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月夜の寝ぐせ|毎週ショートショートnote
とある繁華街の外れの路地裏。
物陰に隠れるようにして立つ男。トレンチコートの襟を立てて顔を覆い、中折れ帽にサングラスという出で立ち。
「お嬢さん。こんな夜更けに女性の一人歩きは危険ですよ」。
真っ赤なハイヒールの歩みを止め、振り返る女。月光が男の影を伸ばす。
「満月の夜に女性が襲われる伝説。聞いたことありませんか」。
「教えてくれるの」。「お望みとあらば」。
地下のバー。他に客はいない。
「で、今夜その狼男に私が襲われる、というわけ?」。細い煙草に口紅の跡。
男はショットグラスを置く。バーテンがピックで氷を削る。
「女性を殺す狼男に子孫はできません。狼の血が薄い者だけが生き残っていくんです」。
男は中折れ帽を外して見せる。ポマードでぴっちりと撫でつけた髪。つむじのところだけピョコンと立っている。
「今ではこの通り。ここの毛だけが逆立つんです。まるで寝ぐせです」。
「私、帰るわ」。
「どうぞ。お気をつけて」。