真名、そして魂のかたち
私の名前は裕太だった。
産まれる前に、両親によって用意されていた名前が裕太だった。
でも産まれたら女の子だった。2130gしかない、女の子だった。
子どもの名前って産まれてから2週間以内に届けなくちゃいけない。2週間、14日以内。
私の名前は結局ある日突然父が呼んだ名前になった。
小学生のときに親に名前の由来とか生まれたときのエピソードを聞く授業があった。
幼い私は「なんでこの名前なの」と言った。責めるような響きを選んで、言った。
「さやかとかかわいい名前が良かった」
同じクラスの、同じ日が誕生日の、私と反対みたいに大人しくて細くて守ってあげたくなるような女の子を思い浮かべながら言った。
そしたら母は「ママもそういう名前にしたかったよ」と言った。
今の名前、すごく私に似合うと思う。すごく私という存在にぴったりだ。
でも、今の名前よりもっと、私はなんか裕太っぽい。
昔読んだ本で平安時代の陰陽師が「名前は呪いだ」みたいな台詞を言わされてた。
なるほどなぁ、確かに確かに。と、読んだときに思ったから今でも覚えてる。
今の私の名前、確かにそれっぽい。名前の漢字の意味のままに育った。
でも私、それよりもっと裕太っぽい。なんでかな?
とある漫画で真名という概念を獲得した。
その漫画では真名はその人の本当の名前なんだけど知られたら正体を掴まれて相手に負けちゃう、そういうものだった。
真名。本当の名前。
本当ってなんだろう。わからないけどもしかして、私の真名、裕太なんじゃない?
だから私こんなにも裕太っぽい感じに育ったんじゃない????
いや、知らんけど。というかなんだよ、裕太っぽい成人女性って。
でもやっぱり私、どう考えても裕太っぽいんだよな……
娘が生まれるか生まれないかというころ、私はその頃見てたアメリカのドラマの主人公がとてもとても羨ましくて、「マッケンジーって名前に生まれてマックと呼ばれたい人生だった」と度々言っていた。
そしたら夫が私へのプレゼントにMackenzieって刻印を入れてくれた。
その流れで夫に「じゃあこの子にミドルネームを付けるなら何?」と訊いた。
夫はちょっと考えて「Michelle」と言った。
息子が生まれるか生まれないかのときにも私たち同じことを繰り返して、そして夫は「Gideon」と言った。
私はさやかにもMackenzieにもなれなかったし、どうやら魂の形が裕太っぽいけど、娘と息子はもしかしてもしかしたらMichelleとGideonになってしまったかもしれない。真名が。魂の形が。
どうかな、魂に形なんかあるのかな。
どうやら私は、どうしても裕太っぽいけど。
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