塾生メシ 経営者インタビュー #1 ソニー株式会社元執行役員 石田佳久氏
毎月最終火曜日に都内で開催されている、慶應生と経営者のカジュアルな交流会「塾生メシ」。これまで、数々の大手企業出身の経営者や、多方面でご活躍されている起業家の皆さまにゲストとしてご参加いただき、これまでにのべ300名もの塾生と100名以上の経営者が交流を行いました。
立ち上げから3年の年月を経て、「慶應生と経営者の交流を通じて社会のMAKERをつくる」というビジョンに立ち返った時、気づいたのは「塾生メシにしか発信できない情報があるのではないか」ということ。そこで始まったのが、このインタビュー企画です。
記念すべき初回には、慶應義塾大学理工学部卒の塾員であり、ソニー株式会社元執行役員/シャープ株式会社元共同CEO/ヤンマーホールディングス株式会社前取締役の石田佳久氏をお迎えし、キャリアのことから塾生へのアドバイスまで、幅広くお話を伺いました。
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ーーはじめに、これまでのキャリアについてあらためて教えてください。
石田 まず、ソニーに入ったのは単純な理由で、東京から離れたくなかったからです。また、ウォークマンを世に出した会社に興味がありましたし、作っている商品が中学時代から身近にあったのも大きかったですね。
ーー「東京から離れたくなかった」理由について、もう少し具体的に伺えますでしょうか。
石田 当時、東京での生活がとても気に入っていたほか、東京にはさまざまな企業が集中しているため、どうにかして東京で働き続けたいと思っていました。加えて、私たちの世代では「大企業に勤めること」がステータスとして重要視されていたんです。そのため、東京に拠点を多く持ち、なおかつ有名な企業に勤めたいと考えました。ソニーはエレクトロニクス分野で日本をリードする革新を続けており、私はその環境に自分も関わりたいという強い憧れがありました。
ただ、ソニーにはメカエンジニアとして入社しましたが、配属先は希望通りには行かず、最初に配属されたのはパソコンを設計している厚木市の部署でした。そのため、思惑が少し外れた感覚もありましたが、それでも首都圏で働けることに満足していました。こうした選択は、当時の就職活動の中心が推薦や企業の紹介だったからこそ可能だったのかもしれません。
3年ほどメカエンジニアをやりましたが、ソニーのメカエンジニアは一生同じような仕事しかできないので、自ら希望して営業に移動しました。本当は広告宣伝をやりたかったのですが、自らの希望でグループ内を異動できる「社内募集制度」というものに応募していた関係で広告宣伝には行けず、営業への移動が決まりました。
ただ、それをきっかけに英語も話せるようになりましたし、調達、製販(いわゆるPSI)、品質管理、契約などさまざまなことを勉強し、その後はVAIOの海外展開などを経験、最終的にはVAIO、テレビ、ホームオーディオ、ホームビデオ、スマートフォンなどさまざまな事業を歴任させていただいたので、今思えば良い転機だったのだと思います。
その後はマネジメントとの意見が合わずソニーを退社し、楽天、LG DisplayなどのAdvisorを歴任。その後、シャープに社外取締役としてジョインし、翌年から副社長を拝命しております。食道がんを患い2020年に退社して以降は、フルタイム勤務は諦め、社外取締役などのポジションで自らの経験を活かしております。
ーー石田さんは当時、就職活動をどのように進められたのですか?
石田 就職活動といっても、正直なところ、当時はほとんどしていませんでした。工学部の学生として研究室に所属していて、当時は大学のゼミや研究室が企業と密接な関係を持っていて、研究室からの推薦で就職先を決めるのが一般的だったんです。
私の場合も、機械工学科に所属しており、塑性工学などを専攻していました。研究では、金属のバネを圧縮して、どういう形で塑性変形をしていくかといった実験を行い、金属の変形が物理的にどう進むのかを研究していたんです。しかし、前述のように東京で働きたいという思いの強さから、全く違う道に進むこととなります。
ーー石田さんからご覧になって、目標を着実に実現・大成している人に共通することとは何でしょうか?
