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時計師の呪い

江戸時代、静かな港町に一人の老時計師が住んでいた。彼の作る時計は、その美しさと精巧さで知られていたが、同時に恐ろしい噂も囁かれていた。「あの時計は、持ち主に幸運をもたらすが、代償として呪いを与える」と。

ある日、その時計は町の有力商人の手に渡った。商人の家は豪奢な造りで、庭には見事な花々が咲き乱れていた。商人は時計を手に取り、その美しさに目を奪われた。針が動き出すと、まるで時間が加速するかのように、商人の事業は急速に成功していった。

しかし、幸運の影には不気味な影が差していた。ある夜、商人は奇妙な夢を見た。真っ黒な着物を纏った女性が、同じ時計を手にして彼を追い詰める。女性の顔は青白く、目は血走っていた。商人は飛び起きると、全身が冷や汗に包まれていた。

その後、商人の家族に不幸が連続して降りかかった。長男は謎の病に倒れ、次男は行方不明となった。商人の妻は、夜な夜な泣き声を上げるようになった。そして、ついに商人自身も病に倒れた。彼の死に顔は、言い表せない恐怖に歪んでいた。

時計はその後、町の人々の間で手渡されていった。そして、どの持ち主も最初は幸運に恵まれるが、やがて必ず不幸に見舞われるのだった。町には暗い影が差し、人々は恐怖に怯えるようになっていった。

そんな中、一人の若い巫女が町にやって来た。彼女は黒髪を長く伸ばし、白い巫女服を身にまとっていた。その瞳は澄んでいたが、どこか哀しみを湛えているようにも見えた。巫女は、呪われた時計の謎を解き明かすべく、調査を開始した。

古い書物を紐解いた巫女は、時計の製作に使われた禁断の素材の存在を突き止めた。その素材は、古い神話に登場する「闇の鉱石」だった。鉱石は使用者に大いなる力を与える一方で、魂を蝕む代償を求めるのだという。

真相を知った巫女は、時計の呪いを解く儀式を決行した。真夜中、町の広場で巫女は時計を抱えて立っていた。彼女は呪文を唱え始めると、突然、激しい暴風雨が町を襲った。海からは巨大な触手が現れ、町を引き裂こうとしていた。

巫女は必死に呪文を唱え続けた。するとそのとき、彼女の体が光に包まれた。光は時計に集中し、次の瞬間、時計は粉々に砕け散った。暴風雨は嘘のように止み、海の怪物たちも深海へと消えていった。

あれから町に平穏が戻ったものの、人々の間では未だに時計師の伝説が語り継がれている。そして、海底で今も時を刻み続けるという時計の音を、漁師たちが聞いたと噂するのだった。

巫女の行方は、誰も知らない。ただ、満月の夜、浜辺に一人の女性がたたずみ、遠くを見つめているという話が、今も町で囁かれているという。


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