無題
最後に記事を更新した2019年から3年という月日が経った。当時と現状はさほど変わっていないが内面的には大きく変わった。いくつか例を挙げてみたいと思う。
まず第一に、当時自分が飲み込まれていた「自明性の喪失」という観念をほとんど抱かなくなった。これは時間の経過によるものが大きく、自分が何も意味を見出し得ない状態にすっかり慣れてしまったことが主な原因だと考えている。自明とは習慣によって生まれるものだから、不安に慣れてしまえばそれもまた自明になる。
第二に、さまざまなことを主観的に捉えることが少なくなった。かつて自分は不安の内側にいて、そこから沸き起こる感情を言葉にして吐き出していた。しかし今の自分は、不安というものを単なる事象のひとつと考えるようになった。不安は自身の能力を超えた問題に対し適切に対処することができない状況で発生し、そこからネガティブな考えが無限に連想されることで、意識の焦点が定まらない状態として表れてくる。そのため自分は不安に対して何が問題であるかを定義し、自身の能力で対処可能であるかどうかを判別する。可能であれば具体策を考え、可能でなければ回避するか、自身を強化する道を選ぶようにする。このように機械的に考えることで自分は不安に飲まれることがほとんどなくなった。しかし不安の内側から語られていたかつての自身の真剣な言葉はもはや自分の口から出ることはないだろうと思う。悲しいことだが、今の自分にとって不安というものはそこまで価値のあるものではない。
第三に、自分の過去にあまり縛られなくなった。自分はかつて自分が自分である根拠を過去の自分に求めていたが、そのために過去の自分と比較をしてその落差を見るたびに勝手に落ち込んでいた。しかし今の自分が過去の自分であると強く思えていた観念的な根拠を失い、今の自分と過去の自分は完全に切り離された。結果的にそれが自分にとって良い結果をもたらした。以前と比べて新しいものを取り入れ、新しいことに挑戦することが容易になってきている。
最後に、自殺をしたいと全く思わなくなった。これは2020年の段階で既にその兆候が見えていたが、以前にも増して自殺という行動に何ら価値を見出せなくなった。なぜなら自分には自殺によって救われる自己もなく、取り除かれる痛みもないからだ。とはいえ生きることを肯定する理由も自分にはない。
こうした変化を経て、自分は以前よりも精神の安定を獲得した。しかし未だに意欲が障害され、積極的に何かを取り組むということがうまくできていない。これからはこの意欲の回復に向けて頑張ろうと思う。
ところで自分は最近何をしていたかというと、ブログを書いてゲームを作っていた。ブログは1200日以上続いた。ゲームはGMS2ではなく、ウディタを使って開発している。7年前に作り始めたゲームだ。途中で投げていたが、2019年の冬から再開した。当面の目標はこの2つの維持だが、今年はもっと環境の変化という点を考えられればと思う。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?