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『走れメロス』にまつわる秘話と太宰治の人間観
はじめに
太宰治の代表作『走れメロス』は、友情と信頼をテーマにした感動的な物語です。しかし、その背後には、太宰治自身の人生観や創作への苦悩が色濃く反映されています。本記事では、『走れメロス』や太宰治にまつわる秘話や興味深いエピソードを掘り下げ、その魅力に迫ります。
1. 『走れメロス』執筆の背景
『走れメロス』は、太宰治が1939年に発表した作品です。この時期、太宰は創作活動に行き詰まりを感じていました。戦争が迫る時代の中で、厳しい検閲や文壇の変化に対応する必要があり、「わかりやすく、誰にでも感動を与える物語」を書こうと決意しました。その結果、生まれたのが『走れメロス』です。この作品は、太宰の新しい創作姿勢を象徴するものでした。
2. 友情と太宰の人間関係
『走れメロス』の中心テーマである「友情」は、太宰の人生経験に深く根ざしています。太宰は多くの友人や知人に頼りながら創作活動を続けていましたが、その一方で、自己破滅的な生活が原因で周囲に迷惑をかけることも多々ありました。
メロスが友情を守るために努力する姿には、太宰自身の友情への憧れや、償いの感情が投影されているとも言われています。彼の人生そのものが、友情と信頼を巡る葛藤の連続だったのです。
3. 『走れメロス』の執筆速度
意外なことに、『走れメロス』は比較的短期間で執筆されたと言われています。その理由の一つに、太宰がドイツの詩人シラーの『人質』から着想を得ていたことがあります。この着想が物語の構築をスムーズに進めたとされています。短期間で書かれたにもかかわらず、完成度の高い物語になったのは、太宰の天才的な文才によるものでしょう。
4. 自己矛盾の物語?
『走れメロス』は、友情と信頼を称える感動的な作品ですが、実は太宰自身は「人間を完全には信頼できない」と感じていたと言われています。物語中でメロスが疑念に囚われたり、逃げ出しそうになる場面には、太宰の現実的な人間観が反映されています。
彼は、信頼の重要性を描く一方で、「人間は弱い存在だ」という視点も取り入れ、読者に複雑な感情を抱かせる構成を意図していたのかもしれません。
5. メロス像の変遷
初期の構想では、メロスは現在のような英雄的なキャラクターではなく、もっと人間らしい欠点を持つ人物として描かれる予定でした。しかし、戦時中という背景や、読者に感動を与える必要性から、より高潔で信念を貫くヒーロー像に変更されました。この改変が、物語をさらに普遍的で感動的なものにしたと言えるでしょう。
6. 隠れたテーマ:自己犠牲と生と死
物語の表面的なテーマは友情と信頼ですが、その裏には「自己犠牲」と「生と死」が隠れたテーマとして描かれています。メロスが友人を救うために自らを犠牲にしようとする姿は、人間が「誰かのために生きる」ことで人生の意味を見出すというメッセージを含んでいます。
また、王の試練を受け入れるメロスの行動には、人間の内面的な強さや美しさが象徴されています。
7. 太宰治の創作観:美しいものを書きたい
太宰は『走れメロス』執筆時に「美しいものを書きたい」と語っていました。太宰の他の作品には、自虐的な要素や皮肉が多く見られますが、この作品では珍しく人間の善性や希望をストレートに描いています。戦時中の厳しい現実の中で、このような純粋で感動的な物語を提供したことが、多くの読者の心を捉えた理由の一つでしょう。
まとめ
『走れメロス』は、友情や信頼といった普遍的なテーマを描いた名作でありながら、その背後には太宰治の人生観や創作への苦悩が深く刻まれています。太宰自身の葛藤が投影されたこの物語は、時代を超えて多くの人々に感動を与え続けています。
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