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挫折してから

しばらくNoteを離れていた。あれから7か月が経とうとしているが、様々なことを経験し学習した。その結果ものの見方が少しづつ変わってきた。今回はそのことについて記述する。

まず自分がこれまで何をしてきたかについて触れる。精神が壊れたのが2018年4月~2019年2月、そこに追い打ちをかけるように2.3週間ほど高熱にうなされたのが2019年3月、そして精神が溶けると感じたのが2019年4月~6月だ。精神が溶けると感じたのは、自分の精神が完全に崩れている状態で、2020卒の新卒採用の時期が過ぎてしまったからだ。挫折を無かったことにできるチャンスだった。しかし壊れた精神ではもはやどうすることもできなかった。

6月の段階である決断をする。すべての執着を一旦捨てるということだ。新卒採用を、院試を、ゲーム開発を、ワーキングホリデーを、上京を、バイトを、社会復帰を、Noteを、一旦諦めた。すべて自分から切り離した。そして挫折を受け入れた。自分は人生に失敗したということを認めた。

つぎに自分は精神が壊れた時に悟った、ある重要な観念を自分の中心に据えた。それは「すべての意味に価値はないが、機能は依然として残る」というものだ。自分はこれまで不安というものを前提に負の価値づけを過剰に行ってきた。たとえば「受験に合格しなければ人生が終わる」「就職できなければ人生が終わる」「レールから外れたら人生が終わる」。だが「人生が終わる」とはどういうことだろうか。それが「死ぬ」ということであれば、就職に失敗して以降も自分が生きているのはおかしい。ここに因果関係はない。そうでなくて「人生が終わる」とは「自分が価値を肯定していた人生」というものが、受験や就職といった選抜に弾かれた場合、その価値を享受できなくなる、ということにすぎない。そしてその価値づけは絶対ではない。神が定めたわけでも、親が強いたわけでもない。ただ自分がそう思っていただけだ。

それで自分は、意味や価値というものについて囚われるのをやめた。すべての意味や価値は誰かが勝手にそう思っているだけだ。法律もお金も、思い出の品もそうだ。絶対ではない。だが一方で、価値の有無にかかわらず、お金は造幣局から作られ、法律は政治家が決定する。スマートフォンは機能する。そしてそれが一定の効力を持つ。目的を設定し手段を選択し実行しさえすれば、何であれ結果が得られる。動機は別として、このことは価値と関係しない。英語が嫌いだからといって、英語の読み方を知っていれば英語は読める。

素朴な価値判断を放棄して、機能に即した分析的な思考を心掛ける。これらのことを念頭に置いて自分は物事の認識を改めようとした。まず初めに自分は2つの観念を採用した。ひとつは「自殺をしない」ということ。もうひとつは「自分の実力を見定める」ということだ。自殺については「生きる理由もなければ死ぬ理由もない」という理由で中止した。自分の実力を見定めるとはすなわち「物事には今の自分にコントロール可能なものと不可能なものがある」ということを認めることだ。その境界を見定め、まずはコントロール可能な部分を自分の力量として定着させる。それから不可能な部分が絡んでくる問題に取り組んでいき、行動可能な領域を広げていく。

次にこれを口だけの問題にしないように、毎日ブログに記録をつけた。自分はまず「習慣」というものに目をつけた。自明性の喪失に対してそれを回復するには習慣づけをすることが一番だと考えた。例えば今までの自分にとって、運動すること、記録をつけること、定時に寝ることといった活動は自明のものではなかった。しかし1週間、2週間それらを繰り返すにつれて、そうすることが当たり前のように感じられた。はじめは苦労したこれらの活動も、次第に難なくこなせるようになった。そしてこれらの活動の成否を評価して、自分の自信につなげた。

また同時に自尊心の回復を図った。自分は今まで自分の実力に見合わないことばかりを取り組んできた。その結果、自分の自尊心はほとんど無くなり、自分が自分でないように思われた。そこで自分に対して厳しい制約を課すことを一旦やめた。好きな時に好きなことを好きなだけやることを認めた。主にゲームをやっていたが、自分がなぜか新たに没入したのは映画だった。1週間で5本は観た。今日までには60本以上は観たようだ。これも自然に習慣化された(解釈の価値を否定したつもりが、物語にはまりこむとは皮肉である)。