石田 一つ目は、寝食を忘れるほど夢中になれるものがあるかどうかだと思います。二つ目は周りの人に助けてもらえること。言い換えれば、自分より優秀な人をいかに集められるかということです。自分一人でできることは限られていますからね。三つ目は執拗で我慢強いことですね。私には三つ目の要素が少し足りなかったように思います。
私はBill GatesやSteve Jobsと直接話をする機会もありましたし、それ以外にもMichael Dell、Reed Hastings、Jensen Huangなどとも交流があります。Jack Welchが書いた本やLarry Page、Sergey Brin、Mark Zuckerbergなどの創業者のことが書かれた本も沢山読みました。またソニーの盛田昭夫さんやホンダの本田宗一郎さん、松下幸之助さん、永森重信さん、孫正義さん、三木谷浩史さんなど、日本にも多くの偉大な経営者がおり彼らが自ら書いたもの、彼らのことが書かれたものも多くありますので読んでみてください。私があげた以外にも共通点が見つかると思います。
ーーBill GatesやSteve Jobsとお会いになった際の印象はいかがでしたか?
石田 特に印象的だったのは彼らの「信念を貫く姿勢」です。Jobsさんとは、彼がAppleを追い出された後、Nextという会社を立ち上げた時に会いました。彼はソニーに対して新しいモニターの製品開発を依頼してきたのですが、最初の訪問時に私はオフィスに入れてもらえませんでした。彼は「エンジニアとだけ話がしたい」と言い、私のようなマーケティング担当者の同席を断られたんです。
しかし、後で一緒に食事をした際、「今日は技術の話に集中したかった」と謝られ、彼の誠実な姿勢に心を打たれました。Jobsさんは、製品に対するこだわりが非常に強く、周囲からの反対にも屈せず、自分のビジョンを貫く姿勢が印象に残っています。
ーー彼らも結果を残してきたビジネスマンですが、石田さんがお考えになる「仕事ができる人の特徴」は何なのでしょうか。
石田 分野によって異なる部分もありますが、商品開発において「仕事ができる人」とは、「顧客が何を求めているか」を常に考え、改善を重ねる姿勢を持っている人だと思います。例えば、私が携わったソニーのVAIO PCは、当時としては業界初のワイヤレス通信技術を搭載しました。当時は、出先でノートPCを使ってもネット接続が簡単ではなく、ホテルでもモデムを電話線に繋いでいた様な時代でしたし、後にWi-Fi技術が応用されましたが、外に出た途端にネットワークが使えないと不便でした。そこで、通信会社と共同でPCに通信機能を組み込み、どこでもネット接続ができるようにしました。自分自身がユーザーとして不便を感じたことが、技術的なイノベーションに繋がることは多いんです。
ーー 一方、石田さんご自身が体験された失敗談がありましたら、お話いただける範囲でぜひ参考にさせていただけますでしょうか。
石田 しいて言えば、やはり「執拗さ」と「我慢強さ」が足りなかったことでしょうか。上司の決断に納得できず、ソニーやシャープを退社しましたが、我慢して会社に残っていれば別の未来があったかもしれませんね。ネット上では「テレビ事業を黒字化できず左遷された」などと言われていますが、私はそれを失敗だとは思っていません。むしろ、ソニーのテレビ事業が復活できたのは、私がアセットライト経営にシフトしたことが大きく貢献していると今でも思っています。
人生全体で考えると、父親に言われて野球を高校2年で辞めたこと、大学受験に失敗したこと、家庭を妻任せにしたこと、人の忠告を聞かずに病気になったこと、お金(Personal Finance)の勉強をしてこなかったことなどですね。
ーー大学生の中には、進路や目標設定に悩む人も多いかと思います。まだ将来のビジョンが定まっていない場合、石田さんはまずどうされますか?
石田 冒頭でもお話ししたとおり、私は元々やりたいことがあってソニーに入ったわけではありません。「なんとなくかっこいい」とか、「商品が好き」という気持ちがきっかけでした。今は一生同じ会社に勤める時代ではありませんから、興味を持てる会社を探して、まずはそこに入るのがいいと思います。
私が入社した頃、ソニーには3ヶ月の試用期間があり、その期間を経て初めて本採用される制度でした。入社式で当時の盛田社長が、「皆さんは会社が選んだ人たちですが、この3ヶ月間で会社を中から見て、合わないと思ったら辞めた方がいい。3ヶ月経っていい会社だと思ったら、それは自分が選んだ道だから、後悔のないよう働いてほしい」と話されたのがとても印象的でした。働いていくうちに、やりたいことも見つかるものです。
ーーキャリア選択に伴い、現在の日本の就職活動についてどうお考えですか?
