「真の」風来人

『─死臭と絶望にまみれ、あらゆるものが「狂う」東京…
「ヒトだったもの」「動物だったもの」を手当たり次第に容赦なく斬り殺しそのおびただしい数の死骸と血の臭い、吐き気を催すその惨状。
常人であれば気が狂ってしまうようなそんな状況を、表情一つ変えずまるで「いつもの事」のように黙々と踏み越えていくその姿は冷酷とさえ映る…

そんなあの人の背中を見ているとコッパちゃんが気を利かせてくれたのか私の所に来て「ごめんな…桃ちゃん。シレンは…オイラ達は、こうして生きてきたから…」と小声で言ったあと「…昔、村の子供が魔物に変えられて…今と似たようなこと、あってさ…」と続けた。

聞こえているのか、シレンさんは歩みを止めた。でも、振り返らなかった。コッパちゃんはそれっきり黙ってしまった。
私は泣き出しそうな顔をするコッパちゃんの頭を撫でながら「ううん、いいの…そうしなきゃ生きていけないのは私達も同じだから…大丈夫」
って答えるしかなかった。

…よくよく考えてみたら「サバキの日」が起きてからまだそんなに時間、経ってないんだね…

ある日、死んでいてもおかしくないぐらいの傷を負ってなお自力で学園に帰りつきかつ保健室にまで来たシレンさん…
胴や腕から血を滴らせ、顔には汗が滲み、壁に手を付き息も絶え絶えの状態でありながら、意識だけは失うまいと歯をくいしばっていた。
そしてその傍らで「シレン!もう少し、もう少しの辛抱だ!」と必死に励まそうとするコッパちゃんを見た。
私はすぐシレンさんを呼んでベッドに寝かせ、癒やしの力を送り込み治療を始めた。

シレンさんは横たわってなおも目を開けたままで耐え続けようとした。不安そうに私を見るその目は「意識を失えば死んでしまう」という尋常ならぬ意志を感じた。
私はその苦しみに満ちた表情を見ていられなくて「大丈夫。目を閉じて、体を楽にして…!」と言い、より強くエネルギーを送り込んだ。

コッパちゃんがシレンさんの耳元でそっと「シレン…もう無理しちゃダメだ、桃ちゃんが回復させてくれるから少し休もう。な?」と囁く。

シレンさんは私を信じてくれたようで、ゆっくり目を閉じて体の力を抜くと、そのまま意識は薄れ呼吸はやがて寝息に変わっていった。

「ありがとう…私を信じてくれて…」

あの時のまるで心無い機械のようにリジェクターを次々と処理する冷酷な姿とうってかわって、目を閉じて横たわり安らぐシレンさん…
その顔の汗を拭ってあげていると…ああ、シレンさんはやっぱり「ヒト」なんだね、って…

でも気になる事があった。「ねえ、ここに来る前シレンさんってケガとかした時今までどうしてたの?」

眠るシレンさんの代わりにコッパちゃんが答えてくれた。

「シレンは傷ついた体を引きずって近くの集落まで歩いていったり、無いなら応急処置してなるべく安全な所で回復を待ったりもしたけど、
ダンジョンだったら魔物が外につまみ出してくれるから近くの村の人に助けてもらったりしてたかな…」

「そんな…! それじゃいつか死んじゃうよ…」私は胸が締め付けられるような思いがした。

保健室は静けさに包まれた。しばらくしてコッパちゃんはうつむきながら言った。

「うん…オイラも、正直旅を続ける中でシレンの体がいつまで持つかわからないんだ…オイラ、イタチだからさ。
シレンに何かあったとしても何もしてやれないから…シレンもそれを分かっているからどんなに傷ついても歩き続ける…
だから、なるべくシレンの側にいてやりたいんだ…」

「どうしてそこまでして旅を続けるの…?」

「シレンは「風来人」だから…旅の神クロンの聖寵を強く受ける代わりに、旅を続ける事で信仰を表す者…とはいえ、
オイラ達の世界でもその意味は時が経つうちに忘れられて単に旅人の事を指す言葉になっちゃってるけど、本来の「風来人」ってそういう存在なんだよ。
…って、これ全部センセーの受け売りだけどな」

「旅の神クロンの聖寵…?」

「クロンの風の導きのもとで旅を続ける限り、シレンは死なないんだ。でも、死なないといってもいつかは終わりが来る…
だからその生命が続く限り旅を続けるんだよ。だから、最期までシレンの側にいてやりたい…
シレンはオイラと出会った時から、小さい時から孤独だったから、
風来人…「真の」風来人となってクロン神に全てを捧げる生涯を選んだ…いや、選ぶしかなかったんだ。」

私は、言葉が見つからなかった。旅を続けるという事がどんなに大変なのかは今のシレンさんとコッパちゃんを見ていると痛いほど分かった。
神というのが本当にいるのなら、どうしてこれほどまでの苦難をシレンさんに背負わせているんだろう…

そうしているうちに治療は終わり、シレンさんが寝返りをうった。後は安静にしていれば目覚めると思う。
私はふぅっと安堵のため息をする。手袋を外してみると殆どの力を治療に使い切ってしまったせいか腕のオモイカネの輝きが少し弱まっていた。

「これで、大丈夫。後はゆっくり休ませてあげてね」
「もう心配ないみたいだね。ありがとう、桃ちゃん。おかげで助かったよ。桃ちゃんのほうこそ腕大丈夫かい?」
「うん、私は大丈夫。暫くしたら力も回復するわ。…でもあまり無理は…しないでね」

…シレンさんは、私が知りえない所でどんな人生を歩んできたんだろう…全てが終わったらこの人も心から笑ってくれるのかな…?』 ─下妻 桃

いいなと思ったら応援しよう!