全ては繋がって
しんしんと降り注ぐ雨が夏の名残を洗い流し、街には秋の気配が漂い始めている。季節は移れど研究者としてなすことは変わらない。学術研究とは世の中に還元され社会の発展に寄与するためのものであり、人間の社会というのは今までもこれからも流れの中で形を少しずつ変えながら存在するので、ある意味では研究に終わりなど存在しない。なので学ぶべきものはいくらでもあるし、私の脳が回転木馬のように休みなく回り続けるのなら、いついかなる時でも学業に邁進したいものである。
ところが人間の脳も精神もそんなに優秀ではないので、休みはある程度取らなければならない。むしろ少し休んだ方がかえって効率的に仕事ができる。というわけで雨の降る土曜の午後はパウル・クレーの画集を眺めつつ、アル・ディ・メオラの "Kiss My Axe" を聴きながら過ごすことにした。パウル・クレーといえばバイオリンの名手でもあり、その作品は色彩と線で旋律を奏でるような絵画であった。他方アル・ディ・メオラといえばジャズ・フュージョンを土台にエキゾチックな雰囲気を超絶速弾きのギターにまとわせて奏でている音楽家であるが、この二人が私の中で繋がった。私が眺めた絵画と耳に入ってきた音色は私の感性を媒介にしてどこかで合点がいったような気がした。
縁もゆかりもない二人のアーティストの間になぜ私は繋がりを見出したのだろうか。芸術の素晴らしいところは解釈が受け取り手に委ねられていることなので、合理的な説明をつける必要性は感じない。ただ、アル・ディ・メオラの奏でた音色は、ときに宝石のように輝く地中海に沈みゆく夕日のようであり、ときに雄大な大地を見下ろす夜空の星たちのようであった。そしてパウル・クレーがチュニジアやエジプトで見た景色はこれらに通ずるものであり、彼の絵画にもまた燃え盛る炎のような情熱や未知の世界へと誘うかのような神秘性が込められていたのだろうか。
こうして人間の感性という無限の海の中で全ては繋がっているのだろう。音楽は情景を映し、絵画は旋律を奏でる。クレーの筆先から描かれた線は時空を超えてアル・ディ・メオラのギターの弦となり、心地よい音色を響かせている。