝生は青く見える
「Swapping System」
通称Sシステムと呼ばれているこのシステムは10年くらい前に普及した人体入れ替わりシステムだ。どこかの胡散臭い連中達が昔流行った「夢の中であの男の子と(女)と・・・入れ替わっとる(入れ替わってる!?)!?」で有名な映画にインスピレーションを受けて作り上げたシステムである。このシステムでは老若男女関係なくお互いの同意があれば体はそのままに意識だけを相手と入れ替えてしまうというとんでもメカだ。
システムが開発された当初は様々なメディアが取り上げたが、勿論それは好意的な内容ではなく、「基本的人権の侵害」だとか「犯罪に利用されないか」だとか「運用面の問題点」など個人倫理や社会制度にスポットを当てたものばかりであった。そんなこともあり、実際に使われることはないと思っていたが、世の中どうなるか分からないものである。性差別や虐待、いじめ問題、各種ハラスメントに対して被害者の気持ちを考えるきっかけになったり、障害者の生活を本当の意味で経験できるシステムとして情操教育の分野で徐々に使われ始め、いつしか一般的に利用可能な代物となった。今では若者のほとんどが「Sシステム」の利用経験があるとどこかの雑誌がデータを出していた。もっともそんな利用方法以外にも整形の延長線での利用や、
不正入国の手段、入れ替わり中の犯罪への利用、都市伝説レベルでは金持ちが自分が死ぬ直前に若者と入れ替わるみたいな使われ方もあるそうで、未だに問題を多く抱えるシステムであるのは間違いない。
とはいえ、「Sシステム」は利用停止の実現が難しいレベルで普及しているし、俺も「Sシステム」の利用経験がある。もう何度使ったか、数えるのも面倒臭くなった。確か最初は中学生の頃で異性の身体への興味から利用した気がする。それからは、消防士や弁護士、医者のような自分にあった職業を見つけるために利用したり、自分の体では怖くてできないような薬を使ってみたりとかだな。まあ、ほとんど褒められた使い方はしていないな。自分の身体じゃないから身勝手な行動ができてしまう。だからか、「Sシステム」導入後、ここ数年の国内の治安は最悪である。
とはいっても俺も昔みたいにヤンチャするほど心が若くない。それにお金があっても案外面倒だと言うことがわかった。前回の交換では今の人間関係を切りたいといった、金持ちから身体の交換を求められた。こんな有料物件は他にもないと思い、言葉二つでOKしたが交換してみるとお金目当てにやってくる人がなんて多いことか…。1日2〜30人くらいの人が俺のお金を目当てにやってくる。こいつらをやり過ごすために引っ越しをしたり、居留守を使ったりと様々な手を尽くしたが、彼らはどうゆうわけか俺の居場所をすぐに見つけ出し、合鍵を作っては居座るのである。GPSとか付けられているんじゃないかと思ったがそんな気配もない。未だにあいつらがどうやって俺の居場所を探し出したのかは不明である。そんな生活を1年も続けるとお金なんてどうでもいいし、それよりも人がいない場所に行きたくなった。そんなときに見つけたのが今の身体である。元の持ち主は声帯に障害を患っており、声が出せないみたいだ。そのせいかほとんど友人がおらず、関わる人も両親や主治医くらいで前回みたいに人と関わる機会が少ない。それに声が出せないわけだからそもそも喋る必要がないというのが楽である。普段の生活は朝起てから朝食を食べ、昼ぐらいに通院し、夜寝るくらいの単調なものである。実際俺の趣味なんて「Sシステム」くらいないのだから、特に何もしなくても困らないのである。そういえば元の人格は星を見るのが好きだったみたいだ。よく周りから「流星、流星」と聞こえてきた。残念ながら俺は星なんかに興味がないからほとんど無視していたが、一回くらいはこの身体で空を眺めてみるのも良かったかもしれない。
そんなことを思いながら俺は「Sシステム」の順番を待つ。今回の交換相手はトップアイドルの北野 拓海である。彼はトップアイドルの生活に疲れ自分ではない何かになるために「Sシステム」の利用を希望しているとのことだ。丁度思いっきり身体を動かしたくなった頃なので、勿論OKである。
「Sシステム」の利用方法は簡単で、自分の順番になったら相手に今の身体の名前を紙に書いた後、心の中でその名前を3回唱える。この時に何か間違いがあると一生「Sシステム」を利用できなくなるから細心の注意が必要だ。過去に幸一という漢字を間違えて辛一と書いてしまい「Sシステム」を利用できなくなったという事例があったらしい。気持ちは分かるが何も真逆の意味で間違えなくてもいいだろう。何が悲しくて子供に一番辛くなってほしいという思いを込めて名前をつけるのだろう。真逆の意味で間違えられた親も可哀想だ。
・・・話を戻すと名前を3回唱えた後にその紙をお互いに交換し、「Sシステム」の中にそれぞれ交換した紙を投入する。そうすると次の日の朝には身体が入れ替わるのだ。まるでオカルトみたいな話だが、それで上手くいくのだから仕方がない。実際この手順で俺は何度も入れ替わりを成功させている。
今回も今の自分の名前、飯田 隆盛と紙に書いた後にこころの中で「いいだ たかもり」と3回唱えて相手と紙を交換する。その後「Sシステム」に
北野 拓海と書かれた紙を投入する。これで明日にでも俺はトップアイドルになれるだろう。今まで声を出さずに過ごしてきたからこれから歌って踊ってと真逆の生活に苦労もするだろうが、滅多にできない経験だ、少しの間楽しんでみよう。
翌朝、試しに歌ってみたがどうやら声が出ないみたいだ。今日のステージの練習はどうしたものか?
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