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マグレ②

バラした後も諦めきれず、しばらくその場で川面を眺めていた。いつの間にかイナッコの群れは下流へ降りてしまい、鱸の気配は感じられなくなっていた。

今日はこれで終わりか。いつまでも下手くそのままだな...。

そんなことを思いつつ、ふと橋脚付近に目をやると、大きな魚影が見えたような気がした。見間違いだろうか。目を凝らすと、ぼんやりと魚のような影が上流を向いているのが見える。

気を取り直し、スネコンをキャスト。影の少し上流に着水させ、ボトム付近に定位している魚の目線に合わせるようなイメージで流し込む。魚の口先があるであろう位置の上流30センチほどの場所まで流したところで竿をしゃくり上げ、スネコンを水面へと急浮上させた。

刹那、スネコンの後ろの水面がうねり、ズン!という衝撃とともにローワーが弧を描いた。

「...喰っ...た...!?」

声にならない声を上げる。正直、口を使うとは思っていなかったので完全に不意を突かれたが、体は反射的にアワセを叩き込んでいた。

直後、強烈なエラ洗い。鱸だ。しかもデカい。橋脚へ走られたらマズいが、幸い大鱸はドラグをジリジリと引き出しながら上流へ向かっていく。進行方向は砂利底で障害物もないオープンエリアだ。ジリオンのドラグを解放して自由に走らせる。

今いる立ち位置ではタモが届かないほど潮位が低くなっていたため、少し上流にある階段まで誘導することにした。

大鱸はエラ洗いや突っ込みを繰り返すが、ローワーがそれを鞭のように柔軟にいなす。サイズの割にやけにエラ洗いが多いのは、水深が浅くて潜れないからだろう。何度も走られては寄せを繰り返すうち、少しずつ走る距離が短くなる。

そしてついに観念したのか最後はスルスルとこちらへ寄ってきた。鈎掛かりを確認するべく、首元のゼクサスを焚く。テールフックが口先に1本掛かっているだけだった。最後まで気は抜けない。無理をしないように干上がった川底の砂利の上にズリ上げ、下顎めがけて差し出したオーシャングリップのジョーを閉じた。

「獲った!」


目の前に横たわる鱸は90を超えていた。とても狙って釣ったとは言えないマグレの一尾。

素早く蘇生に入ると、すぐに鰭を動かし始めた。手早く撮影を済ませる。もっとカッコいい構図の写真をたくさん撮りたかったが、元気な状態でリリースすることを優先する。


オーシャングリップのトリガーを引くと、大鱸は力強く尾を振り闇の中へ消えていった。我ながら蘇生からリリースまで完璧だ。

真夜中の川原で独り小さくガッツポーズ。まだ少し冷たい夜風が河川を吹き抜けていく。心地よい。

階段を登り、先ほど鱸を掛けた場所に戻ってみると、ほとんど干上がっていた。本当にギリギリのタイミングだった。

準備中にスネコンが目に留まったこと。このタイミングでここに辿り着いたこと。なんとなく魚影が見えたような気がしたこと。いくつもの偶然が重なり、何かに導かれるようにしてこの鱸と出会うことができた。

釣りのセンスがなくとも諦めずにフィールドへ立ち続ければ、時々こうやってマグレが起きる。そしてこのマグレ以降、同じタイミングで何度かいい思いをしたのは言うまでもない。

釣りのマグレには再現性がある。


マグレ 終

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