見出し画像

私の命にトドメを刺して

 自分の葬式とか、病院のベッドでの死に際とか、具体的に死の場面を想像すると、自分の根っこや奥底にある願望がにょきっとでてきて、自分でも意外な発見になることがある。私の場合、四十歳にして初めて遺言を意識したときに、自分でも予期していなかったところからそれは舞い降りてきた。

 半年ほど前に遠方に住んでいる友人から、誕生日プレゼントと一緒に手紙が届いた。限定販売の推しの写真集が手に入って幸せ、という近況と、自分が死んだら棺桶にはその写真集を入れてほしい、という「遺言」があった。彼女の死期が近い訳ではない(はずだ)が、何かそう考えるきっかけがあったのだろう。シリアスな内容の手紙ではなかったが、はっきり「遺言」と書かれた二文字に本音が込められていると感じた。少し突飛な願いも受け入れてくれる友人に、自分の死後の願いを伝えておこう、という気持ちはわからなくもなかったし、私も自分の棺桶に入れて欲しいものを伝えておきたいと思った。

 自分の棺桶に入れて欲しいものを書きだしてみると、たくさん出てきたのでリスト化してみた。年齢的に死はそこまで身近ではない。その分、単純に棺桶という箱の中に入った自分を何で囲まれたいか考えることができた。実際に入れていいかどうか、燃えるかどうか、現実的に入れられるかどうかは深く考えずに作ったから自分が本当に最後まで残したいものが露わになって意外と楽しかった。

 この時私が作ったリストの中に、私の心臓にトドメを刺す声、というものが入っている。
 
 その声と最初に出会ったのはスマホゲームだ。登場キャラクターの一人である王子様が彼の声だった。バリトンの部類に入る低音で、優しさの中に少し危険な香りのする大人の色気がにじみ出た声。この声好きだな、と思って、声優の名前を調べ、彼のことを知った。
 次に彼の声と会ったのは某人気アニメだ。彼は呪いの王様、一言でいうとラスボスキャラを演じていた。そのアニメでの第一声は奇声じみた笑い声。かっこよさ、イケボ、優しさ、色気などとは程遠いはずなのに、その声を聞いた瞬間、私の身体の動きはとまり、視線は画面にくぎ付けになり、体の中からなにかぞくっ、とするものが沸き上がってきた。聞いたことがある声だが誰の声だろう、とアニメが終わった後に調べたらスマホゲームの王子様の声優だった。やっぱり私この声が好きなんだ、しかも演技も上手くてゾクゾクする、と一話が終わった時点ではそう思っていた。しかし「ただ好き」なだけではどうにも説明がつかないことに暫くして気が付くことになる。

 声優は演じるキャラクターによって声色や話し方を変えるので、好きな声であってもその人だと気が付かない場合がある。私は彼以外にも好きな声優が何人かいるが、好きなのにその人の声だと気が付かずアニメをただただ見ていた自分を悔いる、なんてこともざらにある。ただ、どんなキャラであっても、本人が声色を変えて演じていても、話し方を変えていても、自分の耳に入ると、絶対動きを止め、その声に気を取られ、体の内側がぞわぞわする声があった。それが彼の声だった。彼がその役を演じているという事前情報があるわけでもない。その声が耳に入った後の自分の身体の反応で、私は彼の声だと知覚する。念のため声優を調べると、やっぱり彼の名前がでてくる。頭より先に体が動くとはこのことだ。そんな体験を何度かしたことで、自分が彼の声そのものに抗えないのだと気が付いた。

 棺桶リストを作った時に彼の声が浮かんできたのは、大きなデスサイズを持ち、アッシュ色のロングヘアが特徴的で、一見怪しそうだが髪から覗く顔はとても美しい死神の役を、彼が演じていたアニメがあったからだ。棺桶から死神が連想されたんだろう。

 一度書きだしたリストを整理しながら、死神の声なら死んだ後ではなく死に際に、私の最期を下すための言葉を言ってほしい、と思った。私は死に際ってきっとそう楽なものじゃない、と思っている。穏やかで眠るように息を引き取るって本当にあるのか? それよりも苦しくて辛い思いをしながらだんだん死に近づいていくケースのほうが多いと思う。だから、そんな苦しい思いをしながら生きようとする自分に、私が抗うことのできない声であの美しい死神らしく、優しく、でもはっきりと最期を告げてくれたら、心も体も解放されそうだ、って思ってしまったのだ。棺桶リストを作るまでは、頭より先に体が反応する好きって動物的でちょっと生々しくて気持ち悪いなって思っていた。しかし、死神なんてラベルを付けて生殺与奪の権利を与えてしまった途端に、すごくしっくりきてしまったのだ。以降、彼の声は私のなかで「私の命にトドメを刺す声」と成った。

死に際に耳に囁くその声で私の命にトドメを刺して


いいなと思ったら応援しよう!