7月も終わりに近づくとある程度の自信にはなった。自分はまったくの無能ではなく「生活習慣を維持することができる人間」であると自認するようになった。これは社会にとっては当然のことかもしれないが、自分にとっては大きな成長だった。そこで8月と9月はこの基盤を生かして更に行動可能範囲を広げることにした。

今までは1日スパンの短期的な目標を持続させることに注力してきたが、今度は1.2ヶ月単位での目標を敷こうと考えた。一番身近で取っ掛かりやすいと考えたのはTOEICだった。大学時代に何度か受けていて、やり方はだいたいわかっている。そこで2ヶ月間、目標を800点以上に設定し、TOEICを勉強することだけを注力してきた(だがゲームや映画鑑賞も同時並行で行い、勉強に関しては無理をしない程度という前提で行った)。

結果としては775点(L : 430  R : 345 )で惜しくも800点には及ばなかった。受験に際して致命的なミスがあり、制限時間を10分早く勘違いしていたということがあった。これは以前に受けた時もそうだった。そこで最後の方でよく問題を読まずにマークすることになった。だがこれが無くても、読解の方で確かな実力がついていないという実感があった。リスニングの勉強法は分かっていたが、リーディングの確かな勉強法が分かっていなかった(今思えば読解の絶対量と集中力の無さが原因だと思う)。何より現役時代に最後に受けた点数とほとんど変わらなかった(その時も800点は越えなかった)。

とはいえ、自分は1.2年ほど英語から離れていたにも関わらず、2ヶ月程度で勘を取り戻せるのだという気づきにもなった。それに現役時代とは異なり、自分の勉強法を正確に評価するということを2ヶ月の間ずっと続けていた。そして何より2ヶ月の間勉強をやり切ったということが何よりの自信になった。ただ惰性に作業をこなしていただけではなく、毎日試行錯誤をしながら目標に向かって行動出来ていた。

10月から12月は目標を見失い中期的な目標を立てることができなかった。TOEICをまた再挑戦すればよかったのだが、それもしなかった。この時の一番の課題は習慣という自明性の基盤をわずかに得て安定したことで生まれた「惰性」との勝負だった。つまり自分は、これまでのように必死な思いで活動しなくていいと思うようになった。なぜなら挑戦することはエネルギーを使うことだからだ。

惰性によって自分は短期的な習慣も放棄するようになった。とにかく自尊心の回復ということを言い訳に、自分は惰性に崩れていった。とくに10月中旬以降、旅から帰ってきた後にすべての動機を失った。映画を見る本数も減った。

この3ヶ月の間は記録だけが唯一の習慣となった。自分はこの時自分の惰性をどうにかしなければならないということを毎日のように書いていた。それで何かをしようともがいていた。たとえば行ったことのない場所に行くことができるか試した。1日だけのバイトを受けてみた。映画館に行くために乗ったことのないバスを使った。

これらを通じて自分が取り組んでいたのは認識をより高度化することだった。自分に今まで欠けていた考えを発見し、それをとらえなおし、自分のものにすることだった。そこで新たに焦点を合わせた問題が戦略と再現性についてだった。

自分は今まで戦略的に考えるということをしなかった。自分はいつも思い付きで行動し、思いつきで死んでいた。衝動とインスピレーションというものを何よりも大事にしていた。だが戦略ゲームではそれは通用しなかった。知人と戦略ゲームを行ったとき、その熟練の度合いに驚かされた。戦略とは勝つことを目標とし、そのためにどうするかを考えることだった。勝つためなら自分が今まで慣れ親しんだ方法を捨てることさえある。直感ではなく、あくまで合理的にだ。

1ヶ月ほど、自分は戦略的思考とはどういうことかを考え続けてきた。戦略ゲームのジャンルはReal Time Strategy game であり、ゲームがリアルタイムで進行した。そのため勝つということは作業を効率化し、相手の陣地に先手を打つということだった。自分が学び取ろうとした戦略は、相手の陣地に兵士を送り、相手の町が消耗している間に自陣営の文明を発展させ、より高度な兵器をもって相手の町を滅ぼすというものだ。

自分はCPU相手に難しい難易度までクリアすることができた。非常に難しい相手だとまだ勝てない。知人は有志の開発した、非常に難しいを更に超えるCPUmod相手に勝てる実力だ。このゲームは非常に難しいをクリアしてから初心者卒業とよく言われる。自分はまだ初心者だ。

