岡崎慎司。香川真司。柴崎岳。2019-20シーズン総括。ラ・リーガ2部の戦いを終えて。プラス。
優勝で1部への昇格を果たしたウエスカの岡崎慎司。
3位だったが昇格POで残念ながら敗れてしまったサラゴサの香川真司。
降格圏内の成績でシーズンを終えてしまったデポルティーボの柴崎岳。
個人的には、2019-20シーズンは、ラ・リーガ2部が、
とにかく面白く、とにかく熱く、というシーズンだった。
結果には差が付いたが、それぞれのチャレンジには見応えがあった。
こうやって歴史は作られていくのだと感じた。
■ 柴崎岳
降格圏内の成績でシーズンを終えてしまったが、パフォーマンスとしては、それ程には、悪かったとは思わない。そこは個でやってくれ、という文化において、守備面や連携面では苦しかったとは思うのだが、やはり、一時期を除いて試合には出場し続けた事により、ヘタフェ時代には得られなかったものを得られたのではないかと思う。それは、1つの答えのようなもので、今後どのようにプレーしたら良いのか、という事について、それなりに手応えはあったのではないかと思う。つまりは、レジスタ的なスタイルから、ボックス・トゥ・ボックスで、よりアグレッシブに、というスタイル。ボランチで勝負するにおいて、守備に重きを置いたスタイルは柴崎には向かない。しかしながら、低い位置に留まってのプレーをすれば、必然的にリアクションの守備力が要求される場面が多くなる。従って、常に前へ前へ、しかし、プレスバックは厭わず、それが、ベターなスタイルになると強く思う。
■ デポルティーボ降格の原因は? その中での柴崎岳は?
前の方の守備力、という事とも関係してくるが、それとの兼ね合いにおいて、それプラス、守備的なポジションの選手たちの守備力、という事を考えて、後ろが何枚ならば守れるのか、という事が、そのチームのベースとなるシステムや戦い方を定めるにおいては重要になってくると思うのだが、今シーズンのデポルティーボの場合、その比率は「攻1:守9」ぐらいで、それを見つけられたのが第22節から、まずはフアン・アントニオ・アンケラ、次に第11節からはルイス・セサル、そして、第22節からはフェルナンド・バスケス、つまり、今シーズンの3人目の監督であるフェルナンド・バスケスになってからで、ルイス・セサルの最後の試合となった第21節の勝利から、監督がフェルナンド・バスケスになって6連勝、デポルティーボとしては7連勝、という事だったのだが、しかし、開幕戦から第21節までの戦績が2勝9分10敗、という事で、あまりにも遅過ぎたと言える。
ただ、それでも、結構、団子状態になっていたので、7連勝した事によって、昇格プレーオフ圏内も狙えるかもしれない、という感じにデポルティーボもなっていたのだが、しかし結局、ソンマという3CBの中央を担っていた選手が怪我で離脱してしまうと「攻1:守9」の比率でも守れなくなって7連勝でストップし、尚且つ、守備的なボランチを担っていたノラスコアインもシーズンの終盤には怪我で離脱してしまい、それでもうアウト、という感じになってしまった。「攻1:守9」で守れる状態を保てていれば、冬に加入したサビン・メリノだったり、他にも、サントス、モジェホ、アケチェ、という選手たちには、それなりに得点力もあったので、おそらく、降格にはならずに済んだのではないか、もしかしたら、昇格プレーオフ圏内まで行けたかもしれない、とは思うのだが、そこのタラレバはともかく、ソンマとノラスコアインの怪我による離脱は、かなり大きかったと言える。
そして、そういう意味でも、やはり、柴崎の守備力不足も降格の一因になってしまった、という事は言えてしまい、結局、それなりのレベルで守備力があったと言えるのは、ソンマ、ノラスコアイン、サディク、という3人だけであり、他のCBの選手たちや前の方の選手たちも含めてではあるが、柴崎も含めた他のボランチやSB(WB)の選手たちに、もうあと2人か3人ぐらいは守備力の高い選手たちがいれば・・・、という感じではあった。運動量を増やし、アグレッシブなプレーが増え、そういう部分では、進化や成長を見せていた柴崎だったのだが、どうしても、なかなか守備力は上がらず、特に1対1の守備力というのは上がらず、そこは残念ながらチームの足枷の1つになってしまっていたと思う。柴崎がいる事によって、パス回しのリズムが良くなったり、チームのテンポが良くなったり、という試合は少なくなかったのだが、やはり守備力の足りなさは大きかったと言える。
■ そこは個の力でやってくれ、に苦戦する日本人選手たち。