石田 今の就職活動は、私たちの時代とは大きく変わっています。特にインターンシップが重要視されるようになった点は素晴らしい変化だと思います。当時、私が就職活動で経験したインターンシップは、大学4年生の夏休みに、トーハツ株式会社という企業で4週間の研修を受ける程度のものでした。同社はモーターボートのエンジンを作っており、私はそのシャフトの設計を体験させてもらいました。短い期間でしたが、実際の設計の仕事に触れることができ、エンジニアとしての勉強にはなりました。
しかし、今は大学1年生の頃から参加できるインターンシップも行われており、早期に自分の適性や興味を見つけるための機会が増えています。これはとても良いことです。一方で、企業側にも柔軟さが求められると思います。
私が以前働いていた会社では、新入社員が入ると、営業や製造、販売といった分野で一律に研修が行われていましたが、今の時代ではそれぞれの専門性に合わせた研修がより効果的だと思います。特にソフトウェアやITの分野では、学生が持っているスキルが即戦力になることもあるので、企業がそのスキルをどのように活かすかを見極めることが重要です。
ーーそういった採用の場面で、石田さんはどのような点に注目されていますか?
石田 私が採用に関わる際は、学生が自分の意見をしっかり持っているかを重視しています。例えば、以前の職場では「あなたはどうしたいか?」と質問することがありました。この質問に対して、しっかりとした意見を持って答えられる学生は、非常に印象に残ります。私が若い頃、会社での上司に相談すると、上司はまず「君はどうしたいんだ?」と聞いてくれました。自分なりの考えを持ち、物事に対して解決策を提案する姿勢は、社会人として大切なスキルだと思います。
ーーZ世代に期待することはありますか?
石田 Z世代に限らず、キャリアを形成するうえで大事なのは「興味や得意分野を突き詰めていく姿勢」です。例えば、今の時代では一つの会社に一生勤めることは少なくなっていますが、だからこそ柔軟に新しいスキルを学び、キャリアを形成することが大切です。
Z世代に近い私の息子も、最初はマスコミ志望で大手テレビ局に何度も応募しましたが、最終面接まで進んでも内定を得られず、違う業界でキャリアを築き始めました。このように、自分の興味が変わることを前提に、さまざまな分野に挑戦し続けてほしいと思います。
ーー最後に、現役の大学生や若い世代にメッセージをお願いします。
石田 私は運良く周りのサポートもあり、好きなことを追求できる環境に恵まれてきました。ソニーに入社した当初、私はメカエンジニアとして入社し、その後営業を経て、パソコン事業を担当することになりましたが、コンピューターについての知識が豊富だったわけではなく、当時は授業でパンチカードを使ったプログラミング程度しか学んでいませんでした。
コンピューターが特に好きだったわけでもなく、むしろ苦手意識が強かったくらいです。それでも、自分なりに学び続け、パソコン事業においても新たなアイデアや技術を積極的に導入することができました。これは、環境や機会を最大限に活用し、自分の仕事に誇りを持って挑戦し続けたからだと思います。
若い世代の皆さんには、好きなことや興味が持てる分野を見つけ、その領域で自分のスキルや知識を高めていって欲しいです。そして、日本だけでなく世界に目を向け、グローバルな視野を持ちながら、自分の力を発揮してほしいと思います。
特に今の時代、世界の市場や技術に触れることで、新しいアイデアや価値観が生まれることが多いです。私はこれまで、インテルやマイクロソフトと直接交渉したり、海外の技術者と連携して商品開発を進める機会にも恵まれましたが、そうした経験を通じて、自分の考えや技術を発展させることができました。
最後に、人生の大きな目標を持ち、それに向かって一歩一歩努力する姿勢を持ってください。夢を持って挑戦し続けることは、時に難しいこともあるかもしれませんが、その過程があなたの人生を豊かにし、将来の可能性を広げてくれるはずです。どの分野に進むにしても、困難に直面した時に自分の信念を貫く強さと、柔軟に対応する力を持って、ぜひ新しい道を切り開いていってください。