正義が危ない
昨年12月17日と今年2月1日に行われた東海村議会の原特委(原子力問題調査特別委員会)の様子を知った。
それは、原発を再稼働させたい会派「新政とうかい」の議員が賛成する村の“広域避難計画”を早く作ってほしいという請願の審査をしていた。
危険が迫っていると思った。
その危険の一つ。
先ず避難計画に実効性がない。
そして、次の危険は計画が認められれば原発再稼働に舵が切られるだろう。
10年動かしていない原発再稼働はそれだけでも危険は計り知れず、動かして電源喪失が起きたら数時間でアウト、フクシマの二の舞になる。
そこに、小さな希望は10年動かさずに冷やしている危険物は、非常事態が起きても500時間の猶予があるらしい。
原発は、絶対に動かしてはならない。
そして、何より思ったのは、ここで起きているゴリ押しの事実を村民は知っているだろうか?という事だった。
「新政とうかいの9名」は「調査を求める7名」に発言を許さず話を聞かず、村民の安心安全のために、という大義名分を使って避難計画の基本となる物を作って、ひとまず通してその後補足していけばよい。という“泥棒捕らえて縄をなう”方式で押し切ろうとしている。
議論にもならない多数決の暴力によって採決に持っていこうとする議会を傍聴した人が「児童会よりヒドイね」と言うのを聞いた。
それは、児童会に失礼じゃないかい?
「国会だってあれだけ恥知らずで酷いんだもの、しょせん村の議会なんだもん仕方ないよ」と言う人が居た。
「あんたが幾ら頑張っても世の中は変わらないよ」
「ずっとこんなもんで時代は来たんですよ、きっと原発は動かされると思いますね」としたり顔で言う人。
「もっと大変な国もありますからね、日本なんて平和な方ですよ」
「どーせ、騒いだってもう上の方では決まってるんですから諦めなさい」
「あなただって、原発の恩恵受けていい暮らしして来たんですよ」と上から目線で言う人が居る反面、
今回の事や村内の至る所に放射能危険物が置かれている話をすると、
「えー、知らなかったぁ。怖い、どうしてそれをちゃんと知らせてくれないの?」
「えー、もっと知りたい!」という人が居る。
結構居る。というか、話したらほとんどの人が知りたいと言う。
但し、分かりやすく面白く、怖くないように、偉そうでない話を聞きたい。と言う。
ワシは、熱くなりやすい。
押し付けがましくなりがちだ。
どうやったら、面白く分かりやすく発信できるんだろう。
話しを戻して、
「新政とうかい」の実効性のない広域避難の案を取り敢えず作って、審議を通してしまってから内容を考えていく。というやり方は、最初に原発を動かした時に、「使用済みの燃料の始末が付けられないが、その問題をどうする?」という声があった時、「それは日進月歩の時代だ、動かしてから考えればよい」と疑問の声は聞かず、原発は動かされてしまったとしたのと同じ思考行動だ。
上下水道を完備せず見てくれだけ素敵な家並みを作って住宅を販売した事があった。
そこを買った人達は、住み始めてから家の周りや道路を掘り返される事になった。
ホントにお間抜けな楽観主義によってこの国は成り立っていると痛感す。
“最初に抵抗した方が、最後に抵抗するより楽だ”と、レオナルド.ダ.ヴィンチは言うが、事実を知っていなければ抵抗の仕様がねえべ。
私は、個は中立でなく独立であったらいい。と思っている。
人は組織に飲み込まれると個の意思も感情も失い「人でなし」になる。
機械的な判断と行動をするなら、それについて学習したAIにさせれば良いだろう。
すべては事実を知る事から始まる。
勉強が出来ない者は、何が分からないかが、分からないという。
広域避難計画を希望しているのは、東海村の商工会。
その商工会の理事に日本原電がなっていると、今回初めて知った。
新政とうかいと商工会、日本原電は密接な関係を持っている。そこに公平性はあるのか?
知る者は知らせる義務と権利があり、知らない者は知る権利と義務がある。という。
みんな、自分が知ったことは、誰かに伝えて行こう! そして、知る努力をしよう!
「新政とうかい」は2月1日の委員会で採決を強行した。
エルンスト.シューマッハ(経済学者)が著書『スモールイズビューティフル』で
「現代人が法外な欲望を解き放ってしまった事で、気違いじみた(表現が不適切だがそう書いてある)経済主義が経済的利益を追求し、その支配層が人間回復を例外なく拒んでいる」と書いたのは50年前。
そして「生活水準が下がると言えば議論はそこで打ち切りである」として「原発も使用済み燃料の始末が出来ないうちは使ってはならない」と言った。
私たちは、解放された欲望をコントロール出来ないまま、反省も修正もしないでここに来ている。
正義の反対にあるものは、不正義でなく、もう一つの正義だと聞いた。
それぞれの正義は、包み隠しなくウソ誤魔化しをせず話し合い、議論をすることで正しい道(本当の正義)を導き出していく。
それをしない今、正義が危ない!
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