かつてはセビージャ時代の清武もそうだった。個の力でボールを奪われない、個の力でかわす、個の力で前を向く、それをスイッチにして味方の選手たちは動き出す考え方、または、文化であるから、そういう考え方、または、文化を持たない日本人選手たちは、そこで苦戦する事になる。そして結局は、ワンタッチやツータッチ以内のパスで味方の選手たちに動いてもらうためには、そこで奪われない、ミスをしない、という個の力を示して信用を得る必要があり、どちらであるにせよ、まずは個の力で、という優先順位であるのは同じ。
冨安の場合は、4バックから3バックへ、というシステム的な要素だったり、右SHや右ボランチの守備力不足、守備意識不足、カバーリングの意識不足、という事もあったが、やはり、そこは個の力でやってくれ、1対1で頼むぞ、という考え方に苦戦した。それにプラスしてSB的なスプリントと運動量も求められた故に、冨安にかかっていた負担は相当なもので、2回の故障は必然だったように思う。常にサポートして、常に複数で、という日本のサッカーとは、そこに根本としての違いがあり、なかなか日本人選手たちには難しい。
そして、柴崎の場合も同じ。ボランチというポジションである事もあり、前述したような事を攻守の両面で求められる事になる。ワンタッチやツータッチ以内のパスでプレーしたくても、もっと信頼を得ないと、なかなか味方の選手たちは、柴崎のイメージ通りには動いてくれない。また、守備で1対1となった時も、そこは個の力でやってくれ、1対1で頼むぞ、という考え方や文化なので、柴崎のようなタイプの選手には難しい。ボールは奪えなくても、せめて、相手の動きを止めるぐらいはできないと、味方のサポートは得られない。
■ 香川真司
何となく思ってきたのだが、香川は、カウンタースタイル向きの選手だと思う。という事を、やはり、サラゴサでのプレーを観ていても感じた。シーズン最初の「4-3-1-2」でのトップ下。前の3人だけで速く攻める攻撃には威力があった。特に適しているのは、クロップ時代のドルトムントがやっていたショートカウンタースタイル。ポゼッションした遅攻よりも、カウンターの形で、速攻の形で、アタッキングサード内でボールを受ける、または、低い位置でボールを受けてロングのスルーパスを出す、そして、どちらの場合でも、その後に香川も相手のPA内やPA付近まで行く。交通渋滞が起こっていたり、全体的なスピードが落ちている状態よりも、そうではない時の方が、サラゴサでも香川の良さが発揮されていたと思う。確実にボールを持つ、縦に速くプレーする、その両方がハイブリッドされていたのがクロップ時代のドルトムントの香川で、その感覚を思い出してもらいたい。
■ 岡崎慎司
元々持っているポテンシャルを、特にシーズンの後半には発揮できたシーズンだったと思う。献身的な守備であるとか、泥臭さと巧みさを合わせ持つポストプレーやフィニッシュであるとか、長年かけて培ってきた能力が、他の味方選手たちやチームのスタイルにフィットしていくにつれて、しっかりと発揮されていったと思う。基本的には、プレーの仕方はレスター時代と大きく変わっていたわけではなく、しかし、ポジションが最前線になった事によって、より相手のゴールに距離的に近い位置でプレーできるようになったので、やはり、それは大きな意味を持っていたと思う。爆発力は低いが安定していて、まさにベテランのFWという感じだった。基礎的なフィジカルやテクニックやオフザボールの動き(駆け引き)の能力が高く、そういう地味ではあるが効果的な能力が時にはゴラッソを生みつつ、波の少ないパフォーマンスを生み出していたと感じた。とても見応えのあるシーズンだった。
■ 岡崎慎司を観ていて感じる事。ゴール前のフィニッシュのところでの人数は多過ぎない方が良い。
割と「あるある」なのは、人数が多過ぎてもダメ、という現象で、何の話かと言うと、FWが得点を取る、という事についてなのだが、もちろん、ゴール前でスクランブル状態になって最後にFWの選手が決めるとか、パワープレー気味に数人の選手たちが塊になってクロスに飛び込んで行ってFWの選手が決めるとか、そういうパターンもあるわけだけど、しかし、サッカーを長く観てきた印象としては、どちらかと言えば、ゴール前の人数が多い事によって、逆にFWの選手が得点を決め難くなってしまう、という事の方が多いように感じる。