とはいえ、自分はその間かなり学習したことがあった。まず初期の段階で操作を効率化するキーの操作を学んだ。たとえば番号で兵士や労働者をグループ分けしたり、斥候を半自動化する方法などを学んだ。これにより作業を時間短縮することができた。今までは慣れ親しんでいるからという理由だけで、すべて手動でひとつひとつ動かしていた。だから効率が悪かった。このことから、自分の思いつきは大抵の場合非効率であり、外部の効率的なやり方を学習する方が、現時点では最適な方法であるということを学んだ。

つぎに再現性についても学習した。戦略の要は再現性である。AからBに状況を誘導する際に念頭に置く「決まった手順」である。たとえば家から最寄りの駅まで歩いていくという問題に対し、行き当たりばったりに歩いて向かうというのは戦略的ではない。最適なルートを予め調べておき、そのルートを忠実に再現することが戦略である(とはいえ実際の戦略はもう少し複雑である。このとき問題を細分化し、要所要所に対して効果的な戦略を打つことが重要となる。これを分析という)。重要なのは、そのやり方がやろうと思えばいつでもやれるということだ。そうして初めて戦略は自分のものとなる。

再現性の問題は自分の今までのスタンスを相対化した。自分は今まで直感的な思い付きの連鎖によって行動方針を定めてきた。そこに一貫したものはなく、面白そうだと思うことで生じるインスピレーションと衝動にすべてを任せていた。だがそれは問題解決の態度としては不適格であるということを学んだ。この態度はむしろアートのやり方であって、現実問題の処理には向いていない。自分が今まで背負う必要のなかった失敗や挫折は、何でもインスピレーションや衝動に任せるという再現性のないやり方で、問題を解決しようとしたことに由来するのではないか。

再現性のある戦略を自分の中に築きあげることは重要だ。なぜならそれが無ければ自分のやり方はすべて周りの圧力によって決定されてしまうからだ。自分が社会に出ることに対して不安を感じているのは、常に自分が他人の言いなりになっているからだ。だから幼稚な思いつきやインスピレーションが守られる、誰とも関わらない環境に逃げている。

だが自分の中にこうするという方針をいくつか持っていれば、状況を自分で動かせる。ある予測不可能な混乱の状況の中に自分の安定を築くことができる。その安定は世を渡り歩く際に武器にも鎧にもなる。戦略はそのやり方を強化するのに役立つ。

これらのことを意識しながら2020年が明けた。1月の段階でも動機は生まれなかったが、衝動的にゲーム作りを再開した。ゲームボーイ風のゲームが作れるというソフトだった。GB Studioだ。今思えばGMS2は敷居が高すぎたと感じる。ウディタとGMS2の間にあるちょうどいい難易度であると感じた。

だが今回はゲームのシステムというより、素材を自前で作るということを目的に開発した。素材というと自分は今までペイントで描くことを考えていたが、あらゆる技術が高度化された現代ではそんなことはなく、素材を描ける専門のソフトがちゃんとあった。だからそれを買うことにした。Asepriteというドット絵制作ソフトだ。Steamで1500円程度で売っていた。いきなり買うことに躊躇いがあったが、必要があれば買うというスタンスを貫くために買った。

それで現在に至る。とりあえずドット絵で家具や家や木、それから湖や道路などを手あたり次第に描いた。それを適当に配置してマップを作っている。それらのマップを適当に繋げて、そこからゲームをイメージしてシステムを敷くというやり方をとった。だいたい1ヶ月程度で完成させる予定で、今でも順調に進んでいる。これが何になるかと言われれば何にもならないが、自分の学んだことを生かせているとは思えている。だから今回の開発も何かに生かせるだろうと思う。(開発状況については毎日ブログで更新している)

自分はこの7ヶ月の間は、自分の人生の中で最も主体的に行動した時期であると自認している。周囲の価値観や状況に左右されず、自分のやりたいことを自分で決めてきた。その結果2018年の頃よりは遥かに成長したと感じている。自信も少しついてきた。今ようやく主体的に行動することの意味がわかった。この状況でもう一度大学1年に戻れたらと思う(大学4年間はとにかく精神が不安定でしかなかった)。しかし今更どうにもできないので、今日という1日1日を自分の行動可能範囲の拡大と自明性の確立のために費やしたい。


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