ビッグ・イール・ハンティング
「ねぇあきら、起きて起きて」
浅い眠りの中で瑠璃の声がした。
彼女の「起きて」に重大な意味があった試しはない。たぶんまた「寂しいから」みたいな理由で、あたしを起こしにかかっているに違いない。
あたしは無視して寝返りを打った。すると、投げ出した右腕の上に柔らかいものがグニッと乗っかる。それが瑠璃の自慢のEカップだということをあたしはよく知っているし、彼女の歴代の男たちのようには喜ばないので、まだ眠り続けることができる。
「ねぇー、起きて起きて起きてぇ」
今度は肩を揺さぶられる。あたしは昔飼っていた犬のことを思い出す。雑種犬のピンは可愛かったけれど賢くはなく、あたしが何度叱っても早朝に起こしにきた。そういうところ、瑠璃はちょっとピンに似ている。
「起きてよぉあきら。起きて起きて」
瑠璃はいよいよしつこい。
仕方ない、少し相手してやれば満足するかと思って、あたしはとうとう薄目を開いた。
枕元の時計は午前三時を示している。まだ全然起きるべき時間ではない。
「あっ、起きたぁ」
常夜灯の下に、瑠璃の姿が白く浮き上がって見えた。あたしの腕におっぱいを載せ、かわいらしい角度で頬杖をついている。童顔だけどどこか色っぽい顔立ち、その下の華奢な首には途中でパックリと赤い切れ目が入って、マカロニのような動脈が顔を出している。
あれから丸一年は経ったのに、瑠璃ときたら相変わらず、あたしに殺されたときと同じ姿をしている。幽霊とは、かくも変化に乏しいものなのだろうか。
「……なんか用?」
用なんかないだろうと思いながらも聞くと、瑠璃は「あのね!」と嬉しそうに顔を近づけてきた。
「逢坂さんから電話があったの! あきらに教えなきゃと思って!」
「逢坂さんから!?」
あたしが飛び起きるのを見て、瑠璃は「ほめてぇ」と言い、満足げに微笑んだ。あたしが霊媒師の逢坂ミツヨに瑠璃の除霊を頼んだことを、彼女はまだ知らない。
【続く】
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