なぜならば、1つには、実際にやってみるとわかるのだが、止まった状態でシュートを決める、というのは、それが足であれヘディングであれ、とても難しくて、やはり、シュートを打つためには予備動作(体勢作りや相手DFとの駆け引き)のためのスペースが必要で、そのためのスペースは相手がいるだけでも狭くなっているのに、そこに味方の選手も加わって、更にそのためのスペースが狭くなってしまうと、という事が原因だと思う。特に、身長の高さ、空中戦の強さ、というものを武器としていないFWにとっては、そうであると思う。
とても狭いスペースの中でも、バルセロナのルイス・スアレスのように、巧みなバックステップなどの動きでスペースを作り出してしまう、あるいは、リオネル・メッシのように、スペースが狭くても苦にしない、というような宇宙人的な選手もいるが、やはり、大概のFWの選手たちは、そういう感じではない。やはり、大概のFWの選手たちにとっては、スペースが狭くなる事は、大きなマイナスに作用すると言える。なぜならば、予備動作(体勢作りや相手DFとの駆け引き)ができなくなるからであり、それは決定力にも影響が出てくる。
それから、2つには、いわゆる「被る」という事もあるし、とにかく人数が多いと視界が遮られてしまうので、それによる難しさも生まれてくる。やはり、ボールが蹴り出される瞬間、あるいは、ボールを蹴る選手の動作、更には、ボールの弾道が見えないと、なかなか合わせるのは難しくなる。そういう意味では、FWが決めるために、という事に限定されないかもしれないが、そのためには、むしろ、フィニッシュのところでのゴール前の人数は3人以下が最適で、そこに合わせていくラストパスの精度や質、そこを高めるべきであると思う。
■ なぜ岡崎慎司は海外では華麗なプレーをする選手だと評価されるのか。
泥臭さとは、泥臭いプレー、というところから来ていると思うので、例えば、体を張ったプレーを厭わないとか、献身的な守備をするとか、得点を取る、シュートを決める場合でも、技術的な巧みさではなく、恐れずに飛び込んで行くとか、不格好な形でも良いから決めるとか、体のどこに当たっても良いから決めるとか、そういう事が多い選手を、泥臭い選手、泥臭いプレーをする選手、という、それは褒め言葉として、という事ですよね。
なので岡崎の場合は、そういうところからスタートしている選手なので、特にそうである事をよく知っている日本人の場合には、岡崎は泥臭い選手であるし、泥臭いプレーをする選手である、そこに真骨頂がある、という認識を当然しているし、それは間違ってはいないと思う。ただ、岡崎の場合には、シュツットガルト時代(2011-2013)から、少しずつ技術的に優れていると言えるようなプレーもするようになってる、という事。
特に技術的な部分では、トラップ、そして、そこからの次のワンプレー、という部分の能力は伸び続けていて、例えば、同じCFという事では、中山雅史とかクローゼとかもベテランになってから明確な技術的な伸びがあった選手だと思うが、つまり、そういうタイプの選手はいる、という事。結局そこは、もっと良くなろう、という向上心があるか否か、という事だとは思うが、但し、的確に必要なものを身に付けている、という感じは強い。
もう1つ、岡崎の場合には、特にゴール前での駆け引きの部分、動き方の部分にも伸びがあって、どんどん研ぎ澄まされていっている感じはあって、もともと、動き出しの速さ、動き出しの良さ、という部分はあって、ただ、なかなか岡崎のスピードであると、DFラインの裏を取っても一気にそのままスピードでぶっちぎって、という事は難しいので、それならば、PA内での駆け引き、動き方の部分を高めるしかない、という事だと思う。
つまり、そうすると、技術的だったり駆け引きだったり動き方だったり、そういう部分で巧みさを見せる回数は多くなるから、おそらく岡崎の場合は、世界的によく知られるようになったのはマインツ時代(2013-2015)とレスター時代(2015-2019)ぐらいからだと思うので、海外での評価が、泥臭さよりも華麗なプレーをする選手、という事であっても不思議ではないとは思うし、それも、やはり間違いではないと思う。
ただ、だからと言って、泥臭い選手である、泥臭いプレーをする選手である、という事も間違いではないわけで、結局、どこを切り取るのか、どこの時代からの評価なのか、という事だけだと思うし、更には、技術的である、というような、海外の人たちが日本人や日本の選手たちに抱いている漠然としたイメージもあるし、日本の選手たちの中では、というような、どこを基準にして比較しているのか、という事も、強く関係していると